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088 またな!


 ポコッ、ゴコッ。 ボコボコ。

ズズッ……ズズズズ……

 ザバーーーーーーン!


 湖面に無数の泡が立ったかと思うと、ブワリと水柱が上がり、瞬く間に大きな龍が姿を現した。まさに一瞬の出来事。待っていた瞬間であったが、そのあまりの唐突さに流石の俺も足が竦んだ。

 滝のように流れ落ちる水流の中に見慣れたピンクのシールドが光る。

 

 ーーーーーーコウタ!!


 丸い光はザンブリと水を滴らせたままパチンと割れ、見たこともないような虹色の大鳥がコウタとジロウを乗せて俺の上で旋回すると、ふわりとコウタを下ろした。


「コウタ! 俺だ! コウタ! おい、しっかりしろ!」

「コウちゃん! ああ、コウちゃん」

 俺たちは半狂乱になって小さな体にしがみつく。触れた腕がヒヤリ! 氷のようだ。


 小さな身体の冷たさに、ハッとして龍を見上げる。

 この野郎! よくも……! 誰もがギリギリと歯軋りをし、白龍を睨みつける。頬を濡らすのが水なのか涙なのか? 許せない! 許さん! 許さんぞ!


 俺たちの怒りが爆発するかのように、身体から湯気が立ち上り、ふぅふぅと息を荒らげたそのとき、サンが叫んだ。


「息が……息がおありです!」

「「「「な……!」」」」


 再びコウタを奪って、その口元の息を確かめると、奴はへにゃりと笑ってよだれを啜り、また静かに眠り始めた。俺は頬を擦り付けて温めるようにふにゃふにゃの身体を抱きしめた。

 よく、よく生きて……戻ってきてくれた。がくりと膝をつき、ただその柔さに酔いしれた。ーーーーが、再びコウタを奪うように次々と手が伸び、その生還を喜んだ。


『ダーディス、坊は魔力切れだ。早々に手当を頼む』


 地の底から響くような低い声で白龍が念を送る。

「ダーディスは親父だ。とうに亡くなった。俺はダーディスの息子、ディック・エンデアベルトだ。……息子が世話んなった。礼を言う」

 俺は神龍の正面に立って声を張り上げた。


『そうか。人の世は過ぎるのが早い。あのときの赤子か……? 少し話がしたい。できるか?』

 俺は眉を顰める。神獣様直々の話とは……。コウタが戻ってきた今、断る理由はない。


「わかった。だが、俺にもちいと時間をくれ。なあに、すぐだ。ちょっと待て」


 俺はグッと顔を引き締め背を伸ばす。覚悟はできている。俺は息子達に足を向ける。



「アイファ…………」

「…………言うな。分かってる。大丈夫だ、任せろ」

 コウタを毛布で包む手を止め、アイファが珍しく俺を正面で捉え笑った。


「……、僕、ちゃんと笑えてる? 僕も兄さんになったんだ。恥ずかしくないように頑張るよ」

 震える笑顔を慌てて隠すクライスに大きくなったと誇らしくなる。


 突拍子もない()()元気を見せる赤毛の狼は、コウタが大好きだという瞳を寄越した。

「大丈夫! アタシがついてるって! 拾ってもらった命だからね! 恩は返すさ。任せておきな! あんがとさん」


 ニコルはふざけたが、キールは黙って深く頭を下げた。あぁ、いいパーティだ。悪いな、アイツらを頼んだぞ。


 サーシャは俺の前に傅くと、いつもの柔らかな笑顔を見せた。


「留守は()()()()()預かります。私はエンデアベルトの妻ですから、いつでも戻っていらしてね」

「ああ……、頼んだぞ」

 いつか憧れた微笑みを、艶やかにたなびく黄金の髪を、しかと胸に焼き付けた。そして、そそくさと踵を返す妻に、苦労をかけると唇を引く。


 俺は私兵たちを引き上げさせ、一本の松明と酒樽、対のカップを持って水辺に立つ。そして最後まで忠実であった執事と向き合った。



「……対価ですか?」

「ああ。もし無事なら……と決めていた。悪いが腐れ縁もここまでだ。後を頼む」


 長年連れ添った執事はふふと笑った。

「問題だらけの領主様でございましたから、淋しゅうございます。ですが、あなたは現役を退き随分と経ちます。力不足ではございませんか?」


「そうかもな。……いや、十分だろう。だが、不足だったらどうする?」

 いつも通りニヤと笑うと、奴は待ち受けていたかのように冷ややかで悪い笑みを送る。


「ふふふ、主人の後始末は執事の責務。老いぼれではございますが、ご一緒に対価となりましょうぞ。いかがいたしますか?」


 俺は濃茶の瞳を丸くして奴を見た。奴らしい。だが……、対価になるのは一人でいい。アイツが悲しむ。俺はククと笑いながら絡まった髪を掻きむしった。


「俺以上の逸材なんかいねえよ。年寄りの危惧だ。…………あいつらは、アイファ達はそこそこ優秀だ。お前の出る幕はねぇかもしれねぇ。だが、支えてやってくれ。そして必要がなくなったら隠居すればいい。コウタと老いぼれでやらかし合いながら生きていくのも悪くねぇだろう?」


「それはようございます。あなたのことはとっとと忘れて尽力させていただきます。では……、ご武運を」


「おう、またな!」


 執事らしく深く頭を下げたセガは、俺の姿が見えなくなったと確信するまで微動だにしないだろう。


 俺は一本の松明を掲げて湖に向かう。チャプチャプと酒樽が唸る音が誇らしい。背後の篝火が消されるのも間もなくだろう。俺は闇を抱きしめる覚悟で白龍の待つ湖岸へと赴いた。



 神龍は白い霧で湖を覆った。白く発光する一本の道を作って。俺がそっと足を踏み出すと結界を敷いたのだろう。水に浸ることなくコツリと乾いた靴の音がした。程なく少し開けた広場のような空間に出ると、白髪の老人が低い円卓の前で腰を据えていた。白龍の化身。円卓には透明な液体で満たされた大きな瓶と見事な細工のグラスが置かれていた。



「考えることは一緒か……。話には酒だな。俺は作法なんか持ち合わせちゃいねぇから、不躾だが……許せ。腹を割って話したい」

 老人は曇った金の瞳を細めて、頷くと俺が持ってきた酒を美しい細工のグラスに並々と注いだ。


 真紅に輝くとっておきのワイン。ゴクリと飲み干し、2杯目を継ぎ足せば、老人も喉を鳴らしてふうとグラスを突き出す。トクトクと酒が注がれる音とゴクゴクと喉を鳴らす音が世界を支配する。

 その静寂を破ったのは白髪の老人だった。



「まず……。詫びねばなるまい。今回のことはわしの欲が引き起こしたこと。坊の魔力に惹かれてしもうて。不可侵を貫けなかったこと、あい、すまなんだ」

 予想だにしなかった言葉と円卓に額を押し付け滑稽に詫びる老人に俺は含んだ酒をブッと吹きそうになった。


 その真意を問おうとしたとき、老人の金の瞳は俺を射抜いた。

「して……、坊は何者じゃ?」


 俺の中の記憶を心を読もうとしているのだろうか。真っ直ぐに睨み返す俺をしばらく見つめた老人は、ゆるゆると目を細めてほほと笑った。


「そうじゃのぅ。坊は坊か。ちっこい身体のくせに、なかなかに頑固でのぅ。貴殿も手を焼くはずじゃ」

「ああ、振り回されっぱなしだ。だが、アイツはそれでいい」

 数々のやらかしを思い浮かべ、グラスの中にコウタの笑顔が映り込む。思わずふふと声が漏れた。


「じゃが……、それが危うい。あやつは頑固な上に強い正義感を持っとるようじゃが、柔過ぎる心に身の丈に合わん力ももっちょる。違うか?」

「ああ、そうだ。アイツは脆い。踏み潰しても壊れんような強さがあるかと思えば、鼻息で吹っ飛ばされるような柔さがある。だから……俺たちだったのだと思う。俺んところでなけりゃ、アイツはとっくに壊れてる」


 熱く焦がされた胸のうちを紛らわせようと、乱暴に酒を煽る。俺達は静かに語らった。アイツのことを。

 しばらくして、柔らかな微笑みを湛えた老人は、懐から甘い芳香を放つ果物を取り出して勧めた。


 しゃくり。こ気味良い歯触りととろける果肉。甘くねっとりとしているのに、口中に溢れる酸味ある果汁は、さっぱりとしていて、だがコク深い。ついで白龍が差し出した無骨なカップに注がれた透明な液体を押し込めば、じわりと魔力が広がるように喉が熱くなり、じきにふわりと身体に染み渡る。


「ほほほ。美味いじゃろう?冥土の土産にと思ったが、土産にならんかったでのう」

 意味ありげにつぶやかれた言葉に、俺はああと覚悟する。


「ああ、分かってる。対価だろう? アイツを無事に帰してもらった対価だ。俺の命をくれてやる。煮るなり焼くなり喰らうなり、勝手にしやがれ。いつでもいいぞ」


 俺の言葉に金の瞳がまん丸く開いた。俺はグビリと酒を飲み干し、ニヤリと笑ってやった。

いよいよ12月ですね。

年末のお休みが楽しみではあるものの、その前に来る繁忙期に頭が痛いYokoちーです。


今年は仕事絡みで松ぼっくりのクリスマスツリーをたくさん作りました。 一つ一つ癖があって同じに出来ないものですね。


今日も読んでいただきありがとうございます。


北風が寒々感じる季節です。お身体、ご自愛ください。

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