お馬鹿さんな婚約者をどうしましょう3
「……お嬢様、アレは放っておいてよろしいのですか?」
「別に、良いんじゃないかしら。少なくとも、私は困らないわ」
今日もぼっちランチを決め込む私に、ミラがおずおずとそう聞いてきた。
その視線の先には、アルフォンス。
そしてその傍らには、桃色の髪と水色の瞳の可憐な容姿の少女がいた。
アルフォンスはなんとその少女の腰に手を当てている。
そんなふたりの距離感、控えめに言ってもただの友人には見えない。
その少女のことは一応私も耳にしたことがある。
ユリア・フランツェン子爵令嬢。
高等部に上がってからの編入生、まあつまり訳アリということだ。
彼女の父であるフランツェン子爵が外で作った私生児。
本妻との間に子ができず、十五歳の時に引き取られたのだという。
彼女のことを知った時は、それなんてラノベ?と言わんばかりの、お決まりの設定だなとぼんやりと思ったものだ。
「元々あちらの家がどうしてもって持って来た婚約話だし、アルフォンスのことはどうとも思っていないのよ?お父様が困るのならどうにかしてしがみつこうとするけれど、別に困らないなら破談になっても構わないじゃない?」
まあ公爵家はどうか知らないけどね。
ちらりと鼻の下を伸ばすアルフォンスを見やる。
あらあら、だらしない顔ね。
まあね?私としては都合の良い展開なのよ。
アルフォンスが好きな人でも見つけてくれて、婚約破棄にでもなればなぁって思っていたんだもの。
でもね、物事には順序ってものがあるでしょう?
アルフォンスがやっているのは、ただの浮気。
どうすんのよ、現代日本なら……っていう私の脳内妄想で、今までアルフォンスはただのモラハラ夫だったのに、モラハラ不倫夫に格上げされちゃったじゃない。
もし子どものいる夫婦だったら、それで証拠を揃えた妻に慰謝料請求、離婚請求、養育費請求されてざまぁ……って感じ?
……この場合、私がざまぁする役かしら?
うーん……それはちょっと面倒く……いや、憚れる。
前世ではざまぁ系の漫画もよく見たし、読んでスッキリしたこともあった。
でも、子ども相手の仕事をしているからか、やっぱりみんな幸せ、大団円!な話の方が読了後に良い気分になれたのだ。
そんなのご都合主義、物語だけの世界、綺麗事だって、分かってる。
でもさ、まだ幼い子どもにはみんな仲良し!を語ってあげたいとも思ってしまうのよ。
おっと話が逸れてしまった、まあそれは一旦置いておいて。
それにしてもアルフォンスは、その一挙一動が公爵家の評判に影響を及ぼすとは考えないのだろうか。
あまりにも浅はかすぎる。
大丈夫かしら……?と心配になるレベルでお馬鹿さんなのではないだろうかと、時々思うのだ。
あと、気になるのはもうひとつ……。
「ユリア嬢、こんなところにいたの?」
「ユリア、もう食べたのか?早いな」
「こらこらおまえ達、そう身を乗り出してはユリア嬢が驚いてしまうだろう」
きゃっきゃっとじゃれ合うふたりの所にやって来たのは、癒やし系年下美少年、イケメン同級生、お色気年上キャラの三人。
「みんな!これから庭園のお花を見に行くところなんです。一緒にどうですか?」
そしてそんな三人とアルフォンスに囲まれて嬉しそうに振る舞うユリア嬢。
「ラノベっていうより、乙女ゲーだったみたいね。誰狙いなんだろう?ひょっとしてハーレムルート?」
「なにをわけの分からないことをブツブツとおっしゃっているのですか?」
ひとりごとだったのだが、ミラにはしっかりと聞かれていたようだ。
「ああ、なんでもないのよ、ごめんなさい。まあとりあえず今のところは静観するわ。事を荒立てるのも本意じゃないし」
アルフォンスはともかく、クロイツェル公爵家に恨みはない。
アルフォンスがあの子を妻として迎え入れたいと願い、それを公爵が聞き入れてなんとなく良い感じに私との婚約を破棄してくれたら一番なのだが。
「ま、だからってあの状況は好ましく思えないけれど」
ふうっとひと息ついて立ち上がる。
そして食べ終えたトレーを持ち、いつものように食器を下げにカウンターへと向かう。
少し前までのディアナも含め、普通の生徒は席に置いたままにするのだが、記憶を取り戻してからはきちんと自分で下げないと気持ち悪いのだ。
「ごちそうさまでした。今日もとても美味しかったです」
食堂のおばちゃ……いや、おばさまにお礼を言って、いつものように幼等部の建物へと歩き出す。
その時、アルフォンス達とすれ違ったけれど、一切目を合わせなかった。
どうせ名ばかりの婚約者。
というか、破棄目前じゃないかと期待するくらいの、そんな関係だもの。
そっちはそっちでよろしくやってれば?くらいの気持ちで無視して通り過ぎる。
ミラは律儀だからね、アルフォンスに会釈した気配がした。
ま、あいつはユリア嬢に気を取られていて、気付いていないかもだけれど。
まあだからといってどうということはない。
私はこの時、そう軽く考えてたのだ。
「……っち。俺に対してあの態度、目に余るな……」
まさかアルフォンスが、そんなことを呟き、去って行く私の背中をものすごい目をして睨んでいるなんて、知らなかったから。




