癇癪令嬢とわがまま姫様6
「なぜ。君が使ったのは、幻影魔法じゃない。一体、どうやって……」
「ふふ、知りたいですか?」
「「知りたい!」」
アイリス様と殿下の声が重なる。
「実は虹とは、光の屈折が起こす現象です。雨上がりの後に出ることが多い、これはご存知ですよね?」
こくこくと二人が頷く。
あら、こうやっていると普通の兄妹っぽくてかわいい。
「太陽の光は、実は何色もの色が重なってできています。その光が雨の粒に反射し、それぞれの色が私達の目に映る。これが虹の正体です」
よく分からないという表情のアイリス様。
うん、ごめんなさい、六歳児にはまだ難しいよね。
けれど殿下をはじめとする大人達はそうだったのか……!と目を丸くしている。
「虹ができる原理さえ知っているなら、その水さえ用意してやれば誰にでも作れるのですよ。私が使った魔法は、太陽を背にして小さな水の粒を出す、ただそれだけです」
こんな風に、と再度魔法を使う。
なんてことはない、初歩の初歩の水魔法。
けれどそこにはふんわりとした小さな虹が架かっている。
「わ、私にも、できるかも!」
そこにアイリス様が手を挙げた。
私もやってみたい!というわくわくを、全身で表現している。
「そうですねぇ……。細かい粒を出すのですから、結構難しいですよ?」
わざとそんな風に返してみれば、アイリス様はむっと唇を尖らせた。
「それくらいなら、できるわよ!これでも魔法操作は勉強してるんだから!!」
やっぱり練習しているのね。
さっきも水魔法は良く使うって言っていたものね。
それならばとアイリス様に促す。
「では、やってみましょうか。手の位置は……このくらいでしょうか。できるだけ広く、小さい粒にして下さいね」
光の屈折なので角度は重要なのだが、なんとなくでしか分からない。
広い範囲に粒が出せれば、まあ大体は虹が作れるはず。
そしてホースなどから出る水では虹が作りにくく、霧状の方が成功しやすいことは前世では常識。
なぜ細かい粒じゃないといけないかは、……正直に言えばよく分からない。
でも、今はそんな細かいことは気にしないのだ。
「さあ、ではどうぞ」
私の言葉を合図に、アイリス様が掌に魔力を集中させる。
すると、少しずつ水の粒が現れ始めた。
「お上手ですね!そろそろでしょうか」
そうしてしばらくすると、じんわりと虹が浮かんできた。
「!で、できた!虹だわ!」
「はい!できましたね!」
目を見開くアイリス様に、パチパチと拍手を贈る。
わぁぁぁぁ!と歓喜の声を上げるアイリス様は、わがまま姫様じゃない、無邪気なひとりの子どもだ。
「魔力が高くなくても、色んな知識と経験があれば、それを補うことができます。そうやって、自分の力でできることを見つけたり、増やしていくのも、楽しいのではないでしょうか?」
「……うん」
アイリス様が嬉しそうに頷く。
きっとアイリス様に必要だったのは、自分にもできるのだという、自信。
こうして成功体験を積み重ねれば、きっと。
「ふふ、高度な幻影魔法にも近いことができるのですから、みんなを驚かせることができますよ?ほら、あそこの侍女達も」
少し離れたところに控える侍女達に視線をやれば、ぽかんとした顔をしている。
ミラもまた、珍しく驚いている。
そんな大人達の反応に、アイリス様はしてやったり!という顔をした。
これだけでも嬉しそうだけれど、もうひとつ。
「たくさん練習すれば、もっと大きな虹が作れるはずです。アイリス様の名前にちなんだ魔法ですもの、ぜひ励んで頂きたいですね」
「名前?」
きょとんとするアイリス様の髪の色は籃紫色。
きっと、アイリスの花に例えられて名付けられたのだろう。
けれど、アイリスという名前にはもうひとつ意味がある。
「ある国の神話では、アイリスという名前の虹の女神が出てくるそうです。また別のある国では、虹は赤・橙・黃・緑・青・藍・紫の七色でできていると言われているのだとか。アイリス様の髪や瞳の色にも、虹と同じ色が含まれていますね」
「私の、色が……」
アイリス様が、肩に流れるふわふわとした髪にそっと触れる。
「虹は“幸運の前触れ”と呼ばれているそうですよ。もしアイリス様の大切な人に、なにかの困難が立ちはだかった時。どうかアイリス様の魔法で、激励して差し上げて下さい」
例えば……と、うしろで私達の会話を黙って聞いていた殿下に視線を移す。
もし彼が、また戦場に向かうようなことがあった時に。
無事に戻って来れますようにと、魔法でエールを送れたら。
きっと次こそは、ただ別れを哀しんでわがままに振る舞うことなんて、ないはず。
今はまだ、抱き締めたら腕の中に隠れてしまいそうな、小さな虹だけれど。
「……私、魔法の勉強がしたい。こんな風に魔法が使えるなんて、知らなかった。もっとたくさん、色んな魔法が使えるようになりたい」
「はい!魔法、面白いですよね。使い方次第で色んなことができるんですから!」
なにを隠そう、私だってわくわくしながら魔法を使ってきたひとりだ。
保育に活かしてきたちっぽけな科学の知識しかないけれど、私が知るそれらの知識と合わせれば、アイリス様にもっとたくさん楽しさを伝えられるかもしれない。
「この前お会いした時に、私が言ったことを覚えていますか?練習の前に楽しむことから。まずは魔法を楽しんで下さいね」
しゃがんでアイリス様と目線を合わせてその手を取る。
小さな力だけれど、きゅっと握り返してくれたのが分かった。
「では、魔法をじっくり丁寧に、楽しく教えてくれる教師を探してみようか」
私達のやりとりを静かに聞いていてくれた殿下が、初めて口を挟んできた。
「……うん。お願いします、お兄様」
穏やかな表情で提案する殿下に、アイリス様はそう言って頷いたのだった。




