閑話(ブックマーク100記念) 旅の途中で(後編)
グライガーの巣窟となっている繁殖地。岩山の頂上で俺たちが見たのは……。
巣となる茂みの中央で鎮座させられている男。ついさっき俺たちの前で掻っ攫われた奴は、餌になるどころか餌を口に突っ込まれ、涙目で救助を訴えている。
背後には翼で抱くようにした鋭い嘴を持つグライガー。まるで子を守るかの様子。
その前に陣取り、嘴の先に餌を挟んだグライガーは、キイキイ甲高い声を出し、プルプルと頭を振って口から餌をはみ出させた男に、早く飲み込めと促しているかのよう。
よく見ればグライガーの頭部は薄く白い毛で覆われていて、コーディのそれとそっくりだ。そしてアースカラーの体色は薄汚れたアイボリーの服に見事に溶け合って、知力のない奴らが仲間と思って攫ったのにも頷ける。
「「「ぶぶっ! ぶひょひょひょ」」」
こんなところで大爆笑する訳にもいかず、思い切り頬を膨らませて腹を抱える俺達。 同じく頬を膨らませて俺達を恨めしく見つめる男の瞳からは、つつと涙が流れ出た。
ーーと次の瞬間。
覚悟を決めた男が壮絶な表情で口の中のものを咀嚼し、顔を真っ赤に染めてゴクン!
「「「 ひえぇ!!! 」」」
思わず引き攣らせた唇。
「助けてくれっス! アニキ! 俺、限界っス。 ついてくるの百年早かったっス」
泣き叫ぶ男にグライガーがキュピピと鳴き声を上げ、再びズボッと男の口に餌を突っ込んだ。
「ふげっ!」
仕方ねぇ。見つけちまった者は。
俺はぷぷと頬を膨らませたまま、愛情溢れる親グライガー達の首をシュパンとはねた。
「あ……。美味ぇっス。 いや、アニキ、助かったっス。あいがとござんした」
俯きながら額を抑えたキール。きひひと悪い顔をしたニコル。だがここは繁殖地。無数にいる奴らが俺達に群がろうとする。コーディを担ぎ上げ、先導するニコルを追って下山していく。
ハッ、ホッ、そーらよ。
ひょいと岩を飛び、茂みを避け、ちょっとした崖を飛び降りる。片足で岩を蹴り、タタと空を走ってガッと着地し、ザクっと追っ手を薙ぎ払う。
「ぎゃっ!」
「うごっ!」
「ひえぇ!」
「うおっ!」
肩にぶら下がっているだけの奴が、背中がむず痒くなるような声をあげる。うるさい、五月蝿い、煩わしい。
一刻も早く立ち去りたい俺は、スピードを上げる。ニコル、捜索は任せた。
「うぇ? へっ? いやああああああああああ! ぎゃあああああっっっ! どぇえええええっっっ! 」
▪️▪️▪️▪️
ーーーーチョロチョロ、チャプチャプ、ザブン!!
「う、ううん、俺、生きてるっスか?」
渓谷に降り立ち、水をぶっかけてやることで意識を取り戻したコーディ。身体を起こし、手足が動くことを確認している。
「身の程知らずって俺んことだって分かったっス。アニキ達すげぇっス。俺、千年早かったっス」
水の入ったカップを受け取り、グビリグビリと飲み干した。
「今日はここで野営だな。おいニコル、これ頼む」
「あいよっ」
放り投げたのはリトルスース。ミニブタだ。下山途中で狩った魔物。面倒くさいから大抵のものは捨ててきたが、コイツは美味いから収納袋に放り込んできた。
ニコルはササとスースの首に紐を巻きつけ、打った杭に紐の端を括り、首と内臓にナイフで穴を開けるとポイと川に放り込んだ。血抜きだ。
キールが魔法で簡素な囲炉裏を作り、拾った薪を燃やす。湿気を含んだ煙が漂うがそこそこに乾いた木片が手に入っているから間もなくおさまるだろう。
窪んだ岩肌に落ち葉とシーツを敷き、コーディを火の番に据えて俺は川岸と森を見回る。俺たちが半日でここまで辿り着いたのだ。ならばコーディのパーティが生きていればこの近くにいる可能性がある。
果たして……。
渓谷の上流に細い白い煙が立ち上っている。谷と谷の合間だ。焚き火ではなく狼煙だが場所が悪い。あの場所では岩山に阻まれ、街や街道からでは目視できない。
俺は口角を上げて唇を引いた。
お前達、運がいいな。さあ、どっちかな?
俺たちの森側とは対岸。岩肌側に数名の冒険者が見てとれた。彼らは俺を見つけると大喜びで手を振ったが、救助の手が一人だけだと知ると、がっくりと肩を落とした。
ここは野営する場所とは違い、川の水面までそこそこの距離がある。14、5mほどか。対岸は20m以上。ちょうど狭い広場のように開けているが、左右は切り立った崖で迂回は不可能。
流石の俺でもひとっ飛びとはいかない距離だ。ロープの長さも足りるだろうか? さて、どうする?
「お待たせ、リーダー。あ〜これは、結構厄介? 急がないと日が暮れちゃうよ」
ニコルが猛禽を肩に止まらせて現れた。相手の状況を聞いてこいと指示を出し、頭を捻る。
ニコルはササと猛禽を飛ばして、背後に二人の怪我人がいることを知った。
面倒だな、こんな時はーーーー
俺は手頃な木を数本切り倒して渓谷に放り投げた。川を塞ぐのは忍びないから、つっかえ棒のように互いに支えさせ、流れを確保する。そして収納袋から適当な剣を出し、ググッと地面に突き刺した。
ーーーーハッ!
ピキッ。
気を高め、力を高めてグッと押し込んだ剣はピリリと電気を纏い、地中深く差し込まれる。
バキバキ、バリバリ、ゴゴゴゴゴゴ……
ーーーードドン!
深く深く、ひび割れた地面がぐらりと揺らぎ、土煙を浴びてズゴゴゴと傾いていく。抉られた地面の上部は対岸に達し、高さは足りないものの鍛えられた冒険者なら何とか渡ることができるだろう。
「サンキュー」
先立ってニコルがひょいひょいと出来上がったばかりの崩れた岩壁を飛び超えて対岸に向かった。
「「「 えっ? あの? ……ひぃぃ! 」」」
呆けて見ていた冒険者達が正気を取り戻し、急に間近に迫ったオレンジの瞳に顔を引き攣らせた。
「はいはい、怯えんのも驚くんも後にして。とっとと渡らないと崩れっよ? あっ怪我人はそのまま、リーダが連れていくから」
ササと手を引き、背中を蹴飛ばし、躊躇する輩をポイポイと崩れできた岩橋に放り込み、有無を言わさず川を渡らせた。
「無理無理無理無理」
「いやー、高いって」
「ぎゃぁあああああ」
気が弱ってるのか安心して甘えてるのか、大抵の奴は救助される時にパニックになる。
俺達の大きな音に引き込まれるかのように急滑空してくるグライガーの首をはね、翼を切り裂き、嘴を踏み潰すだけで数人が失神した。ざまあねぇ。
さぁ、救助も大詰めだ。青い顔をして顔を歪める男と明らかに発熱している女。どちらも巻かれた布に血が滲む。
手荒だが、一瞬、我慢しろよ!
両肩に二人を乗せて、ガッと岩を蹴る。重みで崩れる岩場に力が抜けるも反対の足で更なる岩を掴み、突っ込んできたグライガーの頭を足場に飛び上げれば身体を捻って二人を落とす。
「きゃあ」
「うおおおっ」
渡りきった冒険者が二人をしっかり抱き留めたことを見とって、俺は宙を走ってグライガーを仕留める。 落ちた奴らが飛び岩と投げ込んだ木をドドドと崩した。
もうもうと沸いた煙が風に溶け、遥か上空にグライガーの声が小さくけぶる。静寂を取り戻した渓谷にサラサラと水音が響き、俺たちは急ぎ足で野営地に向かった。
「…………コ、コ、コーディ!」
くしゅんと項垂れたコーディを見つけひしと抱き合った男は、コーディが未練を残すパーティのリーダーだった。熱き涙で抱擁し合い、互いの無事と共に思い合った心を露呈し合った。
発熱していた女はコーディのパーティだ。喰らいつかれた女を助けようと応戦し、パーティ皆で谷に滑り落ちた。幸いそこには先に攫われたCランクパーティ。
彼女はそこで手当を受けたが、怪我の程度が酷く、出血もあって熱を出してしまった。回復薬で怪我は随分良くなったが、発熱はどうしようもない。
Cランクパーティはグライガーに攫われて足を負傷した男がいたことと、あの場所のせいで身動きが取れず困っていたそうだ。2つのパーティは合流したはいいがなすすべもなく、ほとんどの荷も失っていた。あと2日遅ければおそらく全滅だっただろう。
「う、美味いっス。美味いっスよ。ああ、美味いっス」
歓喜の涙でぐしょぐしょになりながらスースの串焼きにかぶりつくコーディ。その涙の真の意味を知るのは俺達だけ。鼻にしわを寄せて笑いを堪える。
保存食で作った温かなスープと香ばしいスース。
数日ぶりの食事にありついた二組のパーティは、命がここにあることを実感し、震え、嗚咽しながら焚き火を囲む。
「そういや、アニキ。荷物、どしたんスか? グライガーに乗ったんスよね?」
細い骨を肉から外しながら聞くコーディ。
「ああん? あんなの鍛えるための石しか入ってねぇよ。捨てるだろう? 当然」
キョトンとするコーディ。周囲のシーツやランプ。ついさっき使った回復薬の瓶を眺める。
「アタシはしまったよ」
「俺も」
むしゃむしゃと行儀良く食べる二人は腰や胸元のベルトにつけた収納袋を指差した。
「値は張るが、荷を失ったんじゃ命はつなげねぇ。せめてパーティに一つは収納袋は必要だ。常識だぜ」
「だけど、あんまり身軽じゃ、収納持ちってバレっから、ダミーのために荷物は必要だね」
ニコルがヒヒヒと付け加える。
「ああ、そうそう、盗賊を釣る時は手ぶらだな。安剣に高そうな杖持ってアンバランスに見せかけて、コーディみたいにキョロキョロ歩いてりゃ、向こうから来てくれる。美味い話だ」
キールが素知らぬ顔で言う。へっ、と引き攣った面々が力の差を思い知ったのは言うまでもない。
そう盗賊は備えるもの、避けるもの。決して釣るものではないはずだ。
俺達が渡した中級の回復薬で怪我も治療でき、明日には街に向かって歩き出すことができそうだ。総勢八名の遭難者。街に戻るにはあと数日かかるが、ニコルのトリで報告すればギルドから迎えの馬車が来る。
三日後。
無事に依頼をこなした俺達は、エンデアベルトからの伝達鳥で指定された“ 街 “ に向かう。もちろんコーディはここで離脱だ。相変わらず三年経ったら仲間になると言いやがった。
さて三年でどこまで成長するのだろうか? 因みに俺たちはコーディが魔物を仕留める姿を一切見ていない。
ピロロロ。
ニコルが猛禽のトリを先行させ、俺たちは預けていた馬に乗って出立する。明日にはエンデアベルトの情報が入るはずだ。さて、何があったのだろうか。
秋の空は高く高く、そして青い。俺たちはヒュウとなる風に逆らって馬を繰るのだった。
読んでいただきありがとうございます!
これからも読者様と一緒に物語を綴っていきたいと思います。いいね、評価、ブックマークが増えましたら皆様とお祝いしたいと思いますので、どうぞよろしくよろしくお願いいたします。
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(Yokoちー、ずっと読み専でしたので、そのワンアクションに潜む勇気を知っております。読んでいただくだけで有り難いですので、くれぐれも無理をせず)
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