新しく家族、始めましょう2
「ど、どうされたのですかお父様!?」
「おまえには謝らなければいけないと、ずっと思っていたんだ」
慌てふためいた私は、とりあえずお父様に頭を上げてもらい、きちんと話を聞きたいと伝えた。
顔を上げたお父様は難しい顔をしていて、本当に謝ろうと思ってる?と疑わしい表情だったのだが、よくよく話を聞いていると、納得とまではいかないけれど、その事情は理解することができた。
お父様は本当に顔が整っているのだけれど、表情でも言葉でも気持ちを表現するのがものすごく下手な人だった。
今までは仕事人間、くそ真面目という印象でしかなかったのだが、どうやら表情筋の動きが人より鈍いらしい。
その上言葉足らずの口下手……そんなんでよく騎士団長が務まるね?と言いたくなったが、恐らくその周りにいる部下達のおかげなのだろう。
……というか、よくお義母様と恋愛して結婚できたね?
前世で既婚の先輩や保護者の皆様から色々聞いたけど、顔だけで結婚にもっていけるのはかなりレアだと思う。
……あ、でもこっちの世界は違うのか。
貴族社会だし、地位と顔があれば嫁は来るか。
話は逸れてしまったが、とにかくそんな不器用すぎるお父様は、政略結婚で一緒になったお母様にも、母親を亡くした私にも、どう接して良いのか分からなかったらしい。
特に私に対しては、寂しさをぶつけられても、我儘を言われても、どう応じてあげれば良いのか分からなかった。
なぜなら、自分もまた、そういった愛情を受けてこなかったから。
故人を悪く言うことは少し憚れるが、お父様の両親――――つまり私の祖父母は、分かりやすいくらい分かりやすい、政略結婚で結ばれた仮面夫婦だった。
義務のように産まれたのがひとり息子のお父様で、産後、祖母は跡取りを産んだのだからもう良いだろうと自由気儘に振る舞った。
祖父は有能だったけれど、そんな祖母に愛想を尽かし仕事だけに打ち込み、お父様の世話や教育は使用人に任せきりだった。
「愛されていると思ったことなど、一度もなかった」
そうお父様は零した。
ああ、こんな身近なところにも親の身勝手の犠牲となった人がいたのかと、胸が痛くなった。
そんな、お世辞にも仲が良いとはいえない祖父母だが、領地視察に出た際の馬車の事故で一緒に命を落とすこととなったのだから、人生なにがあるか分からないものだ。
そうしてお父様は、結婚後すぐ、年若くして侯爵家を継ぐこととなった。
私のお母様とは、祖父の決めた政略結婚だったのだと言う。
お母様はとても優しい人で私のことも大切にしてくれていたが、体は弱かった。
お父様への愛情は、あったのかなかったのかよく分からない。
けれど、不貞を働いたり散財するような人ではなかったのだから、慎みのある、貴族としての矜持をきちんと持った人だったのだと思う。
そんなお母様を亡くし、荒れに荒れる私をどうにかできるほど、お父様は愛することも、愛されることも知らなかった。
「ただ抱き締めて、辛いねって言って一緒に泣いてくれたら、それで良かったのに……」
「今なら、そうすれば良かったのだろうと分かる。……エリーゼのおかげで」
そんな時にお父様と出会ったのが、エリーゼ・クラッセン伯爵令嬢、お義母様だ。
お父様よりもひと回り近く年下のお義母様だが、しっかり者で優しく、強い。
記憶を取り戻してからの様子も、それ以前の私への態度も、好ましいものだったと思う。
以前のディアナは認めたがらなかったけれど。
仕方ないよね、自分の居場所がなくなっていくんじゃないかって、怖かったんだもの。
お義母様に出会ってからのお父様は変わったと、使用人達は言う。
表情こそ鉄仮面だけれど、お義母様とグエンをとても愛していることが、その言動から分かる。
でも、じゃあ、私は?とディアナが思ってしまうくらいに。
「おまえが病に臥せり、もしかしてと思った時にとても後悔した。目を覚ました時に、本当に安堵したんだ。しかし回復してからのおまえはまるで別人のようで。謝りたい、大切なんだと伝える機会をずっと窺っていたんだ」
まるで懺悔するかのようなお父様の様子に、私は戸惑わずにはいられなかった。
私、というより、この気持ちはたぶん、ディアナのもの。
「産まれてきた時に嬉しいと思ったし、かわいいと思ったんだ。しかしそれと同時に、私が触れて良いのかと怖くもあった。グエンの時もそうだ。だが、グエンの時は、エリーゼが半ば無理矢理にでも私にグエンを抱かせようとしたから……」
ああ、そうか。
お母様もきっと怖かったんだ。
私を抱いてあげてと言って、お父様に拒絶されるのを。
今際の時に、『これからはお父様にたくさん甘えてね』と私に囁いたお母様。
『ごめんね。私に勇気がなくて、お父様に伝えてあげられなくて……』と謝られた、その言葉の意味。
あれは、私が産まれたばかりの時のことだったんだ……。
「……もう、良いんです。お父様のお気持ちは、よく分かりましたから」
ごめんね、ディアナ。
これくらいの謝罪じゃあ、あなたは許せないかもしれないけれど。
「お母様に謝れなかった分も、私に伝えたいと思って下さったのでしょう?」
同じ過ちを犯したくはないと思ったのかもしれない。
愛されることを知らなかったから、どう愛して良いか分からなかった、不器用なお父様。
そしてお母様も、不器用で怖がりだった。
お父様を愛してはいなかったかもしれないけれど、たぶん、嫌いではなかったんじゃないかな。
じゃないと、『たくさん甘えてね』なんて言えない。
「お義母様には、感謝しなくてはいけませんね。不器用で口下手な旦那様と我儘放題の義理の娘。どちらも見捨てずにいて下さったのですから」
眉を下げて笑えば、お父様もくすっと小さな笑みを零した。
うん、これで良い。
ディアナ、あなたはちゃんと愛されていたよ。
これから少しずつ、お父様とも仲良くなっていこうね。
そんな穏やかな空気の中、コンコンと控えめなノック音がした。
お父様が許可を出しゆっくりと扉が開かれると、そこにはお義母様とグエンがいた。
「あら?どうやらディアナときちんとお話ができたみたいね?」
「おねぇしゃまとおとうしゃま、なかなおり?」
嬉しそうに私達を見つめるふたりに、また笑みが零れる。
「うん。心配かけてごめんね、グエン。もう大丈夫よ」
それと。
グエンの頭を撫でた後、お義母様の顔を見上げる。
「……今まで見守って下さっていて、ありがとうございました。これからもお父様を、どうぞよろしくお願いします、お義母様」
「「!」」
「ぐぇんも!よろしく!」
よく分かっていないグエンは嬉しそうにしているだけだが、お父様とお義母様のふたりは私の言葉に目を見開き驚いた。
そう、だって私は……。
「母と、呼んでくれるの……?」
「はい。私とグエンの、おかあさまですから」
初めて、お義母様のことを“おかあさま”と呼んだから。
「……これからは、たくさん呼んでやってくれ。私にも、たくさん甘えてほしい」
お父様が、穏やかに微笑む。
「あら、そんなことを言っては私、また我儘放題をして困らせてしまいますよ?」
「ふふ、ある程度親を困らせるのは良いのよ。我が子だけの専売特許、ってやつよ?」
私の言葉に、お義母様が茶目っ気たっぷりにウィンクする。
その発言に私とお父様は面食らったけれど、それからぷっと吹き出した。
「みんな、わらってる!なかよし?」
「うん、仲良し!グエンも、ね?」
嬉しそうに見上げてくるグエンを、ぎゅっと抱き締める。
ねぇディアナ、見てる?
私達、ちゃんと愛されていたみたいよ。
「改めまして。お父様、お義母様、グエン。これからも、よろしくお願いします」
こうして私達は、本当の“家族”になったのだった。




