閑話5 兄さんの狩り
祝投稿2ヶ月! そして 気がつけば30000PV突破。ありがとうございます! たくさんの感謝を込めて。
ナンブルタル領を訪れる直前のお話。
「なぁ、お前、弓、ちゃんと使えたのか?」
オレがリトルスースを狩った話をしたからかな? アイファ兄さんがわざわざ小さい弓を持ってオレの部屋にやってきた。
「うん。ちょっと弓が大きすぎたからディック様に持ってもらったけど、ちゃんと自分で引いたよ」
猛禽のソラの羽根をごそごそとまさぐりながら答えた。
ソラってば、羽根の奥が痒いって言うからね、オレがゴシゴシ擦ってあげているんだよ。猛禽のくちばしは鋭いから、羽根が取れちゃうって言うんだもん。だったら小さくなればいいのにね。
「俺ん部屋にもう一回りちっこいのがあったからよ。使うか?」
「えぇ?! いいの? 嬉しい」
兄さんから渡された弓は少し古くてささくれているけれど、十分にしなるし、何よりオレにピッタリだ。
兄さんはオレのベッドに陣取って、目を細めながら弦を張って調節してくれた。ささくれたところには布も巻いてくれたよ。
「よし。こんなもんだろう。どうだ?」
「わぁありがとう! オレ、嬉しいよ」
満面の笑みでお礼を言うけど、あれ? 物足りなさそう。
「お前なぁ、分かってねぇぞ? 兄ちゃんが直々に弓を持ってきたんだ」
分かってない? 一体何が? オレはキョトンと首を傾げる。
「ここに弓があるだろう? あっちにゃ矢もあるぞ」
うん、うん。
「お前、ちっとは気付け! 兄ちゃんがいるだろう? 弓がある。そしてソラもいる。と言うことはーー?」
「「 狩りだーー!! 」」
オレ達は互いに瞳を合わせて思い切り悪い顔をすると、ガチャとバルコニーの戸を開いてソラに飛び乗った。
ーーーーバタタタタ。
すぐに風に乗ったソラは気持ち良さげに空を舞う。ヒュンと冷たい風が頬を叩き、兄さんの力強い腕がオレをギュッと抱き寄せてくれて温かい。
あっという間に街道に出て、荒野の岩場に到着した。そう、リトルスースを狩ったあの場所だ。
「またスースを狙うの?」
オレが張り切って矢をつがえようとすると兄さんはタタと走って茂みに飛び込んだ。
「今日はもっと大物だぞ」
ガサゴソと枯れた茂みから小さな草の実を幾つか摘んできた兄さん。1つをガリっと噛むとその中の身を食べて見せた。
「お前も食うか?」
薄茶けた硬い殻を割りると瑞々しい紫の実が顔を出す。半分に割った殼ごとオレの手に乗せてくれた。
ーー甘酸っぱい。
ちょっと草の香りがするけれど、甘さが立つ紫の実はパップルベリーというらしい。ベリーと言ってもブドウに近い果汁たっぷりの実だ。
硬い殼を割ると出てくる紫の実は柔らかく潰れやすい。またその汁は時間が経つと臭い匂いに変わるため、その場で食べる以外は市場に出回らないと言う代物。
「美味いだろう。結構珍しいんだぜ。お前に食べさせてやりたくて」
そう言ってニッカと笑った兄さんは、ガリと噛んだパップルベリーの実を幾つもオレの手の平に乗せてくれたんだ。
急いで口に入れないと汁が垂れちゃう。半分になった殻から実や果汁がこぼれ落ちないように急いで口に入れるけど、ガツガツ飲み込む兄さんとは違って、オレの口は小さいから。結局、手も口も顔まで汁でベッタベタだ。
「いいぞ、コウタ。よく狙え!」
お目当てのリトルスースを見つけた兄さん。サーシャ様のように隠れ、オレが矢を外した時に備えていてくれる。
よーし、集中だ。
ギッと矢をつがえ、狙いを定めて弦を引く。
・・・く、臭い!
さっきのベリーだ。
手についた紫の汁が強烈な悪臭を放ち始めた。鼻がひん曲がるような、草臭い、腐ったような発酵臭。オレは集中できなくて、矢に勢いを乗せられない。
ーーーーポトリ。
へにゃと引かれた矢がすぐ目の前に落ちた。
「ひひひ、あれ? ちゃんとできるんじゃなかったのかい?」
兄さんが小馬鹿にしてオレを揶揄う。くそう! 悔しい! もう一回だ。
「待ってろよ。探してきてやっから」
ニヤニヤした兄さんがひょいひょい軽やかに岩場を飛ぶ。そしてオレの視界から消えていく。
ピロロ、ピピ。
上空で猛禽のソラが気持ちよさそうに旋回する。普段は小さい青い鳥の姿に戻るけれど、今日は兄さんに頼まれて猛禽のままだ。薄曇りの冬空にくっきりと浮かび上がる瑠璃色はお日様の光を一身に受けてとてもきれい。
「おい」
小さく聞き漏らしそうな声。岩場を見ると兄さんがシィと指を一本立てる。
オレは息を潜めてギギー
ーーーー矢をつがえて構えた。
(よし、来い! 集中だ)
・・・・・・。
岩場の影からスースの短い鼻先が見えた。いいぞ、もう少し前に出てこい! オレは弓を持つ手に力を入れる。
ポトッーーーーたらり。
肩に落ちる水滴。雨だろうか? だが、今はそんなことに構ってられない。
フーフー。
頭に生温かな風が吹く。変なの。こんな時期に生温かいなんて。
あれ? 本当に変だ。
今日は確かに薄曇りだけど、オレの周囲に大きな黒い影。こんなに暗くなるなんて。
異変を感じたオレは弓をそのままにそっと振り向いた。
サイドに広がる大きな横角。見上げた喉の向こうを辿れば、ぐるり渦巻く角の間に小さな耳と大きな瞳。
ポタリと垂れた水滴は紛れもなく奴のよだれで、温かな風はどう考えても鼻息だ。
見上げるほどの巨大ブル。いや、巨大ブルのような魔物は、オレの頭上でのんびり舌なめずり。
オレはごくりと生唾を飲み込み、瞬時に引き手を離した。
「グ、グゴゴゴゴ。ギュゴーーン。」
見事、巨体の喉元に矢。
シュタッと飛び出した兄さんが巨体を蹴り飛ばし、オレから距離を離すと奴の頭を踏み潰して息の根を止めた。
「ヒュー、やるじゃん。コイツ、ホーンローダー。パップルベリーが大好物な草食獣」
尻餅をついてドキドキと鼓動を高めていたオレに、鼻に皺を寄せてニッと悪い顔だ。
「特に、臭くなった汁の匂いが大好きなんだよなぁ。やっぱ餌がいいと大物が狩れる」
呆気に取られたオレの顔をまじまじと見て、ヒュンと収納袋に獲物を収納した。
「え、えさ?」
「おう、今ごろ気づいたか?」
「ひ、酷いよ、兄さん! オレ、餌じゃないよ」
心臓の鼓動がおさまらないまま兄さんに猛抗議をしようとすると、兄さんの手がそれを制した。
「まじいな。ちょっと効きすぎか?」
急に真顔の兄さんに、ソラがスッと滑空してきた。もう帰るの?
『く、くっさ! 駄目、コウタ、臭すぎて乗せられない』
オレ達の横をブワンと通りすぎたソラ。
「うわぁ! マジかよ。 ソラちゃん、頼むって」
兄さんがオレを担いで走り出した。
ドドドドドドドド・・・
群れで暮らすホーンローダー。
一頭が寄って来たということは、他の個体も寄ってくるのは当然で、土煙をあげて突進してくるのは紛れもない巨体の集団。
「ソ、ソラちゃーん。 乗せてってば」
『無理〜、その匂い、なんとかして〜』
魔物避けの材料にも使われるパップルベリー。普通の魔物はこの匂いが苦手だ。
強烈な匂いは今しばらく続く。
対して特例的に、この実が大好物のホーンローダー。
匂いを辿って群れを膨らます。
幼子を担いで荒野を逃げる一人の青年。ヨッ、ハッ、ホイっと軽々とした身のこなし。荒野の岩山を幾つも飛び越え、逃げていく。
ドドドドドドドド・・・
勢い付くホーンローダー。群れになれば破壊力は半端ない。獲物を目掛けて一直線。周囲の岩山をゴッカン、ドカンと粉砕しながら突っ込んでくる。
「うわぁお! マジかよ」
ふうと一息つく間も無く、再び荒野を逃げ回る。岩を登り、谷に飛び、再び岩を越えた先、ザブンと川に飛び込んでやっとのことで逃げ延びた。
「おーい、ソラ、もう臭くないぞ! 乗せろ」
『無〜理〜! そんなにびしょ濡れは嫌〜! 寒いでしょう』
「……もう、もう! オレ、兄さんとは狩りに行かない」
涙目で、ぷんぷんとはち切れんばかりに頬を膨らましたオレは、ブオンとブワンで身体を乾かし、やっとのことでソラに乗って帰宅した。
▪️▪️▪️▪️
「妙な目撃証言があるんだが……。荒野で岩山が幾つも破壊されたそうだ。ちょっとそのあたり、説明してもらおうか」
くたくたに疲れ切って部屋に戻れば、オレのベッドで待ち構えていたディック様。オレ、悪くないのに、アイファ兄さんとコッテリしっかり絞られた。
でもね、夕食で出たホーンローダーはとっても美味しいローストだったよ。大変だったけど、たまにはアイファ兄さんに付き合うのも悪くないかも。
オレは甘酸っぱいフルーツソースを纏った桃色のローストを口いっぱいに頬張ってふわりと笑った。
読んでいただき、ありがとうございます!
今日の日が読者様にとって、ふわり温かな日常でありますように。