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066 雪の日


 いつもより眩しい光で目が覚める。テラスの窓のカーテンを開けると真っ白な世界が広がった。


「わぁ、雪だぁ。ソラ、おはよう! 早速お散歩に行くの?」

「ピッ」


 ソラの朝の日課のために窓を開け放すと、グンと身体が引っ張られ、オレは寝衣のまま外に放り出された。

「わ、わ!」

 ジロウが嬉しそうにオレを背中に放り投げてテラスの窓から荒れた裏庭に飛び降りたんだ。


 ピンと切れるような朝の風に肩をすくめた。広がる銀世界が綺麗だ。


 ゴロリ転がるジロウと一緒に雪まみれになって笑い合う。裸足の足が痺れる。でも銀と漆黒のコントラストが混ざり合い、ほのかに見える緑が心をくすぐる。


 楽しい! 


 小さな雪玉を作ってはジロウに投げる。ジロウは前足や後ろ足で雪を飛ばす。追いかけて、追いかけられて、雪を被っての繰り返しが身体をポカポカと温めた。


「もう、駄目〜。ジロウ、元気だね〜」


 雪の上で突っ伏して空を見上げる。ソラがくっきり浮き上がる水色。オレから溢れる白い息。ペロリと頬を舐めたジロウが嬉しそうに尻尾を振る。


「キャァーーーー! 誰か! 誰か来て! コウタ様が」


 突然の悲鳴に驚いて身体を起こすと、執事さんやディック様、メイドさんや兵士さん、館の人たちが剣を持って集まって来た。


 何事?


 はだけた寝衣のせいで半裸のディック様が呆れた顔でオレの前に立つ。

「お前なぁ。ちょっとは考えろ。朝、起きたら幼児が雪の中で巨大な四つ足に顔を舐められているんだぞ? どう見える?」

「えっと……。犬と遊んでる……?」

「そう見えると思うかなぁ? ()()()()()()?」

「テヘヘ、見えないよ……ね?」



 朝からしっかりとお説教をくらったオレは今日は身体を休めるために外遊びを禁止されてしまった。

 冷え切った身体を温めるために毛布でぐるぐる巻きにされ、暖炉の前に座らされている。


「ふぁ〜、眠い。あっちでもこんな感じでさ。無意識なんだろうけど、やらかしまくりで大変だったよ」

 クライス兄さんが熱い紅茶を飲みながらディック様に訴えた。

「元気ならいいのよ。でもお怪我にお熱に本当、気が休まらなかったわ」

 サーシャ様はオレの頬をすりすりと撫でている。

「やらかすたびにさ、調べることが増えていくから、全然依頼も受けられないし、街歩きも楽しめなかったよ」

 ゴシゴシとオレの髪をかき混ぜるニコルにオレはじっとりとした視線を送る。あんなに好き放題食べまくってたのに?!


「まぁ、コウタだからな」

「そうですね。コウタ様ですから」

「そうねぇ、コウちゃんだから」


 失礼な!

 まるで全部がオレのせいだと言われたみたいでぷうと憤慨すると、ディック様が額を押さえて、プルプルしている。これって……、怒ってる?


「まぁそうなると思ったが……。話せ。どこからやらかしたか? まさか行きの馬車ん中ってことはないよな? 全部聞かせてもらおうかな」


 ディック様と執事さんのただならぬ雰囲気にオレ達は姿勢を正す。うん、悪いことはしていない……、はずだ。

 

 クライス兄さんがしどろもどろに旅の様子を報告し始めた。サーシャ様はずっとオレを抱きしめて、時々目を合わせてくれるけど、みんな妙に緊張している。


 フォルテさんを治したこと。オレが怪我をしたこと。魔熱のこと。神父さんに化けた悪魔に会ったこと。孤児院のことに四つ足の群れに襲われたこと。


 ディック様は初めこそ笑って聞いていたけれど、次第に青い顔になり、赤い顔になり、とうとう両手で顔を覆ってしまった。ため息混じりの相槌が続く。最後には机に突っ伏したまま何も言わなくなった。




 深刻な顔で暫く黙り込んだディック様。オレ、確かにトラブルばっかりだったけど……。


 どうしたらよかったの?


 不安に押しつぶされそうになったとき、ディック様の結んだ唇がグッと引き上がった。


「まっコウタだからな」

 ガハハと笑った大きな声にみんなの顔も溶けて出して、厳つい手でわしゃわしゃと撫でられた。


「たかが隣領に数日滞在するってだけでこの数のトラブルか? 面白れぇ。まぁ問題だらけだが、しばらく冬籠りだ。その間に何とかすっか」

 ふわりと持ち上がった身体にお髭がこしょこしょ触れて高まった鼓動と共にオレの心をくすぐる。きゃぁと手を伸ばせばそこかしこからオレを抱こうと手が伸びる。


 ふふふ、みんな抱っこを狙ってる? へへっ。 誰を選ぼうかな?


 ひとしきり見渡す優しい瞳。あぁ、オレ、すごく守ってもらってる。みんなみんな大好きだ。でも…………。


 うん。今日はこのまま。このままが心地いい。オレはディック様の頭を抱きしめて夢心地のひと時を過ごした。



 しばらくすると兵士さん達の報告やナンブルタル領のフリオサさんの話になって、オレは退屈になって来た。ジロウとそっと抜け出してマリアさんのところに行ったんだ。


 マリアさんはこの前魔物に襲われて亡くなった兵士さんの奥さんだ。ナンブルタル領で弟さんがオレを殴ってしまったので、エンデアベルトに身柄を預けるとアイファ兄さんが連れて来た。

 

 このままナンブルタル領に残ると何某かの罪を着せられてしまうだろうからって。オレにはよく分からないけど、一緒に暮らす人が増えるのは嬉しいことだね。

 

 マリアさんは馬車の中では遠慮していたのかずっと無口だったし、ジロウが来てからはずっと怯えて青い顔をしてたよ。少しは元気になってるといいな。



「コ、ゴウダざまぁ〜」

 涙で乱れ切った顔で出迎えたのはサン。おかしいな? オレ、マリアさんのところに来たはず……。


 マリアさんは暫く使用人達の家に部屋をもらって暮らすんだ。


 領主館にはメイドさんや執事さんの部屋の他に、厨房や洗濯、庭師さんなど外の仕事場に近い場所にも小さな家があって、ニコルもそこに住んでいる。弟さんは兵舎の寮に住むけど、マリアさんは戦いが得意でないからこちらで暮らしながら仕事を探すんだ。


「ゴ、ゴウダざまぁ〜。お会いしたかったですぅ〜。サンはさみしくて心配で〜。ディック様に闘いを挑むところでした〜」

 うん、よかったよ、無事に会えて。

 そしてディック様に闘いを挑まなくて。


 どうしてそんな発想になるのかな? そういえば昨日すぐに会えると思ったのに、今まで何していたんだろう。



 マリアさんは馬車から降りた時には緊張と疲れでぐったりしていたんだって。だから歳の近いサンが世話役になったんだそうだ。


「奥様達も酷くお疲れだと聞いて、コウタ様の健やかな休息を邪魔してはいけないと、会うのを我慢していたのです〜。無事にお帰りになられて、お元気そう何よりです」

 グシュグシュと涙で頬を濡らしながらにこりお日様の笑顔にオレは安心して飛びついた。

「会いたかったよ。サン、ただいま。」


 サンはジロウにちょっとびっくりしたけど、ジロウのこともオレと同じようにぎゅっとしてくれたんだ。



 マリアさんは青白い顔でベットに横たわっていた。数日休めば大丈夫だろうって。オレは少しだけキラキラの魔力を流してお祈りしたんだ。新しいところに来たのだもの。あんまり急に元気にさせても心がついていかないかもしれない。ゆっくり休んだ方がいいからね。



 うーん、今日はどうしようかな?


 お外は駄目って言われてるし、ディック様達は忙しそうだ。ナンブルタル領から持って来た荷の割り振りもあるから、メイドさん達も手が離せない。悩んでいるとジロウが尻尾を振って話しかけてきた。


『ねぇねぇ、僕、ソラみたいにお散歩してきてもいい? コウタが呼んでくれたらすぐに戻ってくるよ』

「えっ? ジロウもお散歩に行くの? そうかぁ、ジロウ、今まで自由に好きなところに行ってたもんね。 オレは今日、外に行けないから、ジロウだけ、行ってきて! 面白いことがあったら教えてね」

 嬉しそうな金の瞳をそっと閉じ、ジロウはシューと白銀の風を纏って霧になったかと思うと音もなく消えてしまった。


 本格的に暇になってしまったオレは図書室へと向かう。ゆっくり身体を休めるなら読書が一番。前にオレが行方不明になって大変だったから、古い本もみんな執務室の近くにある図書室に移してくれたんだ。今日はそこで本を読もう。ナンブルタル領のことが書いてある本はないかな?



ーーーーどうしよう、どうしよう。

   ーーーー誰か、誰か、助けて!


 小さな小さな声。右往左往する光の玉は、穏やかに差し込む冬の陽にそっと溶けてしまった。



 

今日もありがとうございます!


 秋なのに昼の日差しが暑いです。疲れた心にジロウのもふもふ。あぁ、顔を埋めたい。

 皆様にさらりとふわり、素敵な秋風が吹きますように。

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