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081 Bプラン


「えい、えい。やぁーー」


 オレは裏庭で剣の訓練をしている。最近、大きくなったのか、身体がとっても軽いんだ。前までよじ登っていたディック様だって、最近ではこの通り。ちょっとのジャンプで肩まで上がれるし、くるりと宙返りだってできるんだよ。だけど剣の訓練は上手くいかない。誰と組んでも当たらない。当たったとしても剣を弾き飛ばされてしまう。


「そうです。お上手ですよ。はい、踏み込んで! 惜しいです。さぁ、油断なさらず」

 サンはいつだってオレを褒めてくれる。挫けそうになっても、サンに応えるためにもう一歩踏み出すんだ。


「えい! あっ……」

 カキンと弾かれた剣が宙を舞いクライス兄さんの足元に転がる。


「コウタ、頑張っているね。父上は意地悪だけど大丈夫?」

「何が意地悪だ。ちゃんと教えてやってるだろう」

 ガハハと笑うご機嫌なディック様に兄さんが眉を下げ、拾った剣をオレに渡して訓練の終わりを告げた。


 今年はオレが広範囲に雪を溶かしちゃったから雪解けが早かったんだ。牧場の雪があらかたなくなると春の始めを告げるお祭りをするんだって。お祭りが終わったら酪農や農業を本格的に始めることができる。村の人にとっては1日も早くお祭りをして仕事を始めたいものなんだ。その祭りの準備ができたからって、兄さんが呼びに来たんだよ。明日かな? 明後日かな? ディック様がOKを出したらお祭りが始まるよ。楽しみ〜!!



「コウター!来たのー」

「もうすぐお祭り? 村の気配、楽しい」

「エッグ石、たくさんあったの」

「「「あたし達も隠したよー」」」


 お祭りの準備を始めた頃から、妖精トリオが遊びに来るようになったんだ。お祭りにはエッグ石といって、子供達が卵に見立てた石に色をつける。

 スースの卵、ブルの卵、幻獣の卵。中にはリンゴや剣の卵なんかを作る子もいる。子供達の欲しいものや好きなものにするんだよ。オレも幾つか作ったんだ。ソラの石にジロウの石。ラビの石もね。クマ爺のクマやアックスさんの従魔のタロウの石も作った。上手だねって褒めて貰ったんだ。

 子供達が作った石はね、大人達が村中に隠すの。目当ての卵を見つけると願いが叶うんだって! ドラゴンの卵の願いってなんだろう? 討伐できるってことかな? 強くなれるってことかな? 村をあげての宝探し、楽しみだよ!


 オレの髪につかまって、ぴこぴこ持ち上げて遊ぶアオロ。ソラと羽を繋いでくるくる回るキロイ。オレの手の平でゴロンと寝転がるアイカ。クスクス。妖精ってかわいいね! 賑やかで楽しいね。


 村の牧場にはまだ所々雪が残っているけれど、牧草は柔らかな緑で、牛達はのんびり草を喰む。ジロウが来た当初は牛やブル達が緊張してしまい食欲が落ちたり搾乳量が減ったりしたけれど、最近はジロウが襲わないってことがわかって、安心してくれたみたい。

 オレはジロウの背に乗って牧場を走る。冷えた空気が頬にピンと当たって痛いけれど、感じる光が暖かく気持ちがいい。妖精達もきゃっきゃとはしゃいでご機嫌だ。



「わぁ、コウタ! 何してるの?」

 途中ですれ違ったキールさんに呼び止められる。何って、散歩だけど? キョトンと首を傾げるオレにキールさんは蹲って頭を抱える。


「サーシャ様は? お前、ずっと一緒にいる予定だろう?」


 そんなことは無茶だよ。だって今日はお出かけって言ってたもの。そういえばここ数日、オレは兄さん達に言われてサーシャ様やメリルさんと行動を共にしていた。チーズ工房に行ったり、村長さんとお茶会をしたり。でも今日は外せない用事があるってランドの街に出かけたんだ。だからディック様と剣の稽古ができたんだもの。


「くそう! やられたか? いや、まだチャンスはある。 いいかコウタ。Bプランだ。アイファに会ったらそう伝えろ!」


 はて? Bプランとは? キールさんの狼狽えようが気になってオレは足速に館に戻った。


「コウタ、こっち来い」

アイファ兄さんの手招きに応えるとむにょんと頬が伸ばされる。


「い、いちゃいよ、兄さん」

 頬をさすって抗議する。そばにいたクライス兄さんが真顔で説明する。


「そう、その潤んだ目で言うんだよ。母上〜、オレ、勇者になりたい! はい、言ってみて」


 ええ?! 何それ? オレはどっちかって言ったら普通の冒険者がいいのだけれど……。目をぱちぱちと瞬いてキョトンとすると、再びアイファ兄さんに頬をびろーんと伸ばされる。

「ほら、ちゃんとやれ! テメェの命がかかってるんだ」

 い、命〜?! 大袈裟だ!



 ガラガラと馬車が着くとサーシャ様とメリルさんがつやつやな笑顔で降りてきた。オレは早速サーシャ様に飛びついてお帰りを言う。


 兄さん達やキールさんの厳しい目に晒されながらオレはひたすらミッションに耐える。“ ひたすら甘えろ” これが命令だ。抱っこされ、撫でられ、頬を擦りつけ、リボンをつけられ……。


『やってることはいつも通りなんだけど、義務になっちゃうとね〜』

 ソラのツッコミに顔がひきつる。一体こんな行動に何の意味があるのか?夕食後、サロンでサーシャ様に抱っこされていると、不意に兄さん達からのゴーサイン。今だ! オレは特訓の成果を発揮してうるうると瞳を艶めかせた。


「あのね……。母上。オレ、色々考えたの。大きくなったら勇者様になって、母上を守るからね」


 ちょっと下を向いてから、視線を外して……、今だ、にっこり笑うんだ。


「…………コ、コウちゃん?!」

 感激の表情! どう? オレ、やり遂げた? ふうと息をついて見上げると、クライス兄さんがニマニマして話しかける。

「いいね。コウタ! 勇者なんてかっこいいぞ。そうだ! 春始めの祭りはみんなで勇者一行なんていいんじゃないか?コウタの勇者姿もいいし、いや、体格的にはスコット爺の従魔のクマちゃんがキュートかなぁ?」


「コウちゃんの勇者……? ああ、いいわいいわ! きっと可愛いわね!」

「いいえ、いいえ。 やはりクマちゃんでしょう。ああ、胸が引き裂かれそうです。クマ耳をつけたコウタ様! しっぽのついた後ろ姿! メリルは断然、クマちゃんです」

 やった、サーシャ様は乗り気だ。オレ達は心の中でガッツポーズをした。


 うん。クマちゃんなら許せる。勇者一行なら兄さん達が巻き込まれても恥ずかしくない。


 春始めの祭りは精霊に祈りを捧げる。ただ、全ての生きとし生けるものに春の恵みをという趣旨で子供達は仮装をするんだ。エンデアベルト家は領主だからね、一家総出で演出するんだって。去年のテーマは芸術家でクライス兄さんとディック様は半裸に短いひらひらの腰巻きだったそうだ。

 その前は美しさ・麗しさがテーマで何とクライス兄さんがドレスを着たんだよ。しかもたまたま居合わせた旅人にプロポーズまでされたんだって。これはトラウマになるよね! 


 始めのプランはサーシャ様とメリルさんに衣装の準備をさせないこと。忙しくなったら家にある物で準備することになるでしょう? 冒険者や勇者一行ならそのままで仮装になるからね。焦らせてアイディアに乗せるって言うのがAプランだ。だけど今日、二人は買い物に行ってしまった。きっと仮装用の道具や生地を買い込んだはずだ。だからちょっと強引でもこちらでテーマを決めちゃおうってBプランが実行された。 ふぅ! オレの手柄で今年はみんな安心して祭りが迎えられるね! オレもフリフリの女の子の格好にされなくてよかったよ!



 

今日も読んでいただきありがとうございます。

 あぁ、季節は冬にむかっているのに、コウタ達は春に向かっています。なんという違和感!

 でも物語だけでもぽかぽかと温かく……。



 読者の皆様に、今日も穏やかで優しい一日でありますように。



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