084 エッグ石探し
「よーし、揃ったな。じゃぁ始めるか?者ども! 祭りを始めようぜ」
「「「「「うおぉぉぉぉお!」」」」」
ディック様のいい加減な挨拶で春はじめの祭りがスタートした。
牧場に設えられた数々のテーブルにたくさんの料理やお酒が並べられ、大人達は楽しみながら、久々の再会を喜んだり、春仕事の話をしたりして盛り上がる。ディック様もアイファ兄さんもサーシャ様まで両手にお酒のカップを持ってご機嫌だ。
「いいかい。水辺や街道には近づかないよ。大抵は牧場のあたりか領主館の近くにあるからね。喧嘩しないで仲良く探すんだよ」
クライス兄さんの注意に頷いて、子ども達はエッグ石を探す。たくさん見つけるのも、こだわって探すのも自由だけど制限時間が30分。みんな時計なんか持ってないから、法螺貝の笛が10分間隔で鳴らされ、時間を知らせてくれる。
ディック様はシブーストを呼んでオレが迷子になったり危ない目に遭ったりしないように一緒に探して欲しいと頼んでいた。ソラもジロウもいるし、何よりも目立つこの仮装だ。さすがに大丈夫だと胸を張ると、耳元で魔法を使うなよと釘を刺された。エッグ石を探す魔法なんて知らないよ! もう、ぷんぷん!
「コウタ、冬の間に随分鍛えてもらったのかい?」
シブーストが羨ましそうに言った。
「ちょっとは鍛えてもらったけど、オレ、強くなってる?」
嬉しくなって聞いてみると、走るのが速くなったとか、体力がついたとか、沢山褒めてくれたんだ。オレは嬉しくてニマニマしたまま石を探したよ。
初めは牛舎の柵の下。
ブルの絵が描かれた石を見つけた。シブーストはランタンを置く棚で剣の石だ。二人揃ってヤッターとはしゃぐ。他の子供達も順調に見つけているみたい。
「コウタ、こっちなの〜」
「早く早く!」
「「「見つかっちゃう」」」
妖精トリオがオレの目の前で何度も旋回しては髪を引っ張る。えぇ、石のありかを教えちゃダメだよ! 嗜めようとするけれど、シブーストに気付かれちゃうから、ドキドキしながら妖精トリオについて行くんだ。
絶壁近くの干し草の茂み。その影にふわんと白い魔力。這いつくばって手を伸ばすとチュルン、何かが指先を掠めた。なんだ? 石? それにしては柔らかい。
干し草を被ってシブーストと目を合わせると、お腹を抱えて笑われてしまった。巣の中の鳥みたいだねって。だけどシブーストだって小さいジロウみたいでかわいいよ!
もう一度。妖精達に促されるまま手を伸ばす。グニャリ。やっぱりツルツルした柔らかい感触。そして大きい。一体なんだ? ぎゅっと掴んでググッと引っ張ったそれは半透明のゼリーみたいな生き物。ソラより随分薄い水色でプルプル震えて縮んでいく。
「ス、スライム? なんでこんなところに! コウタ、手を離せ!!」
サッと顔色を変えたシブースト。腰に伸ばした手が掴んだのは仮装の毛皮を結んだ紐だった。そう、今日は祭りだから帯剣していない。しまったという顔。緊張が伝わってくる。
だけどプルプル震えた弱っちい奴は、オレの手にぎゅっとしがみついたままで、体を擦り寄せている。全く敵意は感じないし、ジロウもソラも反応しない。
「こ、これ、スライム? でも大丈夫。襲わないよ」
「ダメだ、コウタ。やっつけないと! 小さくたって魔物だ! 危ない! さぁ、早く放せ! こっちへ!」
騎士になったシブーストはオレを守ろうと必死の形相だ。オレがスライムを放すと踏んだり叩きつけたりして、こいつをやっつけようとするだろう。でもオレはこの小さい柔い生き物を殺させたくない。だからエイッと遠くに向かって放り投げ、その先にジロウを走らせた。頼むよジロウ!無事にここから離れられるようにみてあげて!
見えなくなったスライムに安心したシブーストは、まだスライムが隠れているかもしれないと干し草の山を足でかき混ぜた。すると奥の方にコロンと1つ。光を帯びた石が出てきた。淡く光った石にはお世辞にも上手とは言えない黒い髪の子どもの絵が……。
「「「やったのー、見つけたのー」」」
「「「コウタなのー」」」
「コウタのエッグ石なのー」
妖精トリオはオレ達の周りをくるくる飛び交うとご馳走だと戻って行った。うん、妖精って気まぐれなんだ。
シブーストは、不思議そうな顔をしてオレの手の中にそっと石を置いた。
「誰が作ったかわかんないけど、この石はコウタのだよ。きっとコウタに見つけて欲しかったんだと思う」
オレはニッコリ笑ったシブーストに見惚れて、こくんと頷いた。
法螺貝の音が鳴る。二回目だ。あと10分。視界の先には湖が迫り、牛舎から随分離れてしまった。そろそろ戻ろう、そう思った時だった。
湖に小舟が浮かんでいる。風に流された? でも、でも……子ども? 舟の中央に毛皮を纏って丸くなっているのは……?
オレとシブーストは顔を見合わせた。オレ達は示し合わせたように走る。
「ソラ! ディック様に知らせて!」
誰だろう。子供はみんな散り散りになっているし、仮装をしているから特定できない。湖は雪が溶けたばかりで水量が多く、そして冷たい。万が一舟がひっくり返ったら?
嫌な予感がよぎる。ドクドクと高鳴る鼓動は走っているせいだけじゃない。どうか無事で!
シブーストを随分後ろに引き離し、湖に辿り着いたけれど、ここからどうすればいいのだろう。呆然と立ち尽くすオレに大人が声をかけてくれた。
「坊ちゃん、大変だ! 子どもが流された! 助けに行こう」
「うん!」
オレは迷いなく舟に乗り込む。待ってて! 動かないで! 今行くよ!
うっ……、ググッ!! ダダンッ!!
舟に乗り込んだ途端、不意に口を塞がれ、手足を拘束される。何が起きたの? 罠? オレ、攫われるの? ソラ、ジロウ! ああ、駄目だ。下手に動くと湖が荒れる。舟が沈んで子供が助からない!
「へへへ。悪く思わないでくれよ。まさか狙ってた坊ちゃん自ら来てくれるとはよぉ。運がいいぜ。いやぁ、坊ちゃんは運が悪かったか?」
オレを狙っていた? なぜ? オレの為に誰かが捕まったの? どうして……? 人買いに売るってこと? それともオレを取引材料にして……? まさか! ディック様を?!
舟の中にオレを転がした悪い大人はズンズンと舟を漕ぐ。あっという間にオレ達は沖に出た。どうしよう……。飛び込んだって冷たい湖だ。拘束もされている。オレ一人で岸に着くなんて無理。 だけど逃れないと! このままじゃ駄目だ!
ぐらり揺れる不安定な舟の中で、やっとのことで身体を起こすと遠くの岸に村人達が集まっている。 どうしよう! ディック様。 オレのせいでディック様に何かあったら。
猿轡で塞がれた口でフゴフゴと唸り、バタバタと身体を捻ると舟が大きく傾いて冷たい水がザブリとかかった。
「大人しくしやがれ! こんなとこでお前が暴れたって何にもできやしないんだよ。あと少ししたら気持ちよく水ん中に沈めてやるからな。 お前の大好きな親父と一緒によ……」
ペロリと出した下品な舌でナイフの鋒を舐める男は、既に正気を失っているのかもしれない。身の毛がよだつ男の視線に、ごくりと喉がなった。嫌だ、嫌だ!言いなりになるのは嫌だ!
ザブン、チャプン。
舟の大きな揺れで波飛沫が立ち、オレ達をザブリと濡らした。青いブーツに水が浸み込みジンジンと痛みが走る。そのままオレは抱き上げられ、悪い大人が大声でディック様と話し始めた。
上空でソラが旋回している。ソラの魔法なら一発でこの状態を変えることが出来る。でも小舟の子どもはどうなる? オレはソラにまだ駄目だと念を送る。
ソラの首の羽を模したもふもふはぐっしょりと濡れ、オレを冷やしていく。抱き上げられたオレは、水を吸った羽毛を掴まれて締め上げられ、ただ顔を歪めることしかできず、心配そうなディック様と怒り狂った兄さん達の怒号を遠くで聞くのだった。
今日も来てくださってありがとうございます。
本当に季節が違って申し訳ないです。こちら、イースターのようなイベントでして。仮装イースターです。某テーマパークのイースター、人生で一度は訪れたい憧れのイベントが、Yokoちーにかかるとこうなりまして。
寒い冬に向かっていますが、読者の皆様にはぽかぽかと温かな春心で過ごしていただけますように。