学園生活ってパラダイス!?4
お昼休憩に幼等部に通うようになって三日。
私の学園生活は、ものすごく充実している。
「でぃあなさま、えほんよんで!」
「てあそびも!まものでてくるやつ!」
「はいはい。じゃあ絵本を見たい人はこっちに集まってね。お友達を押さないで、場所を譲ってあげてね」
幼等部の子ども達とは、もうすっかり仲良しだ。
ちなみに魔物が出てくる手遊びだが……。
元々は動物が出てくる手遊びなのだが、ゾウとかキリンとか、前世にいた動物の中にはこの世界に存在しないものもいるため、不本意ながら魔物に言い換えて教えた。
だって鼻が長いとか首が長いとか……そういう特徴があるのって魔物くらいしかいないんだもの!
ちなみに、ネコや犬など割と小柄な動物は存在している。
ライオンはいないけど獅子型の魔物はいるし、クマはいないけどベアー系の魔物はいる。
そのあたりの違いはよく分からないけれど……。
とりあえず動物園にいるような大型の動物はいないんだなと思うことにした。
それにしても、鬼ごっこといいこの手遊びといい、遊びに取り入れたことで魔物という存在への恐怖心が薄れてしまわないだろうかとちょっとだけ不安がある。
さすがに貴族のお子様達に、鬼ごっこのような走り回る遊びを勝手に教えるのはどうかと思ったため、ここではやっていないが……。
ブルーム家の子ども達には魔物の恐ろしさをきちんと教えて危機管理能力を育てないとなと、ちょっぴり反省だ。
「でぃあなさま?どうしたの?」
「はやく!てあそび!!」
「あ、ごめんなさい」
わくわく顔の子ども達を見ると、やっぱりこの仕事って良いなぁって思う。
そりゃ大人の言うことを聞かないこともあるし、ちょっと我儘な子も、ませた子もいるけれど、中身は純粋な子ばかりだ。
いくら貴族のお子様とはいっても、喜ぶポイントはブルーム家の子達とそう変わらない。
時間帯のことも考えておとなしめの遊びばかりしているが、穏やかに楽しんでもらえている。
ご飯の後って眠くなるから、無理に体力を使う遊びや頭を使う遊びをすると、トラブルが多くなるのよね……。
五歳くらいまではお昼寝をしても良いと思うのだが、どうやら学園ではお昼寝の時間を取っていないらしい。
休憩時間の後、一時間だけお勉強の時間があって、三時頃に帰るんだって。
「……まあ、お昼寝をしても朝七時から夜七時まで預けられるよりは、よっぽど健康的よね」
前世の保育園での子ども達のことを思い出す。
親御さんにも様々な事情があるので一概に悪いとは言えないが、それでも子ども達のことを考えると良いとも言えない。
そんな複雑な気持ちで子ども達と向き合っていた前世は、幼い子を持つ親に優しい社会ではなかったのだろうなと、ぼんやりと思う。
子どもを産んだこともないくせに!と言われてしまったらそれまでだけれど。
「でぃあなさま、またぼーっとしてるー!」
「ほらぁ、つぎはえほん、よんでよぉ」
「ご、ごめんなさい。じゃあ始めるわよ。『昔々、魔法の国のお姫様は……』」
今世は、子どもにも親にも優しい世界になってほしいな。
「――――なに考えてるんだ、おまえ」
“おまえ”。
紳士淑女が集まる学園内で、まさかそんな風に呼ばれるなんて。
放課後、屋敷に帰ろうとしたところに掛けられた声。
私は突然のことに、ぽかんと口を開けて見上げた。
「早く質問に答えろ!貴様、俺にそんな態度を取って良いと思っているのか!?」
「きさま」
“おまえ”の次は“貴様”と来た。
驚きすぎてオウム返ししちゃったじゃない。
「ふん!休暇中に病にかかったと聞いていたが、頭でもおかしくなったんじゃないか?ああ、そういえば最近寂しくひとりぼっちでいるらしいじゃないか。所詮取り巻きの女共だ、心から慕う友人がいなくて残念だったな」
ふふんと人を小馬鹿にするような表情、うわ〜腹立つわぁ。
しかし台詞からは小物臭しかしない。
ガキね、ただの悪ガキ。
全く、こんな奴が次期公爵なんて、クロイツェル公爵家の未来は真っ暗ね。
現当主様はとても良い方なのに。
残念すぎる気持ちで我が婚約者、アルフォンス・クロイツェル公爵令息を見つめる。
「な、ななななんだその目は!」
「この顔も目も生まれつきのものです。想像で勝手に決めつけるのはお止め下さい」
噴火直前のアルフォンスに、やれやれとため息をつきながら言葉を返す。
「―――たしかに、病で臥せっている間に気付いたのですよ。上辺だけの関係なんて虚しいだけだと。なので、私は私で正しいと思うように行動することにいたしました。アルフォンス様は今まで通り、ご自由になさって頂いて結構ですよ?」
相手にするのも面倒で、できるだけ温度のない声で告げる。
どうせ婚約破棄、もしくは離縁する(私的には)予定だ、あまり相手にしない方が良い。
むしろ相変わらず可愛げがないなと言われた方が都合が良い。
内心ドキドキしながら返事を待つと、アルフォンスは苛立ったように顔を顰めた。
「はっ!良いか、おまえが何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはするなよ!?」
はいはい分かりましたよ、威張りくさろうが浮気しようが、勝手にして下さい。
「承知いたしました。では私はこれで」
さっさと帰らせて頂きます。
ぷりぷりしながら去って行くアルフォンスを、貼り付けた笑顔で見送る。
本当にあんなのが次期公爵で良いのかしら?
政務の手腕はピカイチと言われるクロイツェル公爵だが、子育ては不得手だったのね、きっと。
公爵家が潰れる前に離縁できるかしら?と若干失礼なことを考えながら帰り支度を済ませる。
それにしても久しぶりに会ったけれど、相変わらずで笑える。
乾いた笑いが零れ落ちたが、それをミラにじっと見られてしまった。
「な、なにかいけなかったかしら?」
「……いえ、別に」
すぐに目を伏せられてしまい、ミラの考えていることはちっとも分からなかった。




