学園生活ってパラダイス!?3
私が通う学園は、大きく分けて四つの建物で構成されている。
幼等部、初等部、中等部、高等部、それぞれ前世でいう、幼稚園・保育園、小学校、中学校、高校と同じ年齢の貴族令息・令嬢が通っている。
しかし私のような高位貴族は、幼少期は家で教育を受けるところがほとんど。
私も含め、そういう者は中等部から通い始める。
つまり、幼等部・初等部は下位貴族の子どもたちが中心となっているのだが……。
「……これは教師陣もなかなか手を焼いているみたいね」
建物の陰から覗く目の前の光景に、私は苦笑いをする。
「ああっ!リッシェ子爵令嬢!ご友人の腕を叩いてはいけません!」
「フリック男爵令息!虫を潰して遊ぶのはお止め下さいー!!」
やんちゃな子ども達の声にかき消されているのは、必死な幼等部の教師の声。
貴族の子とはいえ、どこの世界も子どもは似たようなものねと、前世での苦労を思い出しながらも、ちょっぴりほっとしたような気持ちになる。
どうやら広場で子ども達を遊ばせているところらしい。
「高等部は昼休憩の時間だけれど、教師もいるということは、幼等部は違うのかしら?」
うーん?と首を捻る私に、ひょっこりとミラが顔を出す。
「いえ。幼等部も休憩時間です。ですからお坊ちゃまお嬢様方が遊んでいらっしゃるでしょう?食事を終えて自由に遊ぶ時間なのでしょう」
なんと……!
休憩時間は教師も休憩!……じゃないのね?
うっ……教師達の気持ちが良く分かるわぁぁ!
一般企業ならば、昼休憩=昼食+自由時間というのが普通だろうが、幼児教育の仕事に就く者は違う。
好き嫌いのある、まだ手元のおぼつかない子ども達を相手にする食事の時間は、戦争だ。
自由時間は自由に遊ぶ子ども達が危険なく遊んでいるか、トラブルが起きないか、気を張りながら見守る時間である。
……つまり、教師にとって休憩時間は休憩ではない。
「ものすっごく親近感感じちゃうわ……」
「あの子ども達にですか?」
違うわよ!
ミラにそう否定したかったが、確かに少し前までのディアナはあんな感じだった。
だから喉まで出かかった言葉をぐっと堪えた。
「……こほん。ね、高等部の私は幼等部に入ってはいけないのかしら?」
「そうですね……他の学部の敷地内にはいってはいけないという規則はないはずです。実際、ご兄弟や婚約者に会いに中等部や初等部に行かれる方もいらっしゃいますし」
確かに。
じゃあこんなコソコソしなくても、子ども達の前に出て行っても良いかしら?
ちらりと時計を見れば、次の授業まではまだ四十分くらいある。
ひと遊びくらいなら問題ないだろう。
「ちょっと行ってくるわね」
「行ってくるって……あ、お嬢様!?」
ミラの声を振り切り、私は子ども達の方へと向かった。
大変そうな教師を手伝ってあげたい気持ち半分。
「こんにちは。ねえ、お姉さんも入れてくれないかな?」
もう半分は、子ども達と仲良くなりたいなって、ただそれだけ。
「ブルーム侯爵令嬢、本日は誠にありがとうございました」
「たかが三十分、されど三十分!午後の授業の準備ができて、助かりました」
「その上お子様達をあんなに上手に纏めて下さって……。いつもならトラブル続出で大変な時間なのに、今日は穏やかでしたわ……」
午後の授業を終えてさあ帰ろうとした私の元に、幼等部の教師達が待ち構えていたようにやって来た。
……感謝感激の言葉とともに。
別に大したことはしていない。
三十分くらい一緒に遊んで、子ども達が落ち着いていたから、やっておきたい仕事があるならひとりくらい抜けても大丈夫ですよと教師に伝えただけ。
「いつもあの時間、手が足りなくて……。あとひとりいたらって、思っていたんです」
あーこれもあるあるだわ。
あとひとり保育者がいれば!
そんな風に思ったこと、前世で何度もある。
「た、大変ですね。もしよろしければ、毎日お手伝いに伺いましょうか?昼食を食べた後すぐに向かえば、少なくとも一時間はお手伝いできるかと……」
「「「よろしいのですか!?」」」
他人事に思えなくて、ついそう口にすると、ぱああっと教師達の顔が輝いた。
「助かります!ブルーム侯爵令嬢はお子様への言葉掛けも的確で、ケンカの仲裁もお上手でしたし」
「たった三十分しかいらっしゃらなかったのに、お子様方もよく懐いておりました」
「ブルーム侯爵令嬢は我儘お嬢様だなんて噂に聞いておりましたから、いったいどん……「「ストーップ!!」」
ひとりの口をふたりの教師が塞いだ。
「な、なんでもありません!それでは明日もぜひ!お待ちしております!」
「ええ本当に!どうぞよろしくお願い致します!」
それでは!とふたりは口を塞いだ教師を引きずりながら去って行った。
……嵐のように。
「……お嬢様、いったいいつから幼等部教師の資格をお取りになったので?」
呆気にとられていると、背後からぼそりとミラが呟いた。
「そんなの持ってるわけないじゃない」
それに苦笑いをして答える。
まあ最後のあれは引っかからなくもないけれど。
「でも、今日楽しかったのよね。どうせ毎日休憩時間をもて余すことになるなら、幼等部の教師の手伝いも良いんじゃないかしら。なにか問題、ある?」
ぶらぶらして過ごすくらいなら、その方がよっぽど有意義だ。
「……休憩時間になにをして過ごすかは生徒の自由。それに幼等部の教師から許可も得ておりますから、問題はないかと思います、が……」
ミラの言いたいことは分かる。
腐っても侯爵家の令嬢である私が、そんなことを?と思っているのだろう。
「もしミラが叱られるようなことがあったり、侯爵家の名に泥を塗るようなことがあれば、教えて頂戴。自分で決めたことなのだから、自分で責任を取るわ」
「……かしこまりました」
浅く頭を下げるミラに、私はにっこりする。
まあとにかく、これで学園生活にも楽しみができた。
明日からの休憩時間が楽しみになってきて、私はウキウキした気分で家路につくのであった。




