新しく家族、始めましょう1
「おねぇしゃま、がくえん、たのしい?」
「うん、まあまあかな。あ、ううん、もちろん楽しいわよ!」
そっかぁ!とグエンが笑う。
危ない危ない、いずれグエンも通うことになるのだから、期待が持てるようなことを言わないと。
学園が再開してひと月、私はすっかりこの生活に慣れた。
ぼっち生活も慣れてしまえば気楽、元々ひとりでファミレスもラーメン屋も行けちゃう性格だったからね、ご令嬢方とお上品にキャッキャうふふしているより、余程良い。
なによりお昼は幼等部のみんな、そして帰ればこうしてグエンと戯れることができる。
「意外と楽園だったなんて、これも異世界転生特典なのかしら?」
「ぱらだ?とくてん、ってなに??」
私のひとり言に、グエンがきょとんとする。
「ううん、なんでもないの。さ、お絵描きの続き、しましょう?それにしても本当にグエンは絵が上手ねぇ」
「えへへ、みらにもほめられたんだよ。ほら、これがおねぇしゃま!あとぼくと、おとうしゃまと、おかぁしゃまも!」
グエンが見せてくれた紙には、仲睦まじげに手を繋ぐ四人家族が描かれていた。
「……本当に上手!後でお父様とお義母様にも見せてあげようか。きっと喜ぶわよ」
「うん!」
えへへと嬉しそうにグエンは絵を握りしめる。
まだ幼いグエンは、私が腹違いの姉であることを知らない。
いつか知ることにはなるのだろうが、その時は、それでもあなたの姉であることは変わらないと、笑顔で伝えたい。
でもそれは、月の記憶が戻ったからできることであり、以前のディアナはこの状況をまだ受け入れることができなかった。
だけど、ディアナは無視こそすれ、決してグエンをいじめるようなことはしなかった。
それはグエンが悪いわけではないと、ちゃんと理解していたから。
っていうか、そもそもお父様が悪いんじゃない?
再婚して子どもまで作るなら、ちゃんと娘に理解してもらってからじゃないかと思うのだ。
まあね?お貴族様だし、後継ぎが必要なのも分かるけれども。
無駄に顔が良い割にあまり浮ついた話のない、仕事馬鹿な堅物でそういった経験値もないから難しかったのかもしれないけどさ。
騎士団長だしガタイも良い。
ご令嬢にしてみれば、近寄り難い雰囲気を醸し出していて、とっつきにくそうだものね。
でもねぇと複雑な気持ちでグエンを見つめる。
――――結局、傷付くのは子どもなのだから、そのあたりは大人としてきちんとしてほしい。
「一度、お父様ときちんと話をするのもアリかしら」
「んー?おねぇしゃま、なにかいった?」
なんでもないわよとグエンに笑顔を返す。
グエンのためにも、私のためにも。
折を見て、お父様と話をしてみようと決心したのだった。
――――奇しくも、その機会はすぐに訪れた。
「ディアナ、この後私の書斎に来なさい」
食後、そうお父様に声を掛けられたのだ。
その日の夕食時、デザートを食べ終えたグエンが例の絵を両親に見せた。
「まあ……!グエン、とても良く描けているわ」
母親から褒めてもらったグエンは誇らしげに絵の説明をし始めた。
両親と自分と、私が仲良しなところを描いたのだと、嬉しそうに。
それを聞いたお義母様は、少し複雑そうにしながらもグエンの説明にうんうんと頷いている。
以前から思っていたが、お義母様はとても理性的で優しい人だ。
どうしようもない我儘娘だった私に対しても、ちゃんと母親であろうと努力してくれたし、今だってグエンのことを考えて内心の動揺を抑えてくれている。
それに比べてお父様は……!と思っていたところでの部屋に来いとの発言に、私は目を瞬いた。
「ええ~っ!おねぇしゃまに、えほんよんでもらいたかった……」
「ではお母様が読んであげるわ。だから、ね?お姉様はお父様に譲ってあげましょう?」
むぅーっと頬を膨らませながらも渋々了承したグエンと共に、お義母様は先に席を立った。
「ゆっくり話してね。あなた、優しく、よ?」
そう小声で私とお父様に伝えてから。
「……こほん。では、行こうか」
「あ、はい。分かりました」
どことなく居心地の悪そうなお父様のうしろについて、書斎へと向かった。
道中、廊下では無言だった。
学園はどうだとか、アルフォンスとは仲良くやっているのかとか、色々話題はあるだろうに。
いやそんなことを聞かれても、ぼっちな上に婚約者とも険悪ですとか、答えには困るのだが……。
実の親子なのにこの気まずさはなんだろう、そんなことを考えているうちに書斎に着いた。
扉が開かれ、応接セットのソファへと促される。
とりあえずお父様の話を聞くのが先よねと、まずは話を聞く体勢になる。
……のだが、向かいに腰を下ろしたお父様からはなんの言葉も発せられない。
親子で向かい合い、しーんとした静寂に包まれる。
そんなに言いにくいことなのだろうか?
「……それで、ご用件はなんでしょうか?」
思い切ってそう切り出してみる。
「……ディアナ、おまえはなにを考えているんだ?」
……は?
誰かにも同じことを聞かれたような……。
ああそうだアルフォンスだったわと思い出しながら、質問の意図が分からず、どういう意味ですかと聞き返す。
「……いや。以前とは随分様子が変わったからな。なにかあったのかと思っただけで、特になにもないなら良いんだ」
なにかあったのかと言われたら色々ありましたけども。
けれど馬鹿正直に「前世の記憶を取り戻したので、のんびり私らしく好きなように生きることにしたんです〜」と告白できるほど、私はお気楽な思考をしていない。
相手は父親とはいえ、十分に信頼の置ける人ではない。
「……いいえ、特にはなにも?ただ、いつまでも癇癪を起こすだけではいけないと思っただけです。そうしたところで誰かが優しくしてくれるわけでもありませんし」
にっこりと微笑みつつも嫌味を含ませる。
だいたいお父様がもっとディアナのことを思い遣っていれば、ディアナもそこまで我儘放題にはならなかったはず。
子どもだからってなにも分かっていないと思うのは大間違いだ。
むしろ人の顔色を窺うことに長けた子は、ものすごい観察力でもって、大人の気持ちの変化を敏感に察知する。
小さい子だって大人がされて嫌なことは嫌だし、冷たい言葉や態度を受ければ傷付くのだ。
子どもは順応力が高いからといって、そのうち新しい母親に懐いて産みの母のことは忘れるだろうなんて思ってはいけない。
……今さらだけど、お父様ってダメダメじゃない?
いくら顔が良くてガタイも良くて騎士団長を務めるくらい優秀でも、父親としては落第点だ。
こりゃディアナが可哀想ね……と小さくため息をついた、その時。
「すまなかった、ディアナ」
「!?」
なんと、お父様が私に向かって頭を下げた。




