064 犬で……
馬車の窓をぶち破ったオレは、ソラに乗って、金の粉を撒き散らしながらグランの下に向かう。
さっきの魔法でオレの身体は確かに金の魔力を溢れさせている。ソラから飛び降りて、グランと向き合うとその大きさに足が震えた。
大きい。
猛禽のソラが鼻息で吹き飛ばされそうだ。
オレを食べるの?
オレの魔力をどうしたいの?
怖い。
ソラを掴む手が震える。
「「 コウタ、戻れ! 」」
「「 行くな、行くんじゃない 」」
兄さん達の声が遠くに響く。
怖いけど、怖いけど……。
オレ、守るから!
大好きなみんなを守りたい!
心を引き締めて金の目を見つめる。
逸らすもんか。
お前こそ、引け!
オレの魔力を喰うなら喰って……とっとと引き返せ!
恐怖に耐えながら精一杯の強がりを見せる。すると、不意に金の目が優しく細めいた。
「フフフ、ハハハ……。ここにいたか?ワハハハハ! さすが女神の愛し子。頼もしい」
ソラとオレを飲み込みそうな大きな口。その笑い声は地を這い、空を揺らした。
グランは猛獣達に引けと指示を出すと、静かにオレの前にひざまずく。
何が起ったのか?
動けないオレをアイファ兄さんが首根っこを掴んで身体の後ろに追いやるように隠した。
「悪いな。コイツはやれん」
魔物の血が滴る剣を構えてグランを睨んでいる。
ドキドキする鼓動に息が追いつかないオレは、兄さんの服をぎゅっと掴んで、目だけはキッと睨みを効かせた。
「フフフ。本来、我は人の世に不可侵の神獣。ただ、我の魂が金の魔力を懐かしんだ。懐かしい、一目会いたい。ただそれだけで探していた。取って喰うつもりはない。」
怪訝そうに肩眉を上げたアイファ兄さん。オレは震える手で兄さんの血濡れたコートを掴む。
「それにしても、愛し子とは何と美しいことか。」
金の瞳がウルと揺れ、大きく見開かれた。感嘆とするグラン。だけど、その大きな口に不気味に光る牙。恐怖が目前にあることを自覚したオレは、ぎゅっと目をつぶって兄さんの足に顔を埋める。
「不可侵? 関わらねぇってことだよな? ふざけるんじゃねぇ。だったらこのザマは何だ! お前は仲間の命をどんだけ無駄にした?」
兄さんは語気を強めて叫んだ。グランが襲わないと判断したのか、いつもの兄さんに戻った口調にオレはそっと顔を上げる。
見渡せば、山のように積まれた魔物の屍。山と山の間にも狼達がゴロゴロと転がり、湧き出た血溜まりが幾つもできている。生臭い嫌な匂い。静かに照らす朝の光が恐ろしい景色に色を付けていく。
「フフフ……。むろん不可侵だ。我がひと所に留まることで我の力を得ようと寄ってきた奴ばかり。仲間でも何でもない。ただの卑き獣だ。だが、迷惑をかけたか……。」
返り血でベトリと塗れた兄さんがニヤリと笑った。
「あぁ、迷惑だ。だが、これで引いてくれりゃチャラでいい。不可侵なんだろう? コイツをそっとしてやってくれるな?」
それって……、それって……。
食べられたりしない……?
オレ、今のままでいいってこと?
兄さんの言葉にゆるゆると緊張が溶けて、オレはヘナヘナと座り込んだ。
「ククク、坊よ。まだ返事はしとらんが……? いや、揶揄うのはやめておこう。悪かった。詫びにはならんかもしれんが……」
兄さんと同じ顔でニヤリと笑ったグランが一際大きく吠えると、目の前に突風が舞い上がり、雪粒の竜巻を起こした。
それが静かに消えると大人ほどの大きさの獣がにこにこと座っているではないか。
「我の子じゃ。此奴はただのグランだ。まだ幼きから特別な力は宿っておらん。子は子の中で育つものだ。違うか?」
漆黒の毛がサラサラとたなびいて輝く。
わぁ、オレとお揃いだぁ。
「気に入ったようじゃな。坊よ。どうだ? 共に過ごして見聞を広げんか? 此奴の名は……」
大きなグランが意味ありげに目を寄越す。
『ジロウ。』
素早くソラが声を上げた。
『神獣フェンリルの親はタロウ。そう決まっている。グランは元はフェンリルだからその子はジロウ。これ以上のことは不可侵よ。言わない、聞かないがルール。でもジロウは要らない。コウタにはわたしがいるもの』
猛禽の鋭い嘴をジロウに向けるが、ジロウは人懐こくソラを見下ろし、コテンと転がって腹を見せた。
『僕ねぇ、綺麗な物が大好き。鳥さん、綺麗だねぇ。ほら、怖くないよ、仲良くしよう?』
ウハウハと舌を出して転がる姿に親グランが目を逸らして呟いた。
「まぁ、こんな子だ。害は無い。あと100年も生きれば落ち着くだろう。それに此奴が愛し子の魔力を運んでくれれば我も心地良い。どうだ? 人の子よ。ジロウを供につけようぞ」
そう言ってジロウと鼻を付き合わせた母親は、静かに白霧を纏って立ち去った。
漆黒の美しき我が子を置いて。
「う、う、うわぁあーーん」
気の抜けたオレより早く泣き叫んだのはクライス兄さん。びっくりする程に大声をあげてオレにしがみついた。
「よかった、よかったよ。ぶ、無事でよがっだ。どう、どうなるかとおぼっだよ」
クライス兄さん、泣きすぎて言葉がおかしくなってるよ。
サーシャ様もクライス兄さんごとオレを抱きしめ、ぎゅうぎゅうしてきた。
キールさんもニコルもメリルさんも、兵士さん達も、力尽きてぐったりとしている。
オレはアイファ兄さんとカチと目を合わせてにっこりと笑った。
しんとした静けさが戻ってきた。
今日も風がピンと張り詰めて痛い。あと数時間、馬を走らせればエンデアベルトだ。
だが、山のように積み重なった魔獣の屍に返り血を浴びてドロドロになった身体。腰が抜けてガクガクと震えが止まらない兵士達。
恐怖と疲労に浸りきったオレ達は後片付けをする気力もなく、無言でエンデアベルトに向かう。
■■■■
「お座り!お手!」
「ワオン」
オレは馬車の中でジロウと戯れている。
そう、ジロウ!
山でアックスさんの従魔だった真っ白なフェンリルもタロウとジロウだった。母様が名付けて、いろんな芸を仕込んでいたんだよ。もちろん、オレもたくさん遊んだ。
目の前にいるジロウは真っ黒なグランだけど、オレの命令が分かるんだ! 山にいた頃を思い出して嬉しいよ!
ジロウは子供でも兄さん達が乗れるほどの大きい。だけど今はオレくらいなんだ!
ソラを気に入ったジロウが、あの手この手で気を引こうとした。腹を見せたり、尻尾を丸めたり。戯れて飛びついたらソラに思い切り鼻を突かれた。
「キュイーン」
哀れな子犬の目をしたけど、アイファ兄さんだって乗れちゃう大きさだもん。大きさに合わない鳴き声をみんなで笑ったんだ。
そうしたら小さくもなれるよって、オレと同じ位に身体を縮めたの。
ひっくり返して肉球をぷにぷに。オレがうっとりしてたらサーシャ様もやりたいって。
みんな凄く疲れていたから、順番にぷにぷにして癒されたよ。
みんなに大人気になったジロウにヤキモチを妬いて、小さくなったソラがオレの頭の上でふて寝をしている。
「ねぇ? ジロウ、館で一緒に暮らしてもいいかな?」
心配になってクライス兄さんに聞いてみた。
「うーん。お供なんだろう? この大きさでこの性格なら犬みたいだし。父上は許してくれそうだけど……」
「そうねぇ。でも今は犬みたいだけど、グランでしょう? 村の人達は誤魔化せても牛やブルは無理じゃ無いかしら? そうなるとねぇ」
サーシャ様は首を傾げてる。
『 えぇ! 僕、一緒にいちゃ駄目なの? 怖くないよ! ほら、可愛いよ! ご飯だって自分で取ってくるから心配しないで。僕、コウタが好き。一緒にいたい』
ジロウは金の瞳をうるうるとさせながらオレを見つめた。
みんなに顔をすりすりし、パタタと尻尾を振って猛アピールだ。
オレだってもう離れたくない。
大好きだよと、ジロウの手をとる。
ーーーージュワジュワ、ジュワジュワ、カチリ!
ふわりと前髪が舞い上がると金の粉が身体中から溢れ、大きな魔法陣が宙に浮く。
『僕、僕、コウタと繋がった気がする』
ブンブンと尻尾を振って狭い馬車の中をぐるぐる回るジロウ。マリアさんが目を白黒させて押しのけられている。
クライス兄さんが頭を抱えて言った。
「もう、何でこうなっちゃうのかなぁ。あぁ、今の絶対、従魔契約だよ。 はぁ、まぁ、いいんじゃない? 犬ってことで」
「えぇ、もう離れられないのでしょう? こうなったら犬でいっちゃいましょう」
サーシャ様はやけっぱちになって叫ぶ。オレとジロウは満面の笑みで漆黒の髪をフワリとさせて言った。
「「やったぁ! ずっとずっと一緒だよ」」
今日も読んでくださってありがとうございます。
お待たせしました! やっともふもふの合流です。
物語の足場が固まってきましたので、ちょっとずつやらかしが増えていくかもしれません。いろいろな雰囲気のお話があるので、気に入っていただけると嬉しいなと思います。
いいね、ブックマーク、評価など、皆様にはたくさんのアクションをいただいています。どれもすごく嬉しいです。仕事の方が第二繁忙期を迎えつつあり、不安も大きい中で、皆様の温かなアクションがとても励みになります。引き続き、コウタとソラとラビとジロウと、そしてエンデアベルト一族をどうぞよろしくお願いいたします。
サブタイトル「065」の後に、読者の皆様と投稿2か月を祝いたいと思いますので、よろしくお願いします!
さてさて、コウタがディックのもとにやってきたのはちょうど今の季節です。今年はちょっと暑くて、やっと秋の気配ですが。
8月から応援してくださってる読者の皆様、定期的に「鳥と~」の投稿を気にかけてくださっている読者様、今もこれからもコウタに会いに来てくださるすべての読者様に、コウタの金の魔力がふわり心地よく届きますようにと願いを込めて。