082 ソラちゃん、ジロちゃん
エンデアベルト家は朝から険悪なムードに包まれている。サーシャ様とメリルさんが対立しているからだ。女主人とメイド頭。立場で言えば勝敗がつきそうなんだけど、お互いが一歩も引かない。ディック様と執事さんは気配を察知して部屋にこもってしまった。
「ソラちゃんです。コウちゃんの愛らしさ、美しさを引き立てるのはソラちゃんしかあり得ません」
「いいえ。ジロちゃんです。ジロちゃんの漆黒とコウタ様の漆黒はお揃いでしょう。自然体が最も美しいのです。加えてそこにクライス様の金髪が爽やかな風を呼び起こし、コウタ様の金の魔力と相まって……。ああ、想像するだけで胸がいっぱいになります」
「ずるいわよ。クラちゃんまで想像するなんて! クラちゃんの金髪はソラちゃん仕様でも効果抜群なのは言うまでもないわ。ソラちゃんの美しい瑠璃色は漆黒のコウちゃんだからこそ映えるの。同化させたら勿体無いわ」
「いいえ! ジロちゃんの方が映えます」
春はじめの祭りでオレ達が扮する仮装。せっかく勇者一行の仮装を提案したのに……。どうやらサーシャ様はソラに、メリルさんはジロウ仕様に仮装させたいらしい。うん、お姫様でなくてよかった! オレ、どっちでも大丈夫。
今回の仮装に自分達の出番はないと安堵した兄さん一行は、だらしなくソファーにもたれて傍観している。オレだけがキラキラと光を帯びた二人の瞳の間で右往左往だ。
「面倒くせぇな。どっちだって変わらねぇ。両方試してみりゃいい」
不用意なアイファ兄さんの言葉にサーシャ様がキラリと反応する。
「そうよね。両方試せばいいわ! 早速、着てもらうわよ。いいわね! メリル」
「承知しました。さすがアイファ様です。さぁ、こちらに」
「えっ、おい、ちょっと待てよ? 何で俺まで? えっ?! おい?」
アイファ兄さんとオレが一緒に連れて行かれたのは言わずと知れた衣装部屋。押し込められたかと思えばあっという間に下着姿にさせられた。ヒィと顔を引き攣らせた兄さんが脱走を試みるも、にっこりと笑ったサーシャ様に足止めされ、二人で無の表情になる。
「やはりこちらのタイプの方がお顔が映えますわね」
「丈や形はさっきの方が……」
「小物はこちらで……。そうね、あと追加するのは……」
これを着ろと言われて袖を通せば縫い付けるからと脱がされ、また新たな布を纏ったかと思えばさらに形を変えられて。その目まぐるしさにオレも兄さんもぐったりと力が抜ける。当然被害はクライス兄さんやキールさんにも及び、いつのまにか連行された男組の屍が積み上がった。
「やはりジャイロオックスの毛皮では光沢が出過ぎます。せっかく染めた瑠璃色が白に反射されてしまいますわ」
「そうねぇ。ソラちゃんの瑠璃色って再現が難しわねぇ」
冬に入ってからの討伐で魔物の毛皮が潤沢にある。市場に出すと値崩れするので領主館としては備蓄に回すしかなく、だったら春の祭りで使ってみようと言う算段らしい。でもソラの瑠璃色は特別だから簡単には真似できないよ。
今年の仮装はワイルドウルフの毛皮を染めたグランの群れになりそうだ。もふもふの耳と尻尾をつけたオレはジロウとお揃いでご機嫌! キールさん、ニコル、アイファ兄さんがグランの仲間だ。クライス兄さんは群れに襲われる麗しのご令嬢役でディック様が狩人だって! クライス兄さんの女装は避けられないんだね! うふふふふふ。
衣装部屋から解放されたオレはジロウの背に乗ってサロンに戻る。もう歩く気力も無くなったよ。サーシャ様やメイドさん達も疲労の色が見えるけど、お肌も表情も生き生き艶々している。うん、満足してくれてよかったよ。オレ達の精神の犠牲は無駄じゃないはずだ。
いつの間にか昼を過ぎ、お日様が傾きかけていた。オレ達はサロンで軽い食事をすることにした。
カチャリと扉を開けた先、目に飛び込んできたのは……、テーブルの上に乗ってギロリとこちらを向いたラビ。しまった!! エンデアベルトの最古参もふもふの存在を失念していた。ラビは普段ほとんど開けない目を大きく見開きオレ達を睨むと、わざとらしく寝返りを打って背を向けた。
オレはぎゅっとラビを抱きしめて、大好きだよと頬を擦り寄せる。ふてぶてしい顔はいつも通りだけど、構わない。暖炉の前にゴロリと寝かせ、ぷにぷに肉球マッサージだ。ね、気持ちいいでしょう? ラビのこと、忘れていたわけじゃ……、いや、忘れていてごめんね! サラサラの毛に指を入れるともっともっとと短い手足を伸ばしてくる。ラビはジロウやソラと違って毛玉ができるから、ちゃんとしたブラシが欲しいなぁ。
随分早めの夕食の準備ができたとマァマが呼びに来るまで、オレは必死でラビの機嫌をとったんだ。
夕食の席でディック様に今年の仮装の報告をすると、面倒臭そうに頷いていた。だけど執事さんの一言で風向きが変わる。
「コウタ様のグラン姿はさぞかしお可愛らしいかと思いますが……、表向きは犬という設定ではありませんでしたか? ソラ殿は小さいですから魔力の少ないエンデアベルト家の従魔としてコウタ様がお連れになっても不自然なことではありません。ですがグランとなると話は変わります。飼い犬なら従魔ではございませんが……。例え村の民とはいえ、グランと知れてしまうのはよろしくないかと……」
オレ達は、あぁと思い直す。そうだ。すっかり忘れていた。初めはオレと同じくらいの犬ってことにするんだった。けれども、いつの間にかジロウは普通の大きさで自由に歩きまわっていた。きっとその方が楽なのだろう。エンデアベルト家はジロウのことをちっとも恐れないから、この姿が当たり前に受け入れられたんだ。そして、村の人達はそもそもが人外のエンデアベルト家に対して、ちょっとやそっとのことでは驚かない。
だから何も言わないけれど、わざわざグランだと思わせるのも良くないよね! オレ達のグラン仮装はお蔵入りとなってしまった。
女性陣がガックリと項垂れているうちに、碌なアイディアを出してくる前に、ディック様のフライングとも思える合図で、春はじめの祭りは明日に決まったんだ。
明日は久しぶりにドンクに会える。妖精達もきっと遊びにやってくる。オレはワクワクしながら早めにベッドに潜り込んだ。
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寒さの中に温かで幸せな一日が訪れますように。