お馬鹿さんな婚約者をどうしましょう1
家族と和解してしばらく。
私の生活は平和そのものだった。
記憶を取り戻したばかりの頃は私の変貌に戸惑っていた屋敷の侍女達も、お父様やお義母様、グエンと馴染んだ私の姿を見て、すっかり警戒を解いてくれた。
ちなみにそれはミラも。
ほんの少しだけど、肩の力を抜いてくれたような気がする。
たぶん、私がお義母様やグエンを傷付けるつもりはないと信じてくれたのだと思う。
そして学園生活もいたって平穏である。
相変わらずぼっちではあるが、子ども達との時間は楽しいし、意外とおひとりさまを満喫している。
ひょっとしたら、すっかり大人しくなった私に、これ幸いと嫌がらせをする輩が出てくるのではないかと思ったのだけれど。
全然何もない!というわけではない。
嫌がらせ、まぁあることにはある。
でも私は侯爵家令嬢、かなりの高位貴族である。
そんな私に向かって堂々とひどい嫌がらせをできるくらい身分の高い令嬢は少ない。
遠巻きにくすくすと悪口を言ったり、わざとちょっとぶつかってみたり、そんな程度だ。
地位とか身分とか、そんなものに固執するつもりはないが、向こうがそれを気にして多少遠慮してくれているのだから、あえて寛容にならなくても良いだろう。
それに前世の嫌がらせ……というか、イジメの方が何倍も恐かったと思うのだ。
実体験ではないが、イジメが原因で……というニュースはよく目に入ってきたからね。
特にSNSを利用して悪評をばら撒いたりとか最悪よね。
情報化社会の恐ろしさでもある。
便利な世の中だったからこそ、イジメの方法も直接的なものばかりではないのだが、むしろそれ故の恐ろしさがあった。
とにかくそんな恐ろしさを知っている私からすれば、ちょっとくらい陰口を言われたりわざと軽くぶつかられたりするくらいの嫌がらせ、かわいいものだ。
大きな被害があるわけでもないからね、まあ放っておけばそのうち飽きるでしょう。
とにかくそんな感じで、今私はとても平穏に暮らしている。
女神様、ありがとうございます。
今日も今日とてミラとふたりの優雅なランチを楽しみながら、女神様への感謝を心の中で告げる。
けれど……ただひとつ、ひとつだけ、気にかかることがある。
それは、(少々忘れがちである)婚約者、アルフォンスのことだ。
「ふん、今日もひとりか。一応俺の婚約者ということになっているからな。俺に恥をかかせるような言動は慎めよ」
出た。
「……あらアルフォンス様。ごきげんよう」
にっこりと完璧な作り笑顔を浮かべる。
自分でも随分貴族らしい表情の作りや言葉に慣れてきたものだと思う。
「もちろん、家族に迷惑をかけるような言動をとらないよう、気を付けておりますわ」
あんたに迷惑かけないようにって気持ちは一切ないけどね。
そんな内心を隠して、頬に手をやり、うふふと首を傾ける。
そんな私に、アルフォンスは一瞬目を見開き、その後小さく舌打ちをした。
「……ふん。最近は問題行動や我儘放題はなくなったようだが、いつまでもつか見ものだな」
「ご心配おかけいたしました。大切な時期ですもの、アルフォンス様はどうぞ、ご自分のことに集中なさって下さいませ」
人のこととやかく言う前に、自分のことを省みてはいかが?
そんな私の嫌味が通じたのか、アルフォンスは再びチッと音を立てて顔を顰めた。
「相変わらず可愛気のない女だな。全く、なぜ父上はこんな女と俺を……」
絵に描いたような捨て台詞を吐きながら、アルフォンスは早足に去って行った。
ふん、あんたこそその不遜な俺様キャラ、なんとかしないと公爵家を潰しかねないわよ。
女は黙って俺に媚びていれば良いんだというあの態度、昭和か!とつっこみたくなる。
西洋風の世界ではあるが、そんな思考は昔の日本とそう変わらないものねと変な共通点を見つける。
まあ現代にもいたけどね……。
男は外で働いているのだから、女は家事育児全般を担当するべきだって考えの人。
女が働くようになったんだから、男だって家事育児をやんなさいよって話。
そういう男に限って、『令和のこの時代に、専業主婦なんてありえない!』とか言うのよね。
保護者の皆様から旦那様の愚痴、よく聞いたわぁ……。
遠い目をしてアルフォンスの背中を見つめる。
うん、あんた現代日本に生まれてたら、そんな旦那になっていたでしょうね。
良かったね、貴族のお坊ちゃんで。
身の回りのことは使用人がしてくれるしね、それが当然ってみんな思ってくれるからね。
ふんぞり返ってても、公爵家のお坊ちゃんだから仕方ないって思ってもらえるもんね。
もし現代日本人だったら……。
そんな態度に耐えきれなくなった奥さんにモラハラ夫の烙印押されて、離婚届突きつけられて慰謝料請求されたりして。
うわぁ……ネットのコミックエッセイとかでよくある展開じゃない?
ふっ、な、なんかそう考えると可笑しくなってきた。
「……お嬢様、なぜ笑っていらっしゃるのですか?」
「い、いや!?ふ、ふふっ、な、なんでもないのよ?ふっ!」
笑いが抑え切れなかった私を見て、ミラは訝しげな表情をしながら首を傾げたのだった。




