癇癪令嬢とわがまま姫様1
「おい、聞いたか?あのブルーム家の癇癪令嬢が姫様の教育係を任されたんだと!」
「ええ?あの我儘姫様の?」
「こりゃ傑作だ。癇癪令嬢と我儘姫、どちらが先に匙を投げるか見ものだな」
ディアナが王宮に招かれた翌日、王宮に勤める貴族達の間でそんな噂話がまことしやかに流れた。
* * *
アイリス様の教育係となった翌朝、私は憂鬱な気持ちで制服に着替えていた。
まず、昨夜は大変だった。
殿下がブルーム家に説明の文書を出してはくれたものの、私は家族に質問攻めにあった。
そりゃそうよね、婚約破棄の次の日に第三王子殿下に呼び出され、しかも姫様の教育係になりましたとか、一体何事かと誰でも思う。
かくかくしかじかと昨日あった出来事をすべて話し終わる頃には、お父様もお義母様も納得はしてくれたみたいだったけれど。
でもグエンはちょっとむくれていたなぁ。
『おねぇしゃまとあそぶじかん、へっちゃうの?』だって。
かわいすぎる嫉妬に、ぎゅうっと抱き締めて頭を撫で回したわ。
まあ殿下もそのあたりは配慮して下さって、学園に通っている私に無理のない範囲で王宮に来てくれたら良いと言ってくれた。
『最近のブルーム侯爵令嬢はかなり成績優秀だと聞いているから、休んでも学業に支障はないかもしれないけれど。あの卒業パーティーの様子を見るに、君がいないと寂しがる子達もいるようだからね?』
そう、殿下は私と幼等部の子達を引き離すことになってしまうのは申し訳ないからと言ってくれたのだ。
そういう気遣いができるあたり、殿下は意外と優しい人なんだなと思う。
……腹黒策略家なのは間違いないが。
まあとりあえず、色々と心の準備もあるだろうからと、次の学園の休みの日までは教育係のお仕事はナシ。
前世でいう土日にまずは半日ずつアイリス様と過ごしてみて、平日は二日か三日に一度、放課後に通うことになった。
そこまでは良い。
殿下も色々と気遣ってくれたし、家族も納得して応援してくれているから。
問題は、学園。
「婚約破棄騒動があった後だし、みんなから色眼鏡で見られるんだろうなぁ……」
放っておいてくれるのが一番だが、そうはいかないだろう。
婚約破棄騒動なんて、噂好きの令嬢達の格好の餌食だ。
ついでに殿下が助けてくれたことについても、気にしている人間は多いはず。
「ある意味、殿下に学園に行かずにアイリス様のところへ毎日通えって言われた方が良かったのかも……」
今日これからのことを思うと頭が痛い。
私は今日、無事に帰ってこれるだろうか?
そんな心配をしながら、ミラとふたり、学園に向かうべく馬車に乗り込んだのだった。
ざわり。
ひそひそ。
「……お嬢様、」
「しっ!さっさと行くわよ、ミラ」
予想通り、馬車から降りた途端、周囲が騒がしくなった。
とはいえ、さすがに癇癪令嬢を相手に話しかけるのはなかなかに勇気がいるようで、遠巻きにされている。
今のうちにさっさと教室に入ってしまうのが良いわね!
「ディ、ディアナ様!」
話しかける隙を見せないようにと早足で歩いていると、少し前、記憶を取り戻す前の私だった時に親しくしていた令嬢達がうしろから追いかけてきた。
「あなた達……」
あ、しまった。
つい立ち止まってしまった。
パーティーでのことをあれこれ聞かれたら面倒なことになる。
そう思って再び足を動かそうとしたのだけれど。
『……彼女達と一度きちんと話した方が良いかもしれないね』
クロイツェル公爵の言葉を思い出し、足を止める。
彼女達の表情を見れば、申し訳なさそうな、怒られる前の子どものような顔をしている。
もし、もしも。
私が誤解していただけで、彼女達が“取り巻き”じゃなかったとしたら?
私のことを、“ブルーム侯爵令嬢”じゃなくて、“ディアナ”として見てくれていたら?
休暇が終わり、記憶が戻って初めて学園に来た日に、しばらくは一緒に行動するのは止めるわと告げた時、彼女達はどんな顔をしていた?
“取り巻きの女生徒を使って数多の嫌がらせをを……”というアルフォンスの言葉が真実なら、なぜユリア嬢に嫌がらせをしていたのか、話を聞くべきではないだろうか?
いくつもの考えが頭に浮かぶ中、ゆっくりと口を開く。
「……後で少しお時間、良いかしら?」
小さい子どものように怯える彼女達に苦笑しながら、そう伝えたのだった。
「こうしてランチをとるのは久しぶりね」
「そう、ですね」
少し前まで行動を共にしていた三人のご令嬢は、朝の約束通り、昼休憩の時間に食堂に来てくれた。
少し居心地が悪そうだけれど、朝よりも顔色は良い気がする。
ちなみに幼等部には、友人と話をするから今日は行けないことをミラに伝えに行ってもらった。
パーティーからあんな感じで抜け出てしまったから、幼等部のみんなも心配してくれているかもしれないが、今は彼女達とゆっくり話をすべきだと思うので仕方がない。
「……朝声をかけてくれたのは、なにか話したいことがあるのかしら?」
スープをひと口味わってから、できるだけ穏やかな声を心掛けて、柔らかい口調で伝える。
すると三人は、サッと表情を硬くしてそれぞれにスプーンをそっと置いた。
「「「ディアナ様……申し訳ありませんでした」」」
そして、開口一番そう謝って頭を下げたのだ。
「え?ええっ!?」
三人の予想外の行動に、思わず声を上げてしまう。
ちょっと待ってよ、この構図。
“アルフォンスに嫌がらせのことを知られるなんて!あんた達、もっと上手くやんなさいよ!”と彼女達を責めているみたいじゃない!?
現に少し離れた席の生徒達が、私達を見てヒソヒソと話している。
あああ……。
聞こえる、みんなのヒソヒソ話が聞こえるわ。
「見て、取り巻き達を責めてるわよ」
「あんな風に頭まで下げさせて……。やっぱりあのパーティーでクロイツェル公爵令息が言っていたことは、本当なんじゃないか?」
ちっがーう!!
違う違う!全然違うから!!
周囲の視線がものすごく痛い!
と、とりあえずこの状況をなんとかしないと……!
あまりに焦った私は、「とりあえず頭は上げて!私、全然怒ってないから!」と必死に三人の頭を上げさせたのだった。




