083 祭りの朝に
今日が楽しみでなかなか寝付けなかったオレは、不思議な笛の音で目が覚めた。うーんと伸びをして起き上がると、いつも通りのサンの笑顔。
「おはよう! サン、いつもありがとう」
「うふふふふふ。今日もご自分でお目覚めになられましたね。ご立派です。あぁ、サンは今日も幸せです」
最近、ちょっとおかしくなり始めたサンのことはあまり気にしないでおこう。今日はいよいよ春はじめの祭りだ。大きな法螺貝の笛が、お祭りが今日だよっていう合図なんだ。お祭りはお昼頃から始まるよ! 楽しみ!
朝食を食べていると妖精三人組がやってきた。みんな、お祭りが待ちきれないみたいだ。
「コウター! 早く、エッグ石、見つけて」
「あたし達、作った、エッグ石」
「コウタ、作った石は、もう、見つけたよー」
早く早くとオレの髪やシャツを引っ張ってアイカ、キロイ、アオロは大はしゃぎ。妖精の国からエッグ石を持ってきてくれたんだね。だけど、一足早くエッグ石を見つけちゃうなんてフライングだ! ずるいよ!
「コウタ、何してるんだ? もしかして妖精?」
不審なオレの態度にクライス兄さんが気がついた。
「うん。この前の妖精さんがきてくれたんだ。早くエッグ石を探そうって言ってるの。あっ、こら! イタズラしちゃダメだって!」
オレの様子に目を細めるみんなの姿を見て、妖精チームが調子に乗って暴れ出した。
ちょっとちょっと、アイファ兄さんの紅茶にお砂糖を入れちゃダメだよ!
その小さく切ってある果物はオレのだし!
ソラのドライフルーツをスープに落としちゃ困るよ!
三人の暴れっぷりに困惑していると一際大きなお口を開けたニコルのスプーンにアイカが乗っかった!
わぁ、駄目! 食べられちゃう!
ガチャンと掴んだニコルの腕にホッとする間もなく、キールさんの怖い声が聞こえてきた。
し、しまった……。
勢い余って飛び乗ったテーブルの上。無惨に散らばったパンにサラダ。そして……キールさんの頭の上にはひっくり返ったスープ皿。
「お前は……、相変わらず学習せんなぁ」
「うふふ。いいじゃない。妖精さんなんて縁起がいいわ。妖精さん、どうか、コウちゃんをよろしくね」
「「「よろしくなのー」」」
「「「まかせてなのー」」」
呆れてばかりのディック様と優しいサーシャ様に大喜びの妖精達。村を回ってくるねとドアの隙間から飛び立っていった。
「行商だー。行商が来たぞー」
祭りで使うバスケットを準備していたその時、村の人の呼び声が聞こえてきた。行商! ナンブルタル領でお願いしてきた行商が来てくれたんだ。喜び勇んで駆け出そうとすると、首根っこを押さえられ、子猫よろしく宙吊りにされてしまった。
「待てって。落ち着け。連れてってやるから、俺と一緒にいろ。お前はすぐに厄介ごとに巻き込まれる」
「大丈夫だよ! 村の中だよ! 行商を見に行くだけだよ! 厄介ごとなんか起こさないから」
バタバタと手足を動かすと、グンと視界が高くなり、お腹から響く低い声にわぁと叫ぶ。
「その村ん中で、いや、家ん中でだって厄介ごとを度々起こしてる奴が言うセリフじゃねえよなぁ?」
ん? と笑った薄茶の瞳に真っ赤になって癖髪を抱きしめたオレは肩車をされてホールを抜ける。領主館前の道から小高くなった街道の馬車乗り場に帆掛け馬車が入ってくるが見えた。
祭りの準備をしていた村人も、ドンクやリリアもミュウも、大きい組の子供達まできゃぁきゃぁと駆けながらオレ達を追い抜いていく。オレも早く早くとディック様を急かして肩の上でぴょんぴょん跳ねる。やっとの思いで肩から飛び降りたオレは夢中になって駆け出した。嬉しくて、楽しくてワクワクしていたから、いつの間にかみんなを追い越し、先頭で走っていたのに気付かなかった。
行商は馬車乗り場に着くと、パタパタと帆を畳み、ガコンガコンと戸板を広げてあっという間にお店を広げた。
馬車のお店はナンブルタル領のように豊かな色で溢れていた。村では作れない布や染めた皮で作った品々、艶やかなリボンにカラフルな紙類、農具やカトラリーといった金属製品などが所狭しに並んでいる。収納袋から取り出されたのはいい匂いの香辛料や調味料、色々な種類の瓶詰めなどの食材で、手際よく木箱に並べられると一段高い棚に収められた。
「さぁ、春一番の行商だよ! 縁起がいいから思いっきり買っとくれ! これからはこのウルが担当さ! 注文品も扱うから遠慮なく言っとくれよ」
護衛として付いてきたナンブルタルの兵士さんも手伝って、久しぶりの買い物に村の人達は大賑わい。ディック様とエンデアベルトの兵士長さんがウルさんに挨拶をして、一足早くお祭りが始まったみたいだね。
ディック様は執事さんと兵士長さんを連れて交渉を始めた。ウルさんは指を立てたり引っ込めたりしてメモを取っている。小柄なウルさんと大きなディック様や兵士さん。まるで大人と子供のやり取りみたいで面白い。オレは荷台にぶら下がって話を聞いていると邪魔だと追い立てられてしまった。
ふと見ると兵士さんが荷車の上に大きなミルク缶を幾つも乗せている。明日の朝ランドに向けてブルの乳を運ぶんだって。大きなミルク缶はオレがすっぽり入ってしまいそう。このミルク缶はウルさんの収納袋から出てきたんだ。ブルの飼育数が増えたから新しくミルク缶を作って貰っていたんだって!
昼からはお祭りだからお店はあと1時間くらいで一旦閉店をする。今日はウルさんも護衛の兵士さんも宿に泊まって、ウルさんは明日の午後にエンデアベルト兵と一緒にランドに行く。ナンブルタルの兵士さん達は自領に戻るんだ。本当は兵士さん達はうちの兵舎に泊まってもらうんだけど、今はマリアさんと弟兵のブルジャーノさんが居るから宿に泊まって貰うんだって。二人は罪人として連れてきたのだけど、普通に生活してるからね。バレるとまずいらしい。
オレ達子ども組は買えるものなんて何もないからわいわい賑わうお店の周りを走りまわって楽しむ。
普段、馬車乗り場は危ないからって子どもだけで行くことはない。単純に馬や馬車が危ないってこともあるけど、冒険者の休憩所にもなるここは、街道に隣接しているから魔物や盗賊に襲われる危険があるんだ。でも、エンデアベルトは兵士さん達が巡回してくれるから比較的安全なんだけどね。
「コウタ。お祭りでは何になるの?」
「私はね、ワイルドウルフになるんだ」
「私はガーデンベアよ」
「俺もウルフなんだけど……ちょっと灰色だけどグ、グランってことにする」
「「えぇ?!みんな魔獣?!」」
どうやら今年のお祭りの仮装は、ワイルドウルフやガーデンベアなどもふもふ魔獣が多いみたい。貧しい村の子どもだから仮装の道具なんてそんなにあるわけじゃない。今年はオレ達が四つ足の襲撃に遭ってたくさん狩った魔獣の皮を村の家々に配ったことで、その皮を生かした仮装が主流になるんだ。何だ、グランの群れだって全然大丈夫だったよ。
館に戻ると昼食もそこそこに衣装部屋に連れられて、瑠璃色のソラ仕様に仮装させられる。
首に巻いた白いもふもふが気持ちいい。お腹の辺りでふわりと膨らんだ衣装はスカートみたいだけれど、ソラのフカフカの体型そっくりで嬉しくなる。ふわふわの毛並みの間にたくさんの隠しポケットがついていて、おやつのドライフルーツや紙に包んだクッキーを忍ばせる。ふふふ。これはニコルの真似っこだ。羽を模したたっぷりヒダの袖、クルンと垂らした毛糸のしっぽ。さぁ、牧場に行こう。牛舎の前に集まってお祭りを始めるよ!
今日も読んでいただきありがとうございます!
先日大好きなケーキ屋さんでマドレーヌが超お買い得価格でして。そのマドレーヌ、本当に美味しくて。紹介した友人が必ずリピートするという絶賛物。 大喜びで購入しただけでなく、ほかのお客さんにも盛大に勧めてしまったYokoちーです。
そんな掘り出し物を見つけた時のような嬉しい出来事が読者の皆様にも訪れますように。願いを込めて。