知るとは、学ぶこと4
お散歩のちシャボン玉遊びをしてたくさん動いた私達は、アイリス様の私室に戻ってティータイムをすることにした。
並べられたお菓子は、二種類だけ。
「……魔法の練習をしたり、本を読むようになったら、少しだけお菓子を食べなくても平気になったの」
お茶を飲みながら、ぽつりとアイリス様が零す。
きっと、やりたいことがなかったから食べることに集中しちゃったのよね。
「そうなんですね。適度な量にして、毎日のお楽しみにするのは良いと思いますよ。たくさん遊んで、勉強して。こうやってほっとする時間を過ごすのも、大切ですよね」
ぱくりと用意されたクッキーを口にする。
「美味しい!幸せ〜」
「……ぷっ。ディアナって、ときどき子どもみたいね」
くすくすとアイリス様が笑う。
「えぇ?甘いものを食べる時は、大抵の女性はこうなっちゃいますよ!アイリス様だって甘いもの、好きでしょう?」
「うん、好きよ。でも魔法も面白いし、ディアナと遊ぶのも、お散歩するのも、好き。今日、すごく楽しかった」
“楽しかった”
保育士は子ども達からの、そのひと言で頑張れるんだよね。
「私も、すごく楽しかったです!」
こうやって返せば、ほら。
「ふふふっ。やっぱり、子どもみたい」
笑顔が返ってきて、また嬉しくなる。
アイリス様とふたり、お茶とお菓子を楽しみながらおしゃべりをしていると、コンコンとノック音が聞こえた。
「姫様、エッカーマン秘書官です」
「ご機嫌麗しゅう、王女殿下。ディアナ嬢も、お疲れ様です」
もしや殿下!?と一瞬身構えたが、侍女に迎え入れられ扉の向こうから現れたのは、なんとルッツ様だった。
いくらかわいい妹のことが気になるからといって、そんな毎回毎回現れるほど暇じゃないわよねと、胸を撫で下ろす。
とはいえ、やっぱり気になるからとルッツ様を寄越したのかもしれない。
なんだかんだいって妹想いのお兄ちゃんだものね。
「アイリス様。せっかくですし、ご一緒して頂いてはどうでしょうか?ルッツ様にお時間があればですけど」
「……はぁ。仕方ないわね、座ったら?」
あまり気が乗らない様子だが、アイリス様が許可を出すとルッツ様がにこやかに応えた。
「おや、王女殿下にお誘い頂けるとは光栄です。時間は大丈夫ですので、私もお言葉に甘えてご一緒させて頂きますね」
あれ?ルッツ様、今“私”って言った?
アイリス様の前だからかなと、ひとり納得しお茶をすすめる。
なんとなく嬉しそうな様子のルッツ様に、とりあえず今日のことを報告がてら話すことにした。
「そうですか、使用人達と話まで。許可を出しておいてなんですが、それは彼らも驚いたでしょうね」
「あはは……。でもみなさん色々と教えて下さって、すごく勉強になりました。ですよね、アイリス様?」
「……まあね」
おや、そっけない。
ルッツ様がいるからかしら?
ふたりの時よりも少しだけツンとしている気がする。
そういえばアイリス様ってちょっぴりツンデレの要素あるわよね。
我儘ってほとじゃないけど、私の前でもツンツンしている時があるし。
美少女のツンデレ、萌えるわぁ……!
お菓子も控えるようにしているみたいだし、今日みたいに散歩をしたり体を動かして遊んだりすれば、そのうち痩せて綺麗になるのでは?
性格には少々難がありそうだが顔は綺麗な殿下とふたり並べば、美麗兄妹って王宮でも評判になるかも。
ああ、将来が楽しみだわ……!
「……ディアナ、変な顔してるわよ」
「おや。王女殿下、面白いからそのまましばらく放って……いえ、見守っておいてはどうですか?ディアナ嬢はなにか楽しいことを考えているようですし」
はっ……!ひとりでトリップしてしまった!!
「し、失礼いたしました……」
恥ずかしくて縮こまると、ルッツ様が笑った。
「いやいや、本当にディアナ嬢は見ていて飽きない。王女殿下も、そんなところが気に入ったのですか?」
「別に、そんなんじゃないわ」
アイリス様はツンとしながらお茶を飲む。
そんな塩対応を受けてもルッツ様は気にした様子はなく、あれこれと話を振ってくる。
そして話題は、摘花していた庭師のことへと移る。
アイリス様が庭師に質問したことを話すと、ルッツ様はふうんと言って目を瞬かせた。
「どうして切っちゃうの、ですか。まぁたしかに疑問ですよね」
なんでもない、子どもにはよくある疑問だとルッツ様は思ったようだが、アイリス様にとっては多分違う。
「庭師の方に教えてもらって、納得はしていたみたいですけど。アイリス様、それを聞いてどう思いましたか?」
あの時、なにかを感じた様子だったアイリス様。
自分の感じたこと、考えを伝えるということは、とても大切なことだから。
穏やかな声で、聞かせてほしいと促す。
「……お花、切られちゃうんだって聞いて、悲しかったわ」
少し遠慮がちに、けれど言葉を選びながら、アイリス様は話し始めた。
「小さくても、元気がなくても、頑張って咲いたのに。他の大きくて元気な花の方が大事だから?だから、弱いものは切られても良いの?」
その時、ルッツ様がはっと息を呑んたのが分かった。
「じゃあ、人も?って、思ったりも、して……。わ、わた……」
声が震えている。
続く言葉は、“私も?”だろうか。
アイリス様が言葉に詰まってしまい、沈黙が落ちる。
俯いてしまった顔は、どことなく青い気がする。
そんなアイリス様を目の前に、ルッツ様は眉を顰めるだけだ。
ふっと軽く息をつき、私は腰を上げてアイリス様の隣に移動する。
そんな私を見上げるアイリス様の表情は、苦しそうで。
「――――良いことに気付きましたね」
ふわりとアイリス様を抱き締めて、よしよしとその頭を撫でた。




