060 ぷう
「ソラ、降ろして!」
女神像の下に神父服を見つけたオレは、シールドを解いてもらうと瓦礫の中に手を突っ込んだ。
煤けた神父服からは確かな手応えがあり、すぐにクライス兄さんが一緒に掘り起こしてくれる。そこかしこで出血が見られる神父様。オレは破れた服の下に手を突っ込み集中する。フォルテさんと同じだ。
ぬるりと粘り気のある場所、ドクドクと流れ出る場所を全身で感じ取り、塞いでいく。
治るから、治すから。
その命を繋いで!!
清らかだと言われたオレの身体から溢れる気配を強め、神父様に送り込む。
うん、温かさが戻ってきた。
もう大丈夫。
ふうと大きな溜息をついて顔を上げると、サーシャ様とメリルさんがポタポタと涙を流しながらオレを見守っていた。
ハッ。しまった。
オレ、心配かけてる?
どうして?
あっ、これかな?
こんな所にこんなに大きな穴が開いてる!
横たわった神父の真横に真っ黒な大きな穴があることに気付く。
そりゃ、みんな、心配するよね!
大丈夫、オレ、落ちたりしないから。
でも……。
今度は地面に手をついて集中する。
ーーーー閉じて!
深い穴。
土で固めて!
元通りに塞ぐよ。
お願い、お願い。
グゴゴゴゴ。
静かな地鳴りをあげて、少しずつ暗闇が姿を消していく。
ふぅ、ふぅ、ふぅ。
気だるくなった身体を押し上げて、へへと笑う。
「ほら、もう大丈夫。何もなかったから! えへへ……」
誤魔化すように吹いた台詞に冷たい視線が突き刺さり、ギクリとした。
アイファ兄さん。いつの間にかキールさんもニコルも、みんな揃っていて、オレはたらりと冷や汗を流した。
しまった?! やっちゃった?
「……おい!」
いつになく低い声を唸らせたアイファ兄さんの手に、反射的に頭を抱える。
怒られる!! ゲンコツ?!
ーーーーストンとオレの頭に乗ったのは大きな優しい手の平だ。くしゅくしゅと髪をかき混ぜたその手は、そっとオレを持ち上げて肩に顔を埋めるようにギュッと抱きしめた。オレはきゅっと縮めた肩からゆるゆると力を抜いた。
「すげえなぁ、コウタ。だけど、だけど、厄介事は俺がいる時にしてくれ。護ってやりたいんだよ、クソガキが!」
“クソガキ”に妙に力を入れて吐き捨てたアイファ兄さんは、薄茶の瞳をゆると揺らしてオレの瞳をまじまじと見つめた。
これって……、ディック様と同じ。どうしようもない安心感。オレは急に現実を取り戻した。
「こ、こ、怖かった。怖かったよぅ。わあああああん」
呆れた顔のアイファ兄さんと困った顔のクライス兄さん。サーシャ様とメリルは抱き合って泣いていて、キールさんとニコルはニヤニヤしながら周囲をうかがっている。
ひとしきり泣いた後、オレは疲れからかぐっすり眠ってしまった。
▪️▪️▪️▪️
ぷう!
オレはほっぺを最大限に膨らまして拗ねている。
「怒っててもいいが、絶対ベッドから降りるな!」
「勝手に出歩いちゃ駄目だよ。明日は好きな所に連れて行ってあげるから」
朝食の後、兄さん達はオレをベッドに放り込むと、フォルテさんを見張りにおいて部屋を出て行った。
昨日の騒ぎの後、オレは熱をぶり返してしまった。
今度は魔熱ではなくて疲れからくる熱。今朝にはすっかり下がったのに、これ以上体調を崩すと帰れなくなるからって、オレはベッドの部屋に監禁されることになった。
ベッドの脇にはこれでもか、というほど絵本が積まれ、テーブルには果物や薄いパン、果実水が置かれている。
ソラは早朝から遥かな海と空に散歩に飛ばせ、窓には厳重に鍵が掛けられている。
「エンデアベルトだったらラビがいてくれて気が紛れるのに……」
口を尖らせて文句を言うと、フォルテさんが困ったように笑った。
「ソラ殿が戻ったら、私が窓を開けて部屋に入れますから。しばらくはお休みください」
「オレ、いっぱい寝たからもう眠くないもん。ねぇ、兄さん達はどこに行くの? オレだけ留守番なんて酷いよ」
フォルテさんは少し考えてから、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、オレに布団をかけながら話してくれた。
「クライス様は衛兵の詰所に行かれましたよ。昨日の騒ぎはかなりの大事ですから、ナンブルタル領の兵ではなく、国から派遣されている衛兵に報告なさるのです。崩壊の原因となった大穴をコウタ様が塞いでしまったので、その辺りをどう誤魔化すか、頭を抱えておいででしたよ」
オレの顔を見てクスクスと笑ったので、ちょっと恥ずかしくなって布団に顔を埋めた。
「アイファ兄さんは?」
「アイファ様は軍の視察でしょう。先日は陸軍の訓練の様子を視察されていましたし、今日は海軍から訓練に呼ばれたようです。何しろアイファ様の剣技は有名ですからね。特に海軍のような荒くれ者達には人外と謳われるアイファ様は憧れの存在ですから」
「アイファ兄さん、憧れの人なの? 凄いね! オレ、アイファ兄さんに剣を教えてもらってるの」
嬉しくなったオレが飛び起きると、ぎゅっと頭を戻され、また布団をかけられた。
「サーシャ様は神父様と孤児の所へ出掛けられましたよ。教会だけでなく、孤児院の一部も壊れてしまったので、危なくて住めませんから。フリオサ様が古い貴族の屋敷を提供してくださったので、住居を整える手伝いをされるとか。あんな酷い崩落事故だったのに、怪我人が少なかったのは奇跡です。」
オレは布団を口元に寄せながらうんうん頷いて聞いている。
「そしてメリル様は買い出しに行かれています。エンデアベルトに持ち帰る物の確認と孤児院に必要な物を揃えるのに、奔走されています。ですからコウタ様。今日は諦めて私と静養しましょう。明日は皆さんと街歩きをされるのでしょう? しっかりお元気にならないと、途中で眠ってしまいますよ」
孤児院ってどんな所だろう。オレだって見に行きたいのに。小さくたって手伝えることがありそうなのに。そう考えているとフォルテさんがオレの頬をツンと突いた。
ぷう!
「……ぐはっ。し、失礼しました。あ、あまりにもお可愛らしいお顔でしたので。くくく……す、すみません」
膨らんだ頬が指で押されて空気が抜け、間抜けな音が出た。オレは怒って再び最大限に頬を膨らます。
「もう、いいよ。ニコルとキールさんは? ずっと一緒に遊んでくれてないし……」
「そういえば、お二人はサースポートに入られてから、ほとんどバラバラに行動されていますね。馬で街の外まで行かれることもありますし……。詳しくは聞いておりませんが魔獣の調査をされているのかも知れません。何度かギルドにも行かれていますし」
全然眠くないのに、布団に横たわっていると、だんだん瞼が閉じていく。オレは目をギンと開いて、興奮できそうなことを考えることにした。
「ねぇ、フォルテさん。サースポートでオレが楽しめそうな場所ってどこ?」
不機嫌なままの顔で聞いてみる。
「そうですね、やっぱり船の発着場ではないですか? 大きな船が汽笛を鳴らして入港する所は私達でも楽しいです。地域によって積荷の色も形も違いますし……」
そうだね。せっかくのサースポートだもん。海とか船をじっくり見たいな。エンデアベルトの海は険しくて、水面までが遠いし、波飛沫が強くて荒々しいもんね。ここの海は……。
いつの間にか、オレは船に乗って、海の中を冒険する夢に浸っていた。
本日もありがとうございます!
先日、初めて感想をいただきました! ありがとうございます!!
そしてそして、いつの間にか20000PVを超え、ブックマークも50件を超え、本当に嬉しいです! ありがとうございました!!
本日は感謝の記念に先日ちょっとだけ予告した閑話を11時に投稿します。まだサースポートの話が残っていますが、ちょうど差し込めるタイミングかな〜と若干フライングで投稿します。こちらを読んでおいた方が、文章の空間を想像できる、という方もみえるかも?!
閑話はちょっとばかし雰囲気が違うので好き嫌いが分かれるかもしれません。「鳥と〜」では、まだ作者が未熟なため雰囲気が安定しません。でも、1粒で2度美味しいではないですが、そんなところもお楽しみください。
(閑話投稿の余裕があるなら、毎日投稿も続けられそうなものですが、作者としては更新が停滞することが怖いので、再び訪れる繁忙期のためにも奇数日投稿とさせていただきます)
では、本日はまた11時にお会いできると嬉しいです。