058 魔力
町外れで馬車を預け、オレ達は歩いて教会に行く。
古びた教会は正面扉だけがやけに立派で美しいが、壁や窓はヒビや穴があり、寂れている。塀の向こうに孤児院の小さな建物や庭が覗く。
そんな表通りから1本、奥の道に入ると、周囲の様子が大きく変わった。高い建物と窓から溢れるカラフルな色彩の開放的な風から、どんよりくぐもった薄汚れた空気になった感じ。
小さな煤けた木の窓が、バタン、キシキシと歪んだ音を鳴らし、潮風と汚れた油が混ざったようなどろりとした臭いが鼻につく。
神父様と落ち合う場所は教会の裏側から行く。
狭い通りだ。
オレはメリルさんに抱き上げられ、みんなで身体をくっつけるように歩く。クライス兄さんが剣に手をかけながら周囲を警戒していたから、ちょっと怖くなった。
大きな黒い木の扉を開けて中に入ると、しわしわでしょぼくれたお婆さんが長い爪で遠くの扉を指差す。サーシャ様が頷いて、ササと遠くの扉に入っていく。狭くて長い通路。
小さな花台が通路を塞いで行き止まりになった先に細長い扉が三つ。ここの造りは遺跡のようだと兄さんの顔がニヤける。
でも警戒は怠らない。
何を警戒しているのだろう。
兄さんと違って、サーシャ様は躊躇いもなく1つの扉を開き、地下に続く階段を降りる。そこにはまた三つの扉。階段を登ったり、細い通路を歩いたり。その先にまた扉。
メルルさん、ごめんね。オレ、重いよね。ずっと抱っこしてもらっている。でも降ろしてもらっても天井が高くて、道が狭くて、オレ、怖くて歩けないよ。
どれくらい歩いただろうか?
そういえば窓のない通路はライトの魔法で照らされたようにきちんと明るいことに気づく。
ーーーーーーギ、ギギギギ、ギギギ。
サーシャ様と兄さんの二人がかりで重い扉を押し開けると、一段と暗くなった大きな部屋に着いた。
中央には女神像。サーシャ様くらいの大きさだ。胸の前で手を合わせて祈るような女神像は、珍しい。
普通は腕を上に上げていたり、両手を開いていて、信者の望みを叶えるよって雰囲気なのに、この像は女神様が願をかけているみたいだ。
「さすがですね。御子様はこの女神像が他とは違うことをお分かりです」
後ろから不意にかけられた声にびくりとする。穏やかで優しい声。だけど……、怖い。
メリルさんが下に降ろそうとするけど、オレはガシと擦りよってしがみつく。
「この像は厄災の後、土の中から掘り起こされました。女神様が厄災に打ち勝ちますようにと願われている像でございます。ですが、たった1人の愛子の幸せを祈る姿だとも言われています」
がっしりとした身体。肩まで伸びた灰色の髪はきちんと櫛付けられ、所々ツギやほつれのある質素な神父服は暗い部屋の中でも薄汚れているのが分かる。
大きな体は、小柄で華奢なサーシャ様と並ぶと一層迫力を増し、細く力強い光を湛える眼は全てを見透かすような恐ろしさを醸し出している。
細身のクライス兄さんをあっという間に拘束してしまえそうな身体にオレは声も出せない。
ぶるぶると小さく震え始めたオレに大男は顔を近づけ、耳元でそっと囁く。
「女神様をご存知ですね?」
ーーーーえっ?
ーーーーピピ!
頭の上にいたソラが女神像に向かって飛び立ち、猛禽になって隣に並ぶ。ソラが纏った白い魔法の光が女神像も輝かせた。
「す、素晴らしい!」
感激する神父様をソラが鋭く睨みつける。すると彼は少し怯えたように踵を返してオレ達に向き合った。
「時期尚早ですか……? 大丈夫です。私は神に仕える身。言うなれば御子様をお支えする立場です。好奇心はありますが、まだその時ではないようです」
神父様はククと怪しげな笑みを讃えて、サーシャ様の前に傅いた。
「子ども達を怯えさせないで。相変わらずね。顔を上げて」
困ったようなサーシャ様の顔に兄さんが安堵して苦笑いをした。メリルさんがオレを下に降ろして背中を押したので、慌ててサーシャ様のドレスにしがみつく。
「昨日は助かったわ。ありがとう。あなたの望みを叶えにきたのだけれど、意地悪は無しよ。お願いね」
男は立ち上がってハハと声を出して笑うと、胸に手を当てて頭を下げた。
「ありがたき幸せ。ご安心を」
ここは教会の最深部。
滅多なことでは立ち入れない秘密の場所だ。
その広間から案内されたのは、簡素な机と椅子が並べられただけの小部屋。机の中央には丸い大きな透明な石が置いてある。
山のおばあが魂を見る時の水晶。オレには見覚えがあった。
「今日は御子様の魔力を見せて頂きたい」
神父様が望んだのはオレの魔力測定。多くの子どもは六歳で魔力を測る。
魔力があるのか、ないのか、あったらどんな仕事に適性があるのかを見るそうだ。
魔力がなくても、ごく稀に女神の祝福と言われ、剣技とか商才とか回復魔法や先見の力など特別な才能が見出されることがあるんだって。
だから国が魔力測定を義務化していて、特別な才能があったら保護したり支援をしたりするらしい。
「いいわ。その時が来たらあなたに頼むつもりだったから。でもね、この子は普通の子。この子の望むように生きさせたいの。約束できる?」
サーシャ様がいつになく怖い顔で話している。クライス兄さんも、メリルさんも。
「もちろんです。エンデアベルト家には大変お世話になっていますし、私には国で保護すべきかどうか、判断をくだすほどの資質も立場もございません。もちろん、報告の義務も。ただ知りたいのです。あの清らかな魔力の正体を。どのような祝福を受けていらっしゃるのか。」
「知って……、どうする? どうやって護るのか教えてくれるのかい?」
クライス兄さんはこの神父様を信用していないのかもしれない。
言葉にピリリと棘を感じる。神父様は意味深な笑みを讃える。
「護るとは……? もし、お護りする術があるのでしたらお教えしましょう。ですが、どうにもならない場合があります。その時は……、ご容赦頂きたい」
「な……、それなら駄目だ! こいつ、コウタを売るつもりか?」
突然、怒りの形相になった兄さんは腰の剣に手をかけて怒鳴った。
「クライス!!」
すぐにサーシャ様が怒鳴り返す。
こんな二人、見たことがない。
いつも穏やかで、怒ることなんて滅多にないのに。サーシャ様の服をぎゅっと握り締める。
ドクン、ドクン。
苦しく重くのしかかるような鼓動がオレの瞳の動きを止めた。
「ごめんなさい。神父様。どうぞ、お調べになって……。」
クライス兄さんは上目遣いに神父様を睨みつけている。でも神父様は素知らぬ顔でオレをまじまじと見つめ、水晶に手を置くように勧める。
「いいの?」
サーシャ様とメリルさんを見上げると、二人は優しい顔で頷いた。
水晶に手をかざす。
透明な水晶がゆっくりと虹色に光り……。
シュンと輝きを失った。
まるで吸い込まれてしまったみたい。 ……。あれ……?
「「「 魔力が……ない? 」」」
みんなの目がオレに注がれる。もう一度とやってみるけど、虹色になった水晶はオレの魔力を吸い込むとすぐに輝きを失う。
「コウタ、ライトだ。出来るだろう?」
兄さんの言葉にこくんと頷き、手元に光を浮かべる。確かに魔法は使えている。そして放出した感覚もある。だけど水晶はオレの魔力を取り込んで知らん顔をするように、反応を示さない。
「大丈夫。水晶は、きちんと機能しています。」
そういうと、神父様はサーシャ様とメリルさんの眼を見つめふふと笑う。そして奥の部屋に行き、赤い本を持って戻ってきた。
サーシャ様達は何故かとても驚いていた。
神父様はオレの眼をじっと見たかと思うと素早くページを繰り、ブツブツと呪文をかける。
水晶の色が矢継ぎ早に変化し、また元の輝きに戻る。さらに神父様が呪文を呟き……。
幾度となく繰り返される作業を眺めていると、水晶に見覚えのある顔が映る。
「待って! 止めて! 止めて! おばあ! おばあだ! どうして? どこにいるの? おばあ?」
オレは水晶に向かって大きな声で話しかける。あれは間違いなく山のおばあだ。オレの魂の器を見てくれたおばあ。薬草のこと、石のこと、狩りのこと。オレに生きる術を教えてくれたおばあ!
机にしがみついて水晶に向かって必死に叫ぶオレを神父様が抱き上げて止めた。
「落ち着いてください。あれは幻影です。あなたには始祖様が見えるのですね。……間違いありません。あなたこそ、煌めく魂の御子様。お待ち申しておりました」
嬉しそうな言葉と正反対に神父様の手の冷たさにオレはブルルと我に返った。
会いたい。
山のおばあに……。
母様と父様を知ってる、あのおばあに。
神父様の手を逃れたい気持ち、どうしようもなくおばあに会いたい気持ち。
どうして?
なぜ?
オレは小さく震え、胸が張り裂けそうで苦しくなり、混乱した思いが押さえきれなくなって思い切り泣き叫んでいた。
「う、う、うわわわわわわああああ」
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嬉しいことにブックマークが50件を超えました!
ありがとうございます!
まだまだ埋もれがちな「青い鳥と〜」ですが、発掘していただいて感激です! 感謝の気持ちを込めて、閑話を入れたいのですが、お話の区切りが悪いのでエンデアベルトに帰る頃に閑話を入れます。 ちょっと趣向を変えたお話で、賛否両論あるかと思いますが、閑話ですので!! 楽しみにしていてください。
本日より奇数日投稿です。何だか寂しいですが、安定投稿できるように頑張りますので、引き続きよろしくお願いします。