007 思い出
「コウタ様、お好きな物をお選びください。お部屋にお持ちしましょうね」
サンが連れてきてくれた部屋は、少し湿っぽい。昨日、急いで埃だけ掃除した部屋だそうだ。部屋の中にはたくさんの木箱。布に包まれた大きな物は壁に立てかけられ、床に転がり……。うん、いわゆる物置だ。その片隅に大きな布が敷かれて、蓋を開けた二つほどの木箱が置かれていた。
布でできた少し汚れた人形は魔物だろうか? 幻獣だろうか? 縁が欠けた木の馬に馬車。きちんと車輪が回る。カラフルな色が所々剥げた積み木のセット。たくさんの傷がついた木剣は幾つもあり、使い込まれたように持ち手の色が変わった物もある。
「わぁ、凄い!かっこいい!」
剣や人形を手に取り、眺め、ひとしきり振り回す。こんなに沢山のおもちゃ、好きなだけ選んでいいなんて夢見たい! どれにしようかな……。
選びきれずに迷っていると、サンが大きな籠を出し、入るだけオレの部屋に持って行こうと言ってくれた。
「もう、随分古いですから、多少乱暴に扱って壊れても大丈夫ですよ。これは、クライス様がお好きだった人形ですね。こちらの剣は、アイファ様のお名前がありますから、剣が上達するかもしれません」
サンも楽しそうにおもちゃを選んでくれる。そうか、この部屋のおもちゃは、ディック様の息子さん達の物だ。小さい頃にたくさん遊んだ物。だから傷が一杯で、大人になってもこうして大切にとってあるんだな。
キャアキャアと叫びながら楽しそうな笑い声を想像し、ワクワクと胸が高鳴る。でもーーーー、だからこそ。
オレは手に持った剣をそっと下ろして、元の木箱に大切にしまった。人形も、木馬も……。
「コウタ様? どうされました? お気に召しませんか?」
サンは少し困惑した顔で首を傾げる。
「ううん。どれも気に入ったよ。全部ほしいなって思うくらい。オレ、お下がりって貰ったことがないから、凄く嬉しいの! 楽しかった思い出が同じもので作られるんだから。 とっても素敵。だから……。だからね。貰うのは兄さん達にいいよって言って貰ってからにする!」
少し伏せた顔をあげてにっこり笑ったのに、サンは納得してくれていないようだ。
「アイファ様もクライス様も絶対に良いって仰います。むしろお二人にはもう必要がない物です! コウタ様が遠慮なさる必要はないのですよ。旦那様も仰いましたし……。やはり新しい方がよろしいですか?」
オレはサンの手を取って、ゆっくり話すことにした。
「あのね、オレ、本当に全部嬉しいの。これが気に入ったの。だから、ちゃんと貰ってもいいですかって言いたいの。 だって、これは兄さん達の思い出の物でしょう? ディック様だって懐かしいなって思う物だと思うよ。 でも、思い出って見えないから、自分じゃない人には大切さって、分からないでしょ? しまっておいたり、捨ててしまったりするならいいけど、誰かに使われるのは嫌ってこともあると思うんだ。思い出の景色? みたいなのが変わっちゃうって。
だからオレは、ちゃんと兄さん達を見て、お願いしたいの。兄さん達にオレを見て貰って、オレならいいよって、言って欲しいの。サンたん、オレ、ちゃんと兄さん達に会えるまで待てるから大丈夫だよ。 ねっ?」
舌ったらずに名前を呼ばれて、ふふと頬を桃色に染めたサンは、それでも引き下がってくれない。気に入ったのならじゃあ全部部屋に持って行こうと、あえて声を大きくして言う。おもちゃで遊ぶのも三歳児には大事だって。
どうしようかと困っていると、執事さんが様子を見にきてくれた。やっぱり、サンと同じようにおもちゃを持って行けって。だから、つい、心の奥にしまっていたことを言ってしまった。
「今のオレには、身ひとつしかないから。思い出の物、一つだってないから……。だから、誰かの思い出を勝手に作り変えたくないの……。思い出が変わっちゃったら……、何をしても代わりになる物ってないでしょう?」
突然、オレの視界が真っ暗になった。サンがぎゅっと、苦しいくらいぎゅっとオレを抱きしめたから。
執事さんは膝をついてオレと目を合わせると、優しい声でそっと囁いた。
「コウタ様は、なかなか頑固でらっしゃいます。早速、お兄様方に手紙をお出しいたしましょう。これでよろしいですね?」
ふふふと笑った執事さんにオレは大きくこくんと頷く。そしてしまった!っとも……。
そうか、兄さん達に会うには戻ってきてもらわないといけないんだ。オレ、わがままを言っちゃったかも……。
夕食後。ディック様はオレをサロンに連れて来ると大きな毛皮の生き物をぐいと差し出す。
「わぁ、ふかふかだぁ!」
「ラビだ。初めは庭にいたんだが、いつの間にか部屋に入り込んで、今ではここが此奴の居場所になっている。幻獣猫ってやつで、珍しいぞ。うさぎみたいだが、猫だからな、気まぐれだが……。
お前、しばらくおもちゃは要らねえんだろう? まぁ、此奴と仲良くしてりゃ退屈しねぇと思うが……」
「うん、オレ、生き物好き! ありがとう、ディック様!」
オレの身体程になる大きなラビを抱えさせられると、おっと後ろに倒れそうだ。後ろから支えて貰って、脱力してやる気のない縫いぐるみ状態のラビに顔を擦り付ける。ふわふわでサラサラで、獣の匂いの中に懐かしい山の匂いが混ざる。ラビの温かな体温と穏やかな大人達の視線に安堵してオレはゆっくりと眠りについた。