小さな王子様2
ドレスの試着を終えた私は、その足でグエンの私室を訪れた。
「おねぇしゃま!もうおわったの?」
「ええ、お待たせ。一緒にみんなのところに遊びに行きましょうか」
「やったぁ!いっしょにあそぼ!」
全身全霊で嬉しい!を表現してくれるグエンを私はぎゅうっと抱き締めた。
ああ、癒やされるわぁ……。
あの非常識野郎にもこんな時代があったのかしら?
だとしたら、失礼だけどクロイツェル公爵夫妻の子育てって……。
いや、みなまで言うまい。
きっとああなってしまったのは、親だけのせいではない。
もちろん本人だけのせいだけでもないけどね。
色々な要因とか環境とかがあるし、その子その子に合う合わないもあるもの。
クロイツェル公爵夫妻は常識的な人だし、仕事もできて頭も切れる。
愛情不足だったわけでも、ただ甘やかしていただけでもないだろうに……不思議だ。
子育てって本当に難しい。
そう考えると、アルフォンスに同情めいた気持ちも浮かんでくるというものだ。
うんうんと子育の難しさをひとり噛み締めていると、腕の中のグエンが不思議そうに私の顔を見上げてきた。
「おねぇしゃま?どうしたの?」
「なんでもないのよ。あなたはそのまま、素直に育ってね」
間違っても女の子を泣かすようなモラハラ浮気野郎にはならないでね〜と心の中で呟くのだった。
「あれ?今日はおじょーも一緒だぁ!」
「わーい!でぃあなさま、あそぼー!!」
グエンと手を繋いで使用人棟の遊び場に行くと、いつもの笑顔でみんなが出迎えてくれた。
「最近体がなまってるのよね〜。今日はいっぱい走って遊びましょ」
「げ。手加減してくれよな」
以前鬼ごっこ……じゃない、魔物ごっこで私に惨敗した男子達がうげぇと表情を崩す。
そうは言うが、私がいない間もよく魔物ごっこで走り回って遊んでいる彼らは、かなり体力がついてきている。
走るのも速くなったし、フェイントを入れたり身体をひねって避けたり、身体の使い方も上手くなってきた。
「なかなかやるじゃない」
「貴族のおじょーさまにいつまでも負けてたら情けないからね、っと!」
メイちゃんにいいところを見せたい兄・タクトも、鮮やかに私のタッチを避けていく。
年長の子達もそうだが、年少組の成長も著しい。
姉馬鹿かもしれないが、グエンだってなかなかの逃げっぷりだ。
みんなと遊ぶ前は、お坊っちゃまらしく運痴ではないかと思うくらいの走り方だったが、フォームもなかなかになって体力もついてきたし、なにより弱冠四歳にして頭を使って逃げている。
もちろん手加減はしているが、格段に身体が良く動いているのが分かる。
「すごいわね、グエン。お姉様の負けだわ、降参!」
「やったぁ!ぼく、はやくなったでしょ?」
ほめてほめてとぴょんぴょん跳ねるグエンの頭を撫でてやる。
前世で子どもの運動神経は三歳までが勝負!と聞いたことがあったが、ぜひここから挽回してもらいたい。
貴族のお坊っちゃまとはいえ、剣術や護身術は嗜むものだしね。
騎士を目指すわけではないにしろ、自分の身を守る方法を身につけておくことは大切だ。
「えへへ。おねぇしゃまになでてもらうの、ぼくだいすき!」
だってこんなにかわいいんだよ!?
変な奴に攫われちゃうかもしれないじゃん!
それに成長したら絶対美男子だし、ハイエナ化した女達からも身を守らないといけないでしょ!?
「安心してね、グエン。ちゃんと強くなれるように、お姉様が基礎体力をつけておいてあげるから!」
「うん?わかった!ぼく、つよくなって、おねぇしゃまのこと、まもる!!」
なんとグエンは私の手をぎゅっと握ってそう宣言した。
「グ、グエンーーーっ!天使!?うちの弟、天使!?ちょっとあんた達、今の聞いた!?」
オバサンよろしく、タクト達にねぇねぇ!と手招きをしてグエンのかわいさを自慢する。
「うわ、お嬢、ブラコンすぎじゃね?」
「いや、メイを相手にしてるおまえもあんな時あるぜ……」
意外なタクトのシスコンも暴露され、その日は夕方までみんなで賑やかに遊んだのだった。
「ねえ、おねぇしゃま?」
「んー?どうしたの、グエン」
一緒に寝たい!というグエンのかわいい我儘を叶えるため、私はグエンの寝室で寝かしつけをしていた。
絵本を読み終えた後、グエンが不思議そうに私を見上げてきたのだ。
「おねぇしゃまにも、おうじさま、くるの?」
「お、王子様かぁ……。ど、どうかなぁ?」
読んでいた絵本は、コテコテのお姫様と王子様の物語。
どうやらグエンは、いつか私にも王子様が迎えに来るのかと聞いているようだ。
「んーと、こんやくしゃ?のおにいちゃんとけっこん、するの?」
婚約者、つまりアルフォンスのことか。
「ええと、それは……」
「でも、あのおにいちゃん、おうじさまじゃないよね?」
「まあ、王子様ではないけど……公爵家の、偉い人であることには違いないかな」
そうだよと肯定もし辛く、言葉を濁していると、グエンの表情が沈んだ。
「そうじゃなくて。おうじさまみたいに、やさしくないってこと」
グエンの言葉に、目を見開く。
「ぼく……おねぇしゃまには、おうじさまみたいにやさしいひととけっこんしてほしい」
グエンは何度かアルフォンスに会ったことがある。
だが、意外でもなんでもなく、アルフォンスは子どもが嫌いだ。
ましてや嫌っている女、しかも格下の家の幼子であるグエンにも、全く優しく接しようとはしなかった。
「そっか。ありがとう、グエン。でもお姉様は大丈夫よ。お父様もお義母様も、グエンもいるもの」
姉の幸せを願う、その気持が嬉しくて、そっと頭を撫でる。
「おうじさま、あえるといいね」
「そうねぇ。でも王子様には、もっと素敵なお姫様がいるかもしれないし。お姉様はねぇ……。ほら、“わがままおじょー”だからさ」
そう冗談めいて笑い飛ばしたのだが、グエンはじっと真剣な目で見つめてきた。
「んーん。おねぇしゃまは、“すてきなおひめさま”だよ?もし、おうじさまにあえなかったら、そのときは……」
「うん?」
「その、ときは……――――」
途切れ途切れで言葉を紡いでいたが、とうとう眠気に限界がきたのだろう、グエンは瞼を閉じて寝息を立て始めた。
「ふふっ。――――ありがとう、グエン。素敵な王子様ね」
小さな王子様の優しい言葉に嬉しくなった私は、その額にキスを落とした。




