061 港にて
「やったぁ!」
今日はサースポート最終日。オレのお出かけタイムだ。昨日はしっかりベットで休んだからね。
ちょっと退屈だったから絵本を読んで、ついでにフォルテさんと文字の練習もしたよ。フォルテさんは文字を読めないから、オレが教えてあげたの。
暖炉の火にくべるために束ねてあった紙を譲って貰って、木ペンまで貸してもらったんだ。紙を暖炉にくべちゃうなんて、すごく贅沢だよね。
基本の綴りを練習していたら、紙の裏には何やら数字がいっぱいだった。きっと帳簿か何かで計算を間違えちゃったんだよ。だって数とか値段とか合ってなかったもの。だから計算をやり直して避けておいたよ。後で渡してあげたら喜ぶかなって思ったんだ。
クライス兄さんは、オレが直したってバレない方がいいって言って、持っていってくれたよ。アイファ兄さんは呆れた顔をしてよくやったって褒めてくれた。
うふふ、嬉しいな。 よかったよ。
こんな風に、オレ、フォルテさんと一緒に一日中、大人しく過ごしたから、今日はリクエストで好きな所に連れてって貰うんだ。
目指すは港。
フォルテさんのお勧めの場所だ。当然、馬車は途中で降りて歩いて向かう。道中の見学だって楽しまなきゃ。
「ちょっとちょっと。ちゃんと前を見て! ぶつかるよ」
くるりくるりキョロキョロ。
クライス兄さんはオレが周りを見回しながら歩くのでハラハラしている。もう、心配性だなぁ。ソラが見ていてくれるから大丈夫だよ。だって前も後ろも横だって、ついでに言えば空の上だって面白いんだもの。見逃すわけにはいかないよ。
「まぁ、素敵! ちょっとコウちゃん。あのお店に入りましょう。あのフリルの刺繍模様がきっとコウちゃんにピッタリよ」
うん、サーシャ様。それ、女の子のお店だよ。シャツもズボンもスカートも帽子だって靴だって煌びやかな装飾がされている。
オレ、流石にちょっと分かってきたんだ。ディック様やアイファ兄さんみたいに男らしくなりたいの。熊爺は……ちょっと行き過ぎだけど、頼れる男にリボンとフリルは要らないよ。
「ちょっと待って! あそこの串焼きが美味いんだ。あっちの薄焼きの野菜を挟んだのも食べたいし……」
港に向かう一本道は賑やかで、たくさんの屋台や出店がひしめき合っている。ニコルは食べ物専門で、両手に串焼きや腸詰を持ち、口の中から香ばしいお肉がピロンとはみ出している。
もう、ニコルったら食べ過ぎだ。さっき朝ご飯を食べた所だよ。でも、いい匂い。威勢のいい声に引き寄せられる。
「坊ちゃん、ひとつどうだい? まけとくよ」
美味しそうな串焼き芋の店だ。
バターの香りが鼻をくすぐる。ニッコリ笑顔で振り向くと店主が慌てて言い換えた。
「悪かったね、嬢ちゃんだったか。ほれ、持ってきな。美味しかったら次に買っとくれ」
小さなひと串を手に持たされてオレはぷうと頬を膨らます。坊ちゃんで合ってたのに、何で言い換えるの?!
しかもオレの顔を見てから……。項垂れたオレの胸元は黄色いリボンがひらりとはためき、襟と裾のふわふわのレースが風に揺れていた。
この服はフリオサさんにもらった物。服の好みはサーシャ様とフリオサさんは息ぴったりだったよ。
さっきまでは外套とふわふわベストを着ていたけど、周りを見ながら歩いているとすぐに体がポカポカしてきて脱いじゃったんだ。
レンガ造りの道の上で絨毯を広げて腕輪やお皿、アクセサリーに皮袋、いろんな商品が目を引く。キラキラしていて綺麗、ちょっと見せてと手を伸ばしたら、首元からグンと引っ張られた。
オレ猫じゃないけど……、振り返るとアイファ兄さんが呆れたようにオレをぶら下げる。
「お前、それが何か知ってんのか? 悪いな、こいつ、トラブルメーカーだから、引っ込めさせてもらうぜ」
店の人に断ってオレを胸元に抱き直す。
プンプン。
トラブルメーカーなんて酷い。オレ、そんなに問題を起こしてないよね? でもパンパンに膨らました頬の近くで、小声で教えてもらって納得だ。
「気をつけろ! 指輪や腕輪なんかは魔法を補助する定番品だ。お前の溢れた魔力に反応したら不味いだろう。もう少し大きくなるまで近づくんじゃねぇ」
ほうほう、そうなんだ。
危ない所だった。
魔力が溢れているのは内緒。でも、まだまだ見たい所が沢山あるから早く下ろして欲しい。そうだ、兄さんの耳元でお返しだ。
「ありがとう。アイ兄」
ブフォッと吹いて真っ赤になったアイファ兄さんからぴょんと飛び降りる。
ふふふ、照れてる。
自由になったオレはまたくるりくるりと見回しながら駆け回る。
桟橋の近くは円形の広場になっていて、その先は船に向かう人と降りてくる人の道が別れるような造りになっている。冬本番の今は船の本数も少ないけれど、今日は吟遊詩人さんがアコーディオンを奏でて歌っているから、楽しそうだ。
トゥルン、トゥルン、ララララ〜ララ〜ラ。
明るい曲調に合わせて、オレも靴を踏み鳴らして踊る。
楽しい、嬉しい。
ふわふわとした気持ちにキラキラが降り注ぐ。
トン、くるり。
動きに合わせて海獣が幾重にもジャンプする。わぁという歓声。ソラと一緒に宙を回転。大サービスだね。
うふふ。
水飛沫がお日様に照らされてオレのキラキラと合わさるよ。飛沫のカーテンは街の人の笑顔で煌めいて、ほら、オレのせいじゃない。みんなの笑顔のせい。
トン、トン、くるり。
お日様に溶けていたソラが鳥の仲間を乱入させて、きゃぁと声をあげると、近くの子供達もわぁと寄ってくる。オレと子供と鳥たちとキラキラの光に照らされて走り回れば何て素敵!
パンパンパンの手拍子に、詩人さんと目が合って笑い合う。
ルラルラル〜!
くるりひらひら。
曲に合わせて踊るだけなのに何て楽しいの!
何て嬉しいの!
手を広げ、波を浴び、お日様と溶けあってオレ達は笑い合う。兄さん達もサーシャ様も素敵な笑顔だ。
ほら、さっきの露天の人が大慌て。指輪や腕輪、魔石で加工したアクセサリーたちがほの光る。うふふ、キールさんが頭を掻いているけど、ニコルはご機嫌でオレと手を繋いで一緒に踊るよ。大丈夫。誰もオレのせいだなんて思わない。
ボーーーーーーー!
重厚な汽笛の音が響く。
一緒に踊っていた鳥達がサァーと飛び去り、子供達はきゃぁきゃぁと船を見に走っていく。オレはふぅと汗を拭って詩人さんと握手をして別れたんだ。
汚れた油の匂いと強い魔力を纏った船は大迫力。何台もの馬車が余裕で入りそうな大きさだ。
荷物を引く魔物は何という魔物だろうか? 船に張られた帆がロープをつたってあっちにこっちに動き、筋肉ムキムキの男達がガハハと笑い合って荷を運んでいく。
ぴゅうと吹き荒ぶ潮風に晒される様さえかっこよく感じ、働く船員さんに見惚れていると、アイファ兄さんが一番奥の桟橋に案内してくれた。
他の桟橋に比べてボロボロで細い。オレは落ちないように抱っこされて渡り、その先の黒光りする船に乗りこんだ。
「いいかい、今日は見学だけで出航しないよ。海の上でやらかされたら大変だからね。 でも、ここでお昼をいただいたら海軍の演習を見せて貰おう。 キールさんと兄上が活躍するよ」
やらかす……、失礼しちゃう。
クライス兄さんまでオレをトラブルメーカーみたいに言う!
だけどオレの心は演習でいっぱいだ。
アイファ兄さんが活躍するってどんなことだろう。
ワクワクしてじっとしていられない。やったぁと言おうとしたところでサーシャ様に口を塞がれた。
ふぐふぐ。
うん、大丈夫、落ち着くよ。
魔力が溢れると不味いんだった。メリルさんと目を合わせてふんふん頷くと、サーシャ様が下に下ろしてくれて、メッと言うように嗜めた。
危ない、危ない。
でも嬉しいことばかりだもの。すぅはぁと深呼吸をして落ち着くと、外套を羽織って貴族の顔をしなくっちゃ。オレはニマニマしながら姿勢を正したよ。
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全ての読者様に感謝申し上げます!!
今日1日の活力となりますように。アコーディオンの音色のようにウキウキと心踊る1日になりますように!! 感謝を込めて!