わがまま姫様の教育係、就任3
そんな私の顔を見て、殿下は目を見開いて固まった。
え!?
あ、まずい、私ってば失礼なこと言ったかも!?
というか、大分馴れ馴れしかった気もする。
やばい、不敬罪だと言われてしまうかも……。
「あ、あの、大変失礼……「ありがとう」
ここは先に謝ってしまおう!と頭を下げかけた私の言葉に、殿下の声が重なった。
「教育が悪いせいだろうと一蹴されてしまうことも覚悟していたんだけれどね、まさか褒められるとは、予想外だった」
すると殿下は、一瞬ではあるが、今までとは違うふわりとした柔らかい笑みを見せた。
あら、かわいい。
二十歳と聞いていたのに随分大人びているなぁと思っていたのだが、この笑顔は年相応に見える。
一応前世の私の方が年上だからね、かわいいという感想も間違ってはいないはず。
「さて、そういう発言を頂けたということは、引き受けてくれるということで良いのだね」
「へ?」
ほんわかした気持ちでいると、急に殿下の笑みが黒いものに変わった。
「まさか、王族相手にそんな発言をして、どうにかしてあげたいという空気まで出しておいて、断るなんてことは、ないよね?」
殿下の瞳がキラリと光った気がする。
これは、獲物を追い詰めたときの目じゃない!?
「そ、そそそそれは……はい、あの」
「よし、『はい』と言質はとった!クロイツェル公爵、聞いたな?」
「え、ええ……まあ、聞きはしましたが……」
見れば、クロイツェル公爵の顔も若干引きつっている。
こ、この王子……!!
「よし、それでは早速アイリスの元へ案内しようじゃないか!」
「え!?ちょ、早……」
「善は急げだ。それに君は幼い子どもとの約束は破らないだろう?」
それは、つまり。
教育係だよと姫様に紹介してしまえば、「やっぱり無理です〜」って言って逃げることはできないだろう?っていうこと!?
たしかに腹を括ったつもりではいたけれど……。
なにも言えず、口をパクパクさせていると、殿下はにやりと笑った。
こ、この……!!!
前言撤回。
“かわいい”だなんて、とんでもない。
完全にこの王子、腹黒策略家じゃないのよ!
「さあ立って。私がエスコートしよう」
ぱっと表情が柔らかくなって優しく手を取られたかと思えば、すぐにぐっと握り締められる。
逃がさないからね?
そんな彼の心の中の副音声が聞こえた気がしたけれど、どう考えても逃げられない。
「こ、光栄ですわ……」
きっと今、私は死んだ魚のような目をしているだろう。
もう無理だと諦めた私は、そんな捕まえられた魚よろしく、ずるずると手を引かれながら大人しくついて行くことにしたのだった――――。
「教育係?そんな人、いらない!さっさと出て行って!」
「アイリス、挨拶もしないのは失礼じゃないかい?」
「見て分からないの!?私は今、スイーツタイムなの!」
殿下に引きず……エスコートされながら訪ねたのは、アイリス姫様の私室。
先程から兄妹のやりとりを壁際で口をつぐみながら聞いているのだが、なるほど、これはなかなか……。
殿下に対して金切り声を上げているアイリス姫様をちらりと見る。
ふわふわとした藍を少しだけ溶かした紫の髪、そして極上のルビーのように輝く紅の瞳。
顔立ちも美貌で名高い王妃様に似ている。
けれど……。
「なによその顔!『それ以上太るつもりか?』って言いたいんでしょ!?」
アイリス姫様の体型は、標準よりもかなりぽっちゃりされていた。
「そうは言っていない。だが、それだけ甘いものを暴食するのは健康に良くない。君も分かっているはずだ」
「うるさいうるさいうるさーい!出て行って!教育係なんて、私にはいらないの!!」
「アイリス、癇癪を起こすのはやめなさい。ほら、ケーキもその辺で……」
「やめて!触らないでよ!」
う、う〜ん。
私の隣に立つクロイツェル公爵も、眉間に皺を寄せてため息をついている。
多分、ふたりはいつもこんな感じの言い合いをしているのだろう。
でも、これじゃあ話が進まないよね。
叱って正論を突き付けるだけじゃ、子どもは素直に聞き入れられないと思う。
「アイリス、いい加減にしなさい!」
さてどうしたものかと思っている間も、ふたりはヒートアップしていくだけだ。
「あ、あの〜。殿下、そんな言い方をしていては、姫様も折れるに折れられないかと……」
さすがに見ていられなくなり、おずおずと口を挟む。
そんな私の言葉にはっとした殿下は、こほんと咳払いをして言い合いを止めてくれた。
そこで空気が変わったことで姫様の口撃も止み、やっと私の方を向いてくれた。




