まさかの悪役令嬢ですか!?1
ついに、この日が来てしまった。
「お嬢様、息を吸って!はい、止めて。いきますよぉぉぉぉ!」
「ぎゃぁぁぁあ!ミ、ミラ、もう限界よ!」
「いえ、まだです。まだいけます。ほら、もっと締めなさいあなた達」
「「はい、ミラ様!」」
「お、鬼ぃぃぃぃぃ!!!!!」
鬼とはなんですか?という冷静なミラの言葉を遠くに聞きながら、私は侍女達にもう一段階コルセットを締められたのだった。
「うぅ……別に参加したくもないパーティーに嫌々参加するのに、この仕打ち……」
「お嬢様、姿勢が崩れております」
ぴしゃりとミラに指摘され、背筋を伸ばす。
卒業記念パーティー当日、朝早くから身体の隅々を磨き上げられ、ドレスを身に着け、化粧を施し髪型を整えられた。
本当にパーティーの準備とは時間の無駄だと思う。
「夕方からのパーティーのために、丸一日かけるって……。タイム・イズ・マネーという概念はないのかしら。現代日本の社畜にはありえない時間の使い方だわ」
「お嬢様……?」
高圧的なミラの声に、はいっ!と反射的に返事をする。
なんだろう、最近ミラの私への態度が……。
扱い悪くなってない?という思いつつも、半ば無理矢理気にしないことにした。
「わぁ!おねぇしゃま、きれー!」
「本当、とっても素敵だわ!」
「グエン、お義母様。ありがとうございます」
出発前、グエンとお義母様が見送りにエントランスまで来てくれた。
お父様と話をした日以来、お義母様ともすっかり仲良しになり、こうして自然と会話もできるようになっている。
ちなみにお父様はこの時間まだ仕事なので不在だ。
しかし来賓としてパーティーに呼ばれているため、向こうで会えるはず。
……ぼっちしている娘を見てどう思うかしらと少し不安だが、我儘言って問題行動起こすよりマシかと思い直す。
「たぶん早めに帰りますから。ひょっとしたらグエンが寝る前には戻れるかも」
「あら、たまにはゆっくりパーティーを楽しんでも良いのよ?」
お義母様……お気遣いはありがたいのですが、一緒に楽しむ人がいないんですよ。
そんなこと口にできるわけもなく、私はあははと笑って誤魔化した。
「お嬢様、そろそろ」
「あ、うん。では、行ってまいります」
空気を読んだミラに促され、馬車に乗る。
ぶんぶんと手を振って見送ってくれるグエン、かわいい。
今は夕方の六時前。
うん、グエンがベッドに入る八時には絶対帰って来よう。
会場まで往復一時間弱、パーティーには一時間もいれば十分でしょ。
アルフォンスと合流して入場、開会の挨拶を聞いて卒業生のダンスを鑑賞、その後仕方なしアルフォンスと一曲踊って解散。
うん、一時間で終わる。
馬車に揺られながら頭の中で素早く計算し、今日のスケジュールを組み立てる。
無駄なことはしない、役目を果たしたらさっさと推しの元に帰って、その寝顔を拝もう。
そう決意を新たに、いざ卒業パーティーへと挑むのであった。
「……え?もう中に入った?」
「も、申し訳ありません!わたくしは止めたのですが、その、静止も聞かず、坊っちゃまは中に……」
会場に着き、アルフォンスと待ち合わせをしていた場所で馬車を停めたのだが、何故かそこにはクロイツェル家の馬車と執事しかいなかった。
トイレにでも行ったのかと思って馬車から降りて執事に聞いたのだが、まさかまさかの答えが返ってきた。
「おかしいですね。私達は時間通り、いえ少し早めに到着したはずですが」
「お、おっしゃる通りです!ですが、何故か予定より早く出発しろと命令され……。早すぎる時間に到着し、坊っちゃまはブルーム家の馬車を待たずにすぐに行ってしまわれたのです」
ミラの迫力ある追及に、あわあわと答える執事、不憫だ。
「――――そう。あなたのせいではないのだから、もう良いわ。ミラ、行きましょう」
パートナー無しなんて、無作法には違いないが、入場しないわけにはいかない。
このまま帰っても良かったのだが、私までパーティーをすっぽかすような失礼なことをしてはいけないだろう。
手違いでパートナーと入れ違ってしまったとか適当な理由をつけて、ひとりで入場しよう。
ひょっとしてアルフォンスとのダンスも免れるかもしれないし、意外と悪くないかもしれない。
よし、これだ。
クロイツェル家の執事に気にしないでと伝え、入場口へと向かう。
「お嬢様!よろしいのですか?こんな……」
「もう良いじゃない。アルフォンスが非常識だってことは、良く分かっていたことだし」
だからといって……!と納得のいっていない様子のミラを宥めながら歩き、入場口までたどり着いた。
「じゃあね、ミラ。一時間程で戻って来るから、そのつもりで待っていて頂戴」
「……かしこまりました、お嬢様」
使用人であるミラとは、ここでお別れだ。
この先はひとり。
まあ、ぼっちはいつものことだ。
それを特に気にするでもなく、予定通りパートナーと手違いで入れ違ってしまったと門番に告げ、パーティー会場へと足を踏み入れたのだった。




