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保育士なんて割に合わない3

「災難だったわねぇ。あなた、こんなところで死ぬ予定じゃなかったのだけれど」


「……自分のせいだとは理解していますが、そう言われると尚更納得したくないですね。死んじゃったなんて」


麗しい女神様を目の前に、ずうんと落ち込む。


そう、どうやら川に落ちた私はそのまま命を落としたらしい。


気付いたら真っ白な空間にいて、この女神様が現れたのだ。


『あなた、死んだの。覚えてる?』


そう言われて頭の中も真っ白になって、しばらく放心して、それから、泣いた。


女神様は泣き続ける私の側でずっと見守っていてくれて、落ち着くのを待ってくれた。


嗚咽が収まった頃に『大丈夫?』と聞かれて、弱々しく頷いた。


そして色々話をしたのだけれど、この女神様は私達が暮らしていた世界の生命を司っており、予定外に死んでしまった私を不憫に思ってここに魂を呼んでくれたのだとか。


「他の世界の神様が、あなたを引き取っても良いって言ってくれてね。どうかしら、別の世界で、新しい生を生きてみない?ほら、色々と大変だったみたいだし」


そう言って眉を下げる女神様の表情からは、私を気遣う気持ちが見て取れる。


どうやら死ぬ前にあったアレコレも把握しているらしい。


それにしても新しい生、かぁ……。


「それも、良いかも」


ぽつりとそう呟けば、ぱあっと女神様の表情が明るくなった。


「良かったわ、前向きになってくれて!予想外にあなたを死なせてしまったものだから、最上位の神様に叱られちゃったのよね。責任取ってやれ!って」


……“私を気遣う”は、勘違いだったのかも。


そんなジト目の私に気付いた女神様は、あわあわと話し始めた。


「ああ、安心して!記憶はそのままにしておくし、生まれ変わった先での容姿とか能力とかも人より優れたものにしておくから!あとはそうねぇ、同じことを繰り返さないように、もう子どもとは関わらないような人生に……「ちょ、ちょっと待って下さい」


早口でしゃべる女神様の話を遮るように、私は慌てて口を開いた。


「その、子ども達と関われないのは寂しいので、お気遣いは結構です。子ども達はなにも悪くありませんから」


そう、あのことは大人の都合の話だもの。


ヨシ君にしたって、素直な自分の気持ちをお母さんに伝えただけだったのかもしれないし、なにも悪いことはしていない。


ただちょっと、色々なことが上手く繋がらなかったんだよね、きっと。


些細なことで拗れてしまう、そんなこと、人生にはままあるものだ。


「……そう?じゃあ、そのあたりは向こうの神様にお任せしておくわね。裕福な家庭への転生と、とりあえず色々と万能(チート)にしてあげてねってだけ伝えておくから!じゃあそろそろお別れよ。向こうに送るわね」


「あ、ちょ……!」


容姿とか能力も普通で結構です!と言いたかったのに、女神様は意外とせっかちだったようで、みなまで言う前に私の体は光に包まれた。


そうして、最後にと女神様は微笑んだ。


「幸せになってね、ルナ。あなたの名前、私はとても素敵だと思ったわ」


『だって、ねえ?お名前からしてちょっと……』


あの時、ヨシ君のお母さんから言われた言葉が思い出される。


確かにキラキラネームで揶揄されることは多かったけれど、私はこの名前が嫌いじゃなかった。


女神様からしたら、大して意味のない励ましだったのかもしれない。


だけど、私にとっては、嬉しい(はなむけ)の言葉になった。


「……ありがとうございます。女神様、私、今度の人生も頑張ります!」


だから私は、少しずつ消えていく女神様の姿に向かって、決意表明よろしく大きな声で宣言したのだった。






「――――!――――!」


誰かが呼びかける声に、私は薄っすらと瞼を開いた。


光が差し込んできて、眩しい。


そのまばゆさに反射的に目を瞑り直すと、脳裏に女神様の姿が浮かんできた。


ああそうだ、違う世界に送ってもらったんだった。


もう私は月じゃない、違う人間になっているはず。


目は開かずともだんだん意識がはっきりしてきて、ふうっと息をつく。


そしてもう一度ゆっくりと瞼を上げると、今度は眩しさも落ち着いていて、そのまま最後まで目を開いた。


「ディアナ!目を覚ましたぞ!」


低めの渋い声、必死な感じ。


「良かったわ……。あなた、お医者様を」


案じるような、優しい声。


温かい、お母さんみたいな声だ。


「おねぇしゃま!おっきした!」


今度はあどけない、かわいい声。


ふふ、保育園の子達に似てる。


意図せず私は微笑んでいたようで、笑っているぞ!と周りから歓喜の声が上がった。


ああ、異世界転生モノによくある目覚めのパターンね。


赤ちゃんから人生が始まるのかしらと思っていたのだけれど、“お姉様”って呼ばれたってことは、そうじゃなかったみたい。


じゃあ今世の私は、何歳から始まるのだろう。


先程の幼い声の持ち主は三、四歳くらい?


なら私は五、六歳くらいってとこかしら?


そんなことを考えながらゆっくり体を起こすと、思っていたよりも長い腕と髪が見えた。


そして胸もある。……立派な胸が。


え、一体私は今、いくつなの!?


ぱっとベッドの脇を見ると、見目麗しいご夫婦と天使のようなかわいらしさの男の子がいた。


「あ、あの……私は誰なのでしょう?」


状況からして多分私の両親であろう夫婦に向かって、恐る恐るそう訪ねる。


すると私の問いかけに、ディアナ?と戸惑いながらも母親であろう女性の方が口を開いた。


「そう、よね。まる三日寝込んで記憶が混乱しているわよね。あなたはディアナ・ブルーム。ブルーム侯爵家の長女で十七歳。そしてあなたの婚約者はクロイツェル公爵家の嫡男、アルフォンス殿よ。どう?思い出してきたかしら?」


「じゅっ!?こうしゃ……え!?婚約者!?ええっ!!!?」


予想外の思春期の転生、そして乙女ゲームやラノベでよく見る単語の羅列、そんな突然の情報量の多さに、頭が混乱する。


ちょっと待って。


ちょーっと待って、女神様!


『裕福な家庭への転生と、とりあえず色々と万能(チート)にしてねってだけ伝えておくから!』


「貴族令嬢だなんて、聞いてない……」


“転生”といえば貴族令嬢、そんな決まりはないのだから。


そろそろと再度ベッドの脇の親子に視線を戻す。


「ディアナ、大丈夫か?意識がはっきりしてきたか?」


今度は父親だろう男性が、私を案ずるように聞いてくる。


その身なりも仕草も上品で、間違いなく高貴な方々なのだろうと思わずにはいられない。


「あ、はい。色々と思い出してきました、大丈夫です……」


嘘じゃない。


“ディアナ”の記憶が、少しずつ頭の中に流れていく。


と、とんでもないことになったわ……。


そう思いながらも、心配かけるのは忍びないため、ぎこちなく親子に笑顔を返す。


どうやら私は今世、異世界モノで今流行りの、“貴族令嬢”をやることになったらしい……。

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