わがまま姫様の教育係、就任。1
一体、なぜこんなことに……。
卒業パーティーの翌日は学園も休日、それなのに、私は王宮に呼び出されていた。
誰に?それは決まっている。
「さて、急に呼び立ててしまって申し訳ないね」
良い香りの紅茶にテーブルいっぱいに置かれた様々なお菓子。
色とりどりの花も飾られており、まるで大切なお客様であるかのようにもてなされている。
「いえ、王子殿下のご命令ですから……」
断れるわけないじゃないですか。
ぐっとその言葉を飲み込んで、目の前の美貌の青年に引きつった笑顔を返す。
そう、昨夜の謎の王子様は、なにを隠そう、本物の王子様だった。
クラウス・フォン・リーフェンシュタール第三王子殿下。
兄である王太子殿下の懐刀と名高い優秀な人物で、王位継承権を放棄して兄の地位を盤石なものとすべく、支えている。
騎士団の参謀まで務め、ここ数年は隣国との戦争に赴いていたと聞いている。
あまり表に出てこない人物だったため、侯爵令嬢である私も顔を知らなかった。
卒業パーティーには王族の代表で来賓として参加していた、それは分かるのだが……。
「失礼ですが、なぜ私をお呼びになったのですか?その、昨夜助けて頂いたことはとても感謝しておりますが、そもそも助けて頂くような間柄でもありませんし……。それに、“君に決めた”とは、一体……」
「おや、いきなり本題に?それに質問ばかりだ。ふっ、ブルーム侯爵令嬢は変わっているね」
すみませんね、せっかちで。
貴族のマナー的なものでは、たしかにこういう場ではいきなり本題に入るようなことはしない。
まずは挨拶、世間話をしながら自然な流れで本題に入るようにするのがスマートだからだ。
けれど、私にはそんなまどろっこしいことをする余裕がないのだ。
とにかく早いことこの状況から脱したい!
あの婚約破棄イベントから救ってくれたのは本当に感謝している。
けれど、なにか厄介なことに巻き込まれる気がして仕方がないのだ。
その一見冷たさの感じる美貌も、綺麗な笑顔も、丁寧なもてなしと言葉も。
正直言って、胡散臭いとしか思えない!
私は貴族的な駆け引きは苦手だ。
この第三王子殿下のことも、なにか企んでるんだろうなってことは分かるけれど、まともにやり合ったらどうなるかは想像がつかない。
ううっ、子どもが相手だったらなんとなく分かるのに!
基本子どもは素直だし、あまのじゃくな子だってそれはそれで分かりやすい。
でもこの王子様はなにを考えているのか、さっぱり分からない!
そう戸惑う私に、控えめながら第三者の声が入る。
「こほん。……クラウス様、そのあたりで。ディアナ嬢が怯えております」
て、天の助けぇぇぇぇ!
救世主!そう目を輝かせて右隣の席の方にぱっと視線をやる。
「おやクロイツェル公爵。私はなにもしていないだろう?」
「その笑顔がすでに不気味なのですよ」
ため息をつく低音ボイスのダンディな紳士の言葉に、内心で全面同意する。
お気付きの方も多いだろう、救世主であるこのイケオジはクロイツェル公爵。
つまり、元婚約者の父親だ。
「すまないね、ディアナ嬢。うちの愚息が迷惑をかけただけでなく、こんなところに呼んでしまって」
「い、いえ。公爵様が謝るようなことではありません。それにその、婚約破棄自体は私の自業自得でもありますし、これで良かったのだと思います」
昨夜のあのパーティーには、なんとクロイツェル公爵も招待されており、一部始終を見ていたらしい。
そんなクロイツェル公爵は、今日ここに来る前に私に謝罪してくれた。
というかブルーム家に迎えに来てくれて、まずお父様に、そして私に頭を下げてくれたのだ。
同じく招待されていたお父様は、パーティーには仕事で遅れてやって来たのだが、まさにあの断罪が始まる瞬間に現れ、目撃することとなった。
最初はわけがわからなくて固まっていたらしいのだが、あまりに見苦しくて口を挟もうとしたところに、子ども達が私を庇ってくれたのだと後から聞いた。
それはもう、アルフォンスに大激怒しており、クロイツェル公爵の真摯な謝罪に対してもかなり不服そうだった。
それでもなんとか宥めすかし、お父様が謝罪を受け入れてくれたところでそのまま流れるように馬車に乗せられ、ここに連れられたというわけだ。
その道中、馬車の中で色々と聞いたのだが……。
まあとりあえず、アルフォンスはあのユリア嬢と付き合いを続けるつもりでいるらしい。
あんな逆ハーレム作っている子が公爵家嫡男の相手で良いの?と思わなくもなかったが、これから色々と教育していくつもりだよと公爵は笑った。
――――その目は、笑っていなかったけれど。
ユリア嬢が私にやられたとかいう嫌がらせのアレコレは、どうやら記憶を取り戻す前のディアナと一緒にいた令嬢達の仕業だったらしい。
そういえばアルフォンスも言ってたもんね、『取り巻きの女生徒を使って数多の嫌がらせを行い……』って。
けれど、私が指示したわけではない、だって記憶が戻ってからはぼっちだったし。
だからって以前のディアナが指示したかといえば、そうでもない。
我儘放題やっていたのは事実だが、誰かを貶めるようなことはしていなかった。はず。
ということは、令嬢達が勝手にやったということ?
ただ単にユリア嬢が気に入らなかったのかしら?
そのあたりは良く分からないわね。
『……彼女達と一度きちんと話した方が良いかもしれないね。ディアナ嬢、突然彼女達と距離を置くようになったんだって?彼女達にも理由があるのかもしれないよ』
馬車に揺られながらまあ良いかと思いかけた時、公爵がそう言った。
理由、か。
そういえば我儘放題するのを止めようと思って彼女達とも離れたのだが、その理由をきちんと説明したことはなかったかも。
それは、不誠実だったかもしれない。
もしかしてユリア嬢とのことも、ただ嫌がらせをしていたっていうだけじゃないのかも。
公爵の口ぶりだとなにか知っているのかもしれないわね。
学園内でのことをなぜ公爵が?と思わなくもないが、それに気付かせてくれたことは感謝しよう。
その後も公爵は、アルフォンスとユリア嬢、ふたりのこれまでのことを詳しく話そうとしてくれたのだが、別に興味もなかったのでお断りした。
彼らがこれから公爵家の後継者として上手く立ち回れるのか……と考えるとあまり期待できないような気はするけれど。
まあそっちはそっちで仲良くやってくれたら良い。
あのふたりを相手しなくてはいけない公爵には同情するが。
「公爵様、ご子息とはご縁がありませんでしたが、陰ながらその幸せを願っていますわ」
公爵には幼い頃からお世話になっていたし、記憶を取り戻す前から良い方だと思っていた。
頑張って下さいねという気持ちを込めてそう伝える。
「ディ、ディアナ嬢……。くっ、あの馬鹿息子め、ディアナ嬢はきちんと自分で自分を省みて更正したというのに……!あんな女に惑わされて……!!」
……やはり色々と大変なようだ。
テーブルをダン!と叩いて怒りに震える公爵の肩にそっと触れる。
「心中お察しいたします。ですが、ご子息にもご子息のお考えがあるはず。親子で、向き合って、じっくり話をして下さい。……私も、最近になってやっと父との関係をやり直すことができましたから」
「ディアナ嬢……!!」
ぶわっと公爵の目が潤む。
私は亡くなった母とはもう話ができないけれど。
公爵とアルフォンスには、まだたくさん向き合う時間がある。
良い方向に向かいますようにと思いを込めて微笑みを返した。
「……そろそろ私の存在を思い出してくれないかな?君達のふたりの世界に置いてけぼりにするのは止めてくれるかい?」
その声に公爵とふたり、はっとして公爵の向かいに座る人物に視線を向ける。
わ、忘れてた……!
「そういえば、少し前にもこうして無視されたことがあったな。君のところの嫡男にだったかな、クロイツェル公爵?」
美貌の王子様のその表情は、笑っているけど笑っていない。
この展開は本日二度目だが、先程の公爵よりも恐ろしい笑みに、私は震え上がったのだった――――。




