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077 ソラとジロウとタロウと


「ちゃんと帰ってくるから、いいでしょう?」

「駄目です。それだけは許せません」


「もう行方不明にならないから!」

「行方不明になります! と言って行方不明になる人はいません!」


 オレはサンに許しをもらっている。


 雪が積もり始めたこの頃はオレは館に缶詰だ。兄さん達が鍛錬もしてくれるし遊んでもくれるけど、今日はジロウがお母さんのところに顔を出すって言うんだもの。一緒に行きたいに決まってるでしょう?


 ジロウがオレの従魔になってしばらく。本格的に雪深くなる前に、お散歩がてら、お母さんのタロウのところに行くんだって。


 他に寄り道もしないし、そんなに時間はかからないらしい。だけどどうせならゆっくりしたいじゃない? お弁当を作ってもらって行きたいんだけどな。


「ああん? コウタ、お前ェ、散々心配かけた後だぞ? 分かってんだろうな?」

 ここに心配性の人がいる。


「なぁコウタ。僕も行くっていうのは駄目かい? 一人じゃ心配なんだ」

 ここにも心配性の人がいた。


「行くっつーなら俺じゃねぇか。俺なら最強。みんな安心できっよな?」

 うーん、心配なのか好奇心なのか、ただ仕事をしたくないのか分かんない人も一人。


「最強っつーなら俺の方じゃねぇ? 年寄りは引っ込んでろよ」

「兄さんは真正面で対峙したでしょう? 僕は雑魚の相手でちゃんとタロウと向き会ってないんだから譲ってください」

「テメェらみんな会ってんだろうが! 俺だけ会わねぇなんて可哀想だろう?」


 取っ組み合いの親子喧嘩が始まって、オレのお出かけがどんどん遠のいていく。遠い目で眺めるオレの救世主はやっぱりニコル?


「アタシなら()()を使えばいつでも連絡取れるよ! それにいろんなところに()()もいるしさ」

「「「「 余計駄目だ! 」」」」


 ニコルの手足が何なのか? オレには全然分からないけれど、仕方ない。哀愁を背負った背中に、扉に隠れたサーシャ様がそっと手招きした。


「チャンスよ! 一緒に行きましょう」


 氷笑に脅されたキールさんと執事さんがこっそり誘導してくれて、オレ達はジロウの背にまたがる。いつの間にかサーシャ様はかっこいいパンツスタイルだ。


『コウタ、この速さ、大丈夫?』

「うん。もっと速くても平気」


 シュタタと風に乗って走るジロウ。ソラがオレの肩でシールドを張ってくれるから風圧も寒さもない。そこにあるのはサラサラの毛並みとほの温かいジロウの体温。


「ジロちゃん、苦しくない?」

 ジロウ自慢の首輪に捕まったサーシャ様が労うけどジロウは全く動じない。だってこの首輪、大きくなったり小さくなったりするジロウに合わせて魔法がかけられている。オレ達が捕まったって余裕があるんだって! よかった!


 ふわりと雪を纏った白い地面がザンザンと青みを帯びた氷河に変わり、深い深い真白な雪になり、木々の緑葉が無くなって枝にキラと氷が張り付く景色に変わる。


 ジロウが吐く息の白さに、目に見えて氷粒が浮かんだ頃、ジロウは不意に足を止めた。


『ここからは魔法を使うよ。全力で走るから振り落とされないで』

『ピピピ?! 全力? わたしのシールド、耐えられる?』


 全力と聞いてソラが飛び跳ねた。そうか、ここに来るまでに結構な力を使っちゃってたんだね。ありがとう、ソラ。


ーーーーヒュルルルル


 ジロウの漆黒が宙に漂い、ぐるぐると白い魔力がオレ達を包んでいく。ソラが真剣な顔つきになってふわり、ブワリ、ガチリとシールドを重ねた。

ーーーーヒュン!


 ソラのシールドがあっても後ろにグッと引っ張られる感覚。咄嗟にサーシャ様が首輪とオレを掴み、前傾姿勢でジロウにぴたりとくっついた。ソラのシールドが一回り小さくなってやっぱりオレ達にへばりつく。

 視界は真っ白。ううん。いろんな色がヒュンヒュン飛んでは消えていくから何色かなんて分からない。何があるかなんて分からない。


 二人、ぎゅっと瞑った瞼をそっと開ければ、穏やかで清浄な空気。濃い緑が鮮やかに広がる湿気を帯びた洞窟の入り口だった。


「わぁ、きれい」

「本当! きれいねぇ」


 伏せたジロウの背から滑り降りたオレ達は、濃緑が反射させる艶めいた光にほうと目を奪われた。そしてーーーー


ーーーー目の前には大きな漆黒にゴロンと甘えるジロウの姿。


 母グランに鼻先を突き合わせ、腹を見せながらグルングルンとローリングだ。ペロリと鼻を舐めて貰ってキュインキュインと甘え鳴くジロウ。その姿は確かに子供で、オレはサーシャ様の手をぎゅっと握った。


 ふふふふ。


 温かで優しい微笑み。スモーキークォーツのような透明感のある薄茶の瞳にオレを映したサーシャ様。ジロウに乗るためにまとめた髪をふわりと下ろすと、金糸がサワとたなびいてオレの顔をしゅるんと撫でた。


「ピピピピ、ピピッピ」


 高い高い空に放たれた虹色の大鳥は、羽を広げ、ぐんぐんと風に乗る。勢いよく吹き飛ばされる雲に上空の激しさを感じるけれど、大鳥の身体はピクリとも流されず、気持ちよさそうに輝いている。


 何という心地よさ。

 何という清涼感。


 暑さも寒さも感じないここは、この星にあって隔離された楽園のような、人が踏み入れてはいけないようなそんな場所だ。


 大きな葉の茂る木の幹に背を預けて座ったオレ達はずっと手を繋ぎ合い、親子のふれあいを見つめていた。


「ここは秘密の場所ね」

「うん。秘密。でも、オレ、ここがどこだか分かんないよ。景色なんて見えなかったもの」


「うふふ。私もよ」


 うふふふ、あははは、くすくすくす。

 親子でない、でも親子になったオレ達の笑い声がソラまで届いただろうか。

 オレはジロウを真似て母上の膝に頭を乗せた。細い指がそっとオレの髪を解いて、ツルツルと頬を撫でて。その度にきゃっきゃと声を弾ませた。


 そうだ。山でもオレ、こうやって甘えてた。


 アックスさんの従魔、タロウに子供が生まれたとき、母様はジロウって名付けたんだった。真っ白でサラサラの毛のフェンリル。

 オレとジロウはふかふかのタロウのお腹を取り合って、ゴロンとこりがりあって遊んだ。母様が撫でてくれる膝を取り合って、ごちんごちんと頭を合わせあったんだ。


 ふわふわでサラサラで、極上のお布団みたい。あったかでくすぐったくて……。そう、こんなふうにゆらりゆらり……。


 タロウに甘えながらすうすうと寝息を立てるジロウを見て、オレもスウスウと胸を上下させる。遠くで聞こえるのは母の会話。


『元気そうでよかった。世話をかけるけれどよろしくね』

「いいえ、こちらこそ。可愛いお子さんで嬉しいわ。この子もジロちゃんに助けて貰ってるの。ありがとう」


 しゃらしゃらと木々の微笑みを聞いて目覚めるまで、母親達は会話を楽しんだ。それぞれの愛し子を柔らかく撫でながら。



▪️▪️▪️▪️


「「 ただいまー! あぁ楽しかった 」」

 ガチャリとサロンの扉を開けた二人。ヒュンと飛びついてきたのは幻獣猫のラビ。ふかふかの毛が逆立ってみるも無惨に絡まり合っていた。


 サロンで鎮座する不機嫌な親子が3人。両手をあげてガシガシと触手を動かそうと狙っている。


「ふぇ、もういいでしょう?」

「いんや、まだまだ足りねぇな。ほら、頭を預けろ」

 ガシガシとオレを撫で回すアイファ兄さん。隣にはサンが鎮座し、次の番を待っている。


「ピピ、ピピピピ」

「ほら、じっとして!あっ、見つけた! フッカフッカの短毛の集まり。埋もれているのを見つけ出すのは快感だよ」

 猛禽のソラを撫で回しているのはクライス兄さん。いつもの兄さんじゃなくなっている。


「で? おら、もっと噛め! ガシッとだ。オメェの母ちゃんはどんだけ強いんだ? おい、もっと力を入れろって」

 嫌がるジロウに腕を噛ませて力を試しているディック様。ジロウはヒトを噛まないって言ってるのに無理やりだ。相当に鬱憤が溜まっていたのはわかるけど。


 やっぱり……。みんなを納得させないと大変なことになるね。


 オレ達のために、ふわり溶け隠れるのを我慢してくれていたラビ。ありがとう。

 たくさん労って、絡まったその毛を柔らかく櫛付けるサーシャ様。オレは大好きな母上と目を合わせ、兄さん達からの()()()()()に耐えるのだった。






今日も読んでいただきありがとうございます。


 皆様の日常がコウタ達の小さな冒険のようにホッとする温かな出来事で彩られますように。

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