癇癪令嬢とわがまま姫様5
「では、これが上手になれると良いなぁと思うものはありませんか?できるようになったら良いのにとか、誰かを見てすごいなぁって思ったりとか」
憧れというものは、活力になる。
毎年、年長さんが運動会や発表会で頑張る姿を、年中・年少さんがキラキラした目で見ていたっけ。
普段やんちゃな子や引っ込み思案な子も、僕達もあんな風になれるかな!?って、たくさん練習するようになったり、努力するようになったりしたものだ。
「そんなの……私には、無理よ」
ところが、アイリス様はぐっとドレスの裾を握り締め、暗い顔をした。
おや、なにやら雲行きが怪しいわね。
「どうせ私、さいのう、ないもの」
俯いてしまってよく見えないが、ちょっと涙目になっている気がする。
それにしても、才能?
これはどうやら思い浮かぶものがあるみたいね。
「そんなの、やってみないと分からないじゃないですか?」
「分かるわよ!だって私、魔力が少ないって言われてるの!」
ピンポイントで魔力が少ないことを理由に挙げてきたということは……。
「アイリス様は、魔法がお好きなんですね?」
「す、好きじゃないわよ!魔力も少ないし、上手くできないし……」
もごもごと言い淀む様子からも、やはり図星だったようだ。
けれど、アイリス様の言い方は少し気になる。
「ですが、いくら魔力が多かったり上手だったりしたとしても、魔法が好きな理由にはなりませんよ?“楽しい”とか、“もっとやりたい”っていう気持ちが、“好き”ということだと思いますし」
どうですか?とアイリス様を見つめると、アイリス様は眉を顰めてまた俯いてしまった。
あれ、あまり良くない発言だった?
まずい、なんてフォローしよう。
そう一瞬迷った、その時。
「アイリス」
第三者の声が、開かれた扉の向こうから響いた。
「!殿下……」
なんとその声の持ち主は、第三王子殿下だった。
突然現れた殿下に、ミラをはじめ王宮の侍女達も慌てて頭を下げる。
そしてそれに習って、私も立ち上がり礼をする。
「すまない、少し外から聞いていた」
それって盗み聞きしてたってこと?
面と向かっては絶対にできないが、頭を下げながら微妙な顔をする。
許可を得て頭を上げると、殿下はアイリス様の隣に腰掛けた。
「魔法、勉強したいのか?」
「べ、別に!どうせ私がどれだけやっても、お兄様みたいにはいかないもの!」
ははぁ、そういえば騎士団の参謀も務める殿下は魔法にも精通しており、特に水魔法の上位置換、氷の魔法の熟練者だったはず。
拗らせているみたいだけれど、大好きなお兄様に近付きたいと思っているのかもしれないわね。
まさに憧れってやつ。
うんうんとひとり納得していたが、ふたりのやり取りには暗雲が立ち込めている。
「素直に言えば良いだろう?魔法に興味があるのは悪いことではない」
「だから!別に好きじゃないって言ってるじゃない!放っておいてよ!」
で、殿下……!
アイリス様相手に真っ向勝負は、完全に悪手です!!
兄妹の会話をハラハラとした気持ちで見守る。
「なぜだ?ブルーム侯爵令嬢も言っていただろう、魔力の多さや得意かどうかは関係ないと。好きなら……」
「だから!私には無理なの!もう止めてよ!!」
あああああ……。
駄目だ、兄妹の、しかも王族様の会話に口を挟むのもなと思い静観してしまったが、もうこれは放っておいても再興不可能だ。
涙目のアイリス様にこれ以上強いるのは無理。
不敬だと言われるのを覚悟で、恐る恐る口を開く。
「あの。ちなみにアイリス様は魔力が少なくても、使えないわけじゃないんですよね?」
「……そうだけど?だからなに!?」
強い口調と目つきで睨まれる。
そして殿下もまた、口を挟まれ気を悪くしたのか、それとも強情なアイリス様にやきもきしたのか、若干不機嫌だ。
恐い。
けど、怯むわけにはいかない。
「ええと、ちなみに良く使う魔法の属性はなんですか?」
「……水、は結構使う、かも」
ぶっきらぼうにだけれど、アイリス様が教えてくれた。
うんうん、お兄様の得意属性だもんね!
予想通りの答えに満足して微笑むと、殿下とアイリス様が怪訝な顔をした。
あら?先程も思ったが、こうしているとなんだかふたり、似ているわね。
「では、ちょっとだけ、私と一緒に魔法を使ってみませんか?」
パチンとウィンクすると、なにを言い出すのかとアイリス様が首を傾げた。
丁度外は良い天気、この部屋には広いテラスがついている。
まだ若干顰めっ面の殿下とミラ、侍女達も伴ってテラスに出る。
太陽の位置は……あそこね。
「殿下、幻影魔法はお使いになられますか?」
「……一応」
「まあ!さすがですわ!それでは恐れ入りますが、虹を作って見せては頂けませんか?」
はぁ?と訝しげな表情を見せたものの、殿下はなにも言わずに魔法を使ってくれた。
殿下が空に向かって手をかざすと、すぐに七色に輝く橋が架かった。
「……わ。すごーい……」
テラスから見える、大きな虹。
アイリス様の目もキラキラしている。
……が、それも一瞬のことで、すぐに伏し目がちになってしまった。
そんなアイリス様を見て、ミラがこそこそと私に耳打ちをしてきた。
「お嬢様、これでは王子殿下との差をまざまざと感じて、尚更気落ちしてしまうのでは……」
「まあちょっと待って、見ていて?」
不安気なミラに、大丈夫だからと告げる。
そしてそっとアイリス様の側まで来ると、その小さな肩をぽんと叩く。
「では、次に私が虹を作ってみますね」
「……ディアナも、魔法が得意なの?」
あ、名前。
今日は呼んでもらえないかと思っていたのだが、これはなかなか嬉しいぞ。
「さあ、どうでしょう?ではいきますよ」
悪戯な顔をしてもう一度ウィンクすると、アイリス様がぱちくりと目を瞬いた。
その反応に満足した私は、太陽を背にして若干下向きに手をかざす。
角度は、これくらいかしら?
「アイリス様、私の隣にどうぞ」
そして魔法を使う。
「!わぁ……!すごい、こんな近いところに、虹だわ!」
アイリス様が目を輝かせる。
私が手をかざしたすぐ向こうには。
「虹、だ。小さいけれど、ちゃんとした、虹」
殿下もまた、目を瞬かせる。
「ふふ、おふたりのそんな顔が見れるなんて。作戦大成功ですわ!」
テラスに突然浮かび上がった小さな虹に、私以外のみんなが驚き、声を上げたのだった。




