070 行方不明
どこだ?
どこにいる?
何があった?
執務室に集まった俺達は、皆、一言も発せない。探せる所は全て探した。だが、奴は何処にもいない。どこだ。何故こうなった。
今日は朝からナンブルタル領の報告や荷解きで忙しかった。特にアイファ達が調査してきたフリオサの横領は深刻だ。きちんとまとめて国に報告せねば……。
ナンブルタル領では陸軍に支給される軍費の一部が不自然に削られていた。武器に関してはかなり深刻だ。兵士達は自分にあった武器を使うことすら教育されず、奴らはナマクラの武器に命を預け、お飾りの存在に成り下がっていることに気付いてすらいない。
四つ足の襲撃に兵士が四人もついていながらと不審に思って調べさせたが、予想通り、残念だという他はない。
流石に東部などと交流のある海軍は武器も指揮系統もしっかりしていたようで、不審な動きはなかったようだが、陸軍の兵士長とフリオサの横領は明白だ。
しかもアイファは証拠まで持って来やがった。
不正帳簿の一部だ。
調査が入ったことに気づいたフリオサが帳簿を暖炉に焚べて始末しようとしたのだろう。それをコウタとフォルテが文字の練習をするためにメイドから譲り受けたようだ。
辿々しい文字の裏に、不正の証拠がいくつも見つかった。ご丁寧にコウタの奴は不自然な計算をやり直して遊んでいやがった。全く……、知ってから知らずか……。アイツが絡むとややこしくなる。
俺と執事が執務に区切りをつけようとした時だった。ソラが血相を変えて執務室の窓ガラスをぶち破ってきた。
『ディーさん、コウタが消えた。気配が消えた。繋がらない。どうしよう』
ついでジロウのやつも扉を蹴破って飛び込んできた。
『コウタを何処にやった。繋がりが消えた』
「何ですと?!」
「さっきまで屋敷を走り回っていたぞ?おい、誰かコウタを連れてこい」
ついさっきだ。アイツが俺の頭を蹴り上げてセガに確保されたのは。今日は外に行くなと言ってあるし、メチャクチャな奴だが言いつけは守る。何処かに行くなんて考えにくい。
「うっせぇな。さっき俺の鼻を踏みつけて逃げていったぜ」
「花瓶を……。申し訳ございません。花瓶の中に飛び込まれて、ひっくり返ってしまって……。その後は食堂の方に行かれました」
不機嫌そうなアイファと怯えたメイドが証言をする。
「母親が恋しくなったんじゃないのかい。私のエプロンを捲り上げて抱きついていったよ。かわいいねぇ。馬屋の方に行ったようだけど」
「物置部屋に続く階段ですれ違いましたわ。何か、小さいものを追いかけていたみたいで」
「花芽を踏まんように裏庭を走っとたが、外は駄目だとぶつくさ言っておったから部屋に戻ったんじゃないか?」
「水差しを持ったメイドとすれ違いざまに飛び出して来てさ、思いっきり水を被ったよ。あぁ、酷い目にあった」
「うふふ。私にはほっぺを擦りってして走っていったわ。着替えていた時だからびっくりしたけれど」
相次いで執務室に入って来た奴らも、普段と変わった様子を感じてないようだ。
「何をやっとるんだ、あいつは。こんなに走り回ってたんだ。前の時みたいに何処かで寝ているんじゃないのか?腹が減れば起きるだろう。心配すんな」
『『 違う。寝てたって繋がりは消えない。今は繋がらないの。一大事なの 』』
ソラとジロウの剣幕に押され、俺たちはコウタの足取りを追う。館中を駆け回っていたようだが、最後は地下深くに続く階段の踊り場で消息を絶っていた。
『ここで匂いが途切れてる』
グランの鼻が一点を示した。だがそこはランタンの明かりさえなく暗い壁と地下に続く階段があるだけだ。
『ここで魔法の形跡がある。でもコウタの魔力じゃない』
小さいソラが俺の肩でポロポロと涙をこぼす。まさか、誘拐? どうやって?冬のモルケル村だ。知らない奴が入り込めるはずがない。では誰が?
「くそぅ! 手詰まりか? まさか転移の魔法を使われたんじゃねぇだろうな? あいつには鈴が必要だって言ったじゃねぇか!」
ギリギリと歯軋りをするも、転移の魔法が使えるやつなんざ思い当たらない。それに転移魔法は大きく魔力が動く。俺たちに気取られないように使えるやつがいるのか? だとしたら王宮魔導士並みの奴がいたってことか?
それ以上の手がかりはなく、俺達は執務室に集まる。念の為、館中の者でコウタが入り込めそうな場所をしらみ潰しに探したが結果は同じだ。
「外に行ったってことはない?」
「今日は荷解きがあったから外には人が大勢いましたし、コウタ様の麗しきお姿があれば気が付かないはずがございません」
メリルがキッパリと言い切った。しかも今日は雪が降っていない。アイツが朝に残した裏庭の一際小さな足跡さえ綺麗に形取っている。外に行ったとすればわかるはずだ。
ーーーーその頃、コウタは世界樹の根の元でアオロの救助成功を喜び、妖精たちと抱き合っていたーーーー
昼を大きく回った頃、マアマが遅い昼食を運んできた。だが、誰も手をつけようとしない。
「お腹、空いていないかしら。寒さに震えていないかしら」
サーシャが涙をこぼす。クライスは外を眺めながら珍しく苛立ちを見せる。
「僕たちがこんなに心配してるって、あいつは分かってるのかなぁ? もう、早く出て来ておくれよ。」
焦る俺達を尻目に時刻は確実に夜に向かっていく。くそぅ! 何も出来ないのか?
ーーーーその頃、コウタは妖精の国の美しさに心を揺さぶられ、ほうとため息をついていた。ーーーー
ふいと出て行ったアイファが恐ろしい目つきで部屋に入って来た。汗だくだ。おそらく時間を持て余した奴は兵士達と手合わせと言って暴れて来たのだろう。こんな状態だ。じっとなんかしていられねぇ。不躾にソファーに持たれると熱い紅茶を一気に飲み干した。苛立ちが抑えられねぇな。
ジロウは床に丸くなり、時折鼻をふがふが鳴らすだけでくたりとしている。ソラもジロウの耳の間に丸くなって目を閉じている。2匹とも全力でコウタの気配を探しているのだろう。だが、まったく手掛かりが掴めない。
ーーーーその頃、コウタは夢のような妖精のご馳走を食べ切り、ふわふわと夢見心地で眠っていた。ーーーー
刻々と日が落ち、あたりは深い闇に包まれた。キンと冷えた空から硬い雪が落ちてくる。俺はいつもよりも多く松明を焚かせ僅かな手がかりにも動けるように手筈を整える。セガをはじめ館の魔法使い達もライトの明かりを大きく灯してコウタの気配を待つ。
「皆でここにいらしても状況が変わりません。それどころか、体力を落としてしまってはいざという時に動けません。今日は我々に託して、どうぞ食事を摂ってお休みください」
セガの最もな指示のもと、仏頂面の面々は無理やり食事を喉に押し込めると自室に戻っていった。眠れねぇよな。だが、横になるだけでもいい。
あいつめ。何をしている? こっちの状況がわからねぇ奴じゃない。助けを求められねぇのか? お前、そんなタマじゃねぇだろうが。
ーーーーその頃、妖精たちはぐっすりと寝入る幼子のふくふくと微睡む姿に目を細め、さていつ起こしたものかと思案にくれるのだった。ーーーー
長い夜にジンと身体が冷える。暖炉の火をものともしない冷気に、俺達は琥珀色の酒でちびちびと喉を潤す。
今夜は冷える。もし外で気を失っていたら……。嫌な予感が過ぎる。
ふとセガと目を合わせるが、二人揃って視線を外す。アイツも同じことを……。くそっ、覚悟が必要か? いや、コウタは普通じゃねぇ。常識を捨てるんだ。きっと見つかる。
ーーーーダン!
苛立ちが抑えきれず机を叩く。バキリと折れた机にセガが嫌な顔をした。
「子どもですねぇ。コウタ様に何と言い訳を? あなたも休んだらいかがです? 間もなく夜明けです。皆様、起きてらっしゃいますから、どうぞご心配なく」
「くそぅ、一人で涼しい顔をしやがって。まぁいい。じき明るくなる。ちょっと村を回ってくる」
腹の虫が収まらない俺は馬を繰り出して村を回ることにした。ジロウとソラも俺に追従し、白く色付いた空の下で締め付けられた息を吐いた。
ん? 誰だ?
白々と明ける空の光の先に、大きな人影がぐらりと揺れる。奴は棒で雪を蹴散らすと、また方向を変えて雪を叩く。身体に降り積もった雪を振り払うでもなく、靴にまとわりついた雪を落とすでもなく。周囲より少し高く積もった雪塊に走り寄っては棒を差し、時には手で雪を祓い、よろよろと歩いては倒れ、起き上がっては歩く。
俺の姿を見つけると、キッと鋭い目で睨みつけ、ぐたりと倒れた。ーーーーサン?!
凍りついた顔は涙の跡が滲み、カチカチの手袋からは一晩中雪の中を歩き回っていたことが偲ばれる。コウタを探し、夜通し雪の塊を調べていたのだろう。早く温めなくては。俺はサンを拾い上げると館に急いだ。
館は既に皆が揃っていた。キールは図書室で歴代の魔法使いから転移魔法に関する文献を調べ、やはり手掛かりがないことに酷く落ち込んでいた。
ニコルは冬眠中のモグリヘビを起こして、地下階段を調べさせようとしたが、ヘビが起きないことに憤慨して唇を尖らせた。
こんな時はどうしたらいいものか。ただ時が過ぎるのに耐えるしかない。
闘いならいくらでも待てる。
だが、大切なものがこの手にない心細さ。守れない不安。重苦しいため息だけが繰り返される慣れない空間に、皆、居心地の悪さを覚えていた。
読んでいただきありがとうございます!!
妖精さん達の登場です。「アタシ」「ボク」なんて言っていますが、妖精さんには性別はないのです。ヒトの言葉の都合上、気に入った呼び方をしているみたいです。
はぁ、やっと金曜日。ちょっとお疲れモードの自分を励ましています。
皆様もどうかお身体をご自愛くださいませ。