癇癪令嬢とわがまま姫様4
いよいよアイリス様と過ごす初日、時間通りやってきた王宮からの馬車に乗って、アイリス様を訪ねたのだが。
「……ちゃんと来たのね」
「はい、お約束ですから」
予想通り、アイリス様の態度はすっかりツンツンしたものに戻ってしまった。
一週間も空くからどうかなーと思っていたのだが、やはりこの前のような素直な姿は封印してしまったらしい。
緊張しているのもあるだろうし、時間が空いて冷静になり、恥ずかしくなったのもあるだろう。
初対面の良く知らない人間に泣き顔を晒したのだ、まだ六歳とはいえ、女の子はそういう意味では早熟だからね、どんな顔で会えば良いのだろうかと悩んだかもしれない。
「なにしてるの、早く座りなさいよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
アイリス様に促され、向かい合ってソファに座る。
その目の前には、王宮の料理人達に言ってあつらえたのだろう、たくさんのお菓子が並んでいる。
ちなみに今は昼食後すぐ。
お昼のおやつの時間にはだいぶ早い。
この前よりも遠慮がちにではあるが、しっかりそれらを口に運んでいるところを見ると、大量のお菓子断ちができるまでは道のりが長そうだ。
そりゃそうよね、もう習慣になってしまっているんだもの、急に変えようだなんて大人でも難しいのに、まだ幼いアイリス様にすぐ止めろなんて無理な話だ。
「なによ。……あなたも食べたら?美味しいわよ」
まあそうよね、王宮の料理人が作ったものなのだ、国で一二を争う美味しさだろう。
「では、ひとつだけ。……まあ!とても美味しいですね」
たくさんある中から、チーズケーキを侍女に取り分けてもらい、フォークで口に運ぶ。
お世辞ではなく、絶品だ。
前世からチーズケーキに目がない私、数々の店のチーズケーキを食べてきたが、間違いなくダントツに美味しい。
侍女が淹れてくれたお茶との相性も抜群だ。
ああ、幸せ。
ほうっと至福の時間を噛み締めていると、アイリス様にじっと見つめられていることに気付いた。
「……ひとつだけで、良いの?ほら、このチョコレートも美味しいわよ」
どうやらもっと食べなさいよという意味らしい。
私はその言葉に、うーんと首を傾げて迷うフリをした。
「頂きたいのは山々なのですが……」
「なによ、勿体ぶらないで言いなさいよ」
アイリス様はちょっとせっかちなのだろうか、イライラしているのが分かる。
それでは……と居住まいを正し、こほんと咳払いをしてものものしく口を開く。
「アイリス様、ご存知ですか?私くらいの年齢になると、甘いものを食べ過ぎると肌にブツブツがたくさんできるのです」
「な、なんですって!?」
私の言葉が衝撃的だったのだろう、アイリス様は思わずガタッと立ち上がってしまった。
「残念ながら、本当です。アイリス様はまだ幼いので、そうでもないかもしれませんが……。実は私、最近婚約破棄されたばかりでして。新しい婚約者を探さないといけないので、せめて外見だけでも取り繕わないといけないなと思っておりまして……」
泣き真似までして大げさに落ち込んで見せると、アイリス様は真面目な顔つきになった。
そうなんだ……と若干憐れみの表情になった気はするが、それはこの際見なかったことにしよう。
「まだ相手は見つかっていませんが、見つかってからでは遅いですからね、今から自分を磨くことにしたのです!」
そして自慢気に胸を張る。
どう、すごいでしょ?とでも言いたげに。
「み、見つけてからでは遅いの……?」
ごくりと息を呑み、恐る恐るアイリス様が聞いてきた。
「うーん。太るのも、肌が荒れるのもあっという間ですけど、痩せるのと肌を綺麗にするのには時間がかかります」
人差し指を立ててきっぱりと言い切ると、うしろに控えていたミラがうんうんと頷いた。
ついでに王宮の侍女達も。
「ですから、素敵な人を探しながら、自分も素敵な女性になれるように努力するんです。見つけてから綺麗になるまでには、相っ当ぉ〜の時間がかかります。どこかの誰かに奪われる前に、両思いになりたいじゃないですか」
ね?とアイリス様に微笑む。
ツンツンしていても女の子だもの、素敵な王子様への憧れはあるだろう。
「そ、そうね……。あなたが言うと、えーと、なんだっけ……せっとくりょく?がある、わね」
真剣な眼差しのアイリス様に、ぴしりと笑顔が固まる。
「聞いたわ、婚約者、他の人に盗られたんでしょ?大変だったのね……」
そして今度こそ間違いなく同情した目を向けられる。
「わ、私もお菓子、減らすわ。いきなりは無理かもしれないけど、ちょっとずつ、頑張る。大きくなって婚約者ができた時、嫌われないように」
ぐっと拳を握り決意するアイリス様。
そんなアイリス様の言葉に、侍女達からはわっと歓声が上がった。
「……ソウデスネ、オタガイ、ガンバリマショウ」
私はといえば、固まりつつもなんとかそう応える。
私の中のなにかを犠牲にしたような気がするけれど、とりあえず作戦は成功したようだった。
「こほん。ではとりあえずアイリス様、まずはなにか好きなことを見つけましょうか」
将来のためにお菓子を我慢して綺麗になろうという話をしていたのに、急になに?という顔をみんなから向けられる。
「“素敵な女性”は見た目が綺麗なだけじゃないと思うんです。好きなことを楽しんで、生き生きしている人って、輝いていると思いませんか?」
確かに……と侍女達が頷く。
「アイリス様は、なにをするのが好きですか?」
「……いまいち、分からない。お勉強もあんまり好きじゃないし」
おや、顔が暗くなってしまった。
「ダンスはまだやったことないんですよね。本を読んだり、魔法を使うのは?」
「本は、自分で読むの難しいから。魔法は……、あんまり得意じゃない」
だんだんと萎れていくアイリス様に、にっこりと微笑む。
「なるほど、じゃあこれから一緒に探しましょう?今は苦手だったり難しいことでも、なにかのきっかけで楽しくなることもありますし。それに、まだ触れたことのないことが、たくさんありますもの。アイリス様はまだ六歳ですから、そんな顔をして焦らなくても良いんですよ」
「そう、かしら」
三十歳、無職、やりたいことも夢も責任持つ相手もいません持つつもりもありません!みたいな駄目な大人とは違うのだから。
前世ではそんな話、結構聞いたけどね……。
大丈夫、まだ全然間に合うよと生温かい目をする。
「……なんだかよく分からないけれど、あなたがそんなことを言うと、そんな気になってしまうわね……」
若干引きつつあるアイリス様に、私はうんうんと頷いたのだった。




