知るとは、学ぶこと2
「今日は良いお天気ですね。お洗濯日和です!」
しっかり許可をもらった私達は、王宮の庭園を散歩することにした。
貴族令嬢のくせにどうしてそんなに庶民的なことを言うのかと、うしろからミラの視線が突き刺さる。
いやいや、中身は一般人ですからね、こんなにまとめて洗濯したくなる天気の良い日は貴重よ?
柔らかいとはいえ陽射しは貴族令嬢には敵かもしれないが、洗濯の溜まったお母様方と子どもと保育士には嬉しい味方だ。
暑くもなく寒くもない、こんな日の外遊びやお散歩はみんな大好きだからね。
ちなみに日傘は非常に邪魔になるので、そこら辺は私の魔法で紫外線を防いでいる。
視界良好、綺麗な花や木々が良く見えるわ。
「気持ち良いですね!やっぱり緑が多いところは空気が綺麗で美味しいです」
「は?緑が多いとどうして空気が綺麗なのよ?それに美味しいってなに?」
自然と口に出た言葉に、アイリス様が訝しげに返してきた。
そ、そうだった。
酸素とか光合成とか、そんな概念はこの世界にはないんだった。
「えーっと、緑に囲まれていると、そんな気になりません?美味しいっていうのは、たとえ話ですよ、たとえ話!」
あははと誤魔化すと、ふぅん?と一応は納得してくれたみたいだった。
いけない、前世の常識が通じないってこと、ちゃんと自覚しなくては。
「あ、ほら。花の手入れをして下さっている庭師さんがいますよ」
「にわし?」
私の指をさす方向をアイリス様がじっと見つめる。
そこには摘花している最中の中年の庭師がいた。
「!?ひ、姫様!?た、大変失礼致しました!」
庭師のおじさんは私達に気付くと、慌ててその場を立ち去ろうとした。
そんなおじさんを慌てて引き止め、わけを説明する。
「はぁ、仕事風景を見たい……。それは別に構いませんが……」
居心地悪そうにしながらも、おじさんは見学を了承してくれ、作業を再開した。
パチン、パチンとハサミの音が響く。
そんなおじさんの手元を見つめながら、アイリス様は口を開いた。
「ねえ」
「はっ、はいひぃぃ!?」
ビクッ!とそれはもう大きく肩を跳ねさせて、おじさんが返事をする。
完全に恐がっている。
そういえばアイリス様、王宮では“わがまま姫様”って有名なんだっけ……。
「な、なによ。そんなに驚かなくても」
少し前の自分を見ているようで、ほろりと涙が零れる。
うん、私もそんなことあったよ。
「どうして花を切っちゃうの?せっかく咲いたのに」
おじさんの態度をあまり気にする様子のないアイリス様は、そのまま疑問を口にした。
そうよね、やっと咲いたのにどうしてって思うよね。
俺が答えるんですかね……?と恐る恐る私を見てきたおじさんに、にっこりと笑って頷く。
「ええと、これは摘花といいまして……」
「てきか」
オウム返ししてきたアイリス様に、おじさんはまたビクッとした。
……そんなに恐がらないであげてよ。
「ごほん、そう、摘花です」
さすがにびっくりしたのが恥ずかしかったのか、おじさんは咳払いをした。
「ええと、植物は花を咲かせるために、栄養を送ります」
「栄養って、私達が食べるご飯みたいなものです。大きくなったり、元気になったりするために必要なんです」
おじさんの説明に少しだけ補足する。
「でもたくさん花があると、その分ひとつの花に行く栄養は少なくなります。花を見に来る人は、大きくて綺麗な花を好まれますから、咲き始めの時に立派な花を残して、栄養がたくさん行くようにするんです」
「小さい花や元気のない花を先に切っちゃうの。果物とかもそうよ。美味しくて、大きいものを作るために、こうやって選んで切ってもらうの」
静かに説明を聞いていたアイリス様が少しだけ俯く。
「小さくて弱いのは、切られちゃうんだ……」
小さな呟きではあるが、ちゃんと私の耳には届いた。
どうやら心に思うところがあったみたい。
けれどアイリス様はすぐに表情を変え、平静に振る舞い始めたため、とりあえず私も気付かないふりをした。
「ありがとうございます、おじさま。お仕事中に失礼しました」
「あ、い、いや。俺……いや私などにお声がけ下さって、こちらこそありがとうございました」
ぎこちなく頭を下げる庭師のおじさんにお礼を言って、その場を離れる。
「あんなにたくさんあるのに。花の手入れって大変なのね」
「そうですね」
ちゃんとそこにも気付いてくれたアイリス様に心の中で拍手を送る。
その後も掃き掃除や窓拭きをする侍女の姿も見かけ、行く先々で驚かれながらなにをしているのか聞いて回った。
そしていよいよお目当ての洗濯場。
「「「ひ、姫様!?」」」
案の定ぎょっとされるが、もう慣れたものだ。
見学するだけだからと伝えると、これまた同じように侍女達はぎこちなく洗濯を始めた。
もちろん洗濯機などというものはない。
完全に手動の洗濯。
たらいの中に水と洗剤、洗濯物を入れて擦ったり、踏んだり。
そうやっているうちに泡が立ち、ふわりとシャボン玉が浮かび上がる。
「!わぁ……!」
初めて見たシャボン玉に、アイリス様は声を上げた。
これまた若干侍女達はビクッと驚いていたが、悪い意味で上がった声ではないと気付くと、ほっとして洗濯を再開した。
「あれが、シャボンダマ?かわいいわね。触れるの?」
「さあ、どうでしょう?触ってみますか?」
興味を持つアイリス様と共に侍女達に近付くと、アイリス様はそっとシャボン玉に手を伸ばした。
――――と、その手が触れる前に、パチンと弾けてしまう。
「!びっくりした……ねえディアナ、消えちゃったわよ?」
「残念。ほら、もう一度やってみて下さい」
私の促しに、アイリス様が恐る恐る人差し指でシャボン玉に触れる。
するとまたシャボン玉はパチンと弾けた。
「また壊れちゃった。ねえ、どうして?」
「それくらい繊細なものなんです。でも、触れたら良いのになぁって思いません?」
「思うわ、触ってみたい」
勢い良く頷くアイリス様に、笑顔を返す。
「さて、じゃあ戻って一緒に作りましょうか!」
遊びの導入はここまで。
これからが遊びの本番よ!




