056 コウタだ
いつもありがとうございます!
本日も後書きに昨日の続きを載せますね。
グウ…………。
気怠さで目覚めると、お腹の虫がグウグウ鳴っている。喉も渇いたので、ぐっと身体を起こすとサーシャ様の透き通った紅茶色の瞳が思い切り近づいている。
「わわ、サーシャ様? んグッ!!」
いきなりぎゅっと抱きしめられて、息が出来なくなった。苦しくてジタバタするのに、もっと身体を絞められる。息ができないよ! 死んじゃうよ!
わしわしと髪をかき混ぜられると、絞められた身体が少し自由になった。ふうと呼吸を整える間もなく持ち上げられ、アイファ兄さんからクライス兄さんへ。メリルさんにニコル、キールさんと次から次へと抱っこされ、ぎゅっとされ、グルグルぐるぐる目が回ってきた。
よろよろと抱っこの腕から飛び降りて、プンと頬を膨らます。
「酷いよ! オレ、起きたばっかりだよ! もう赤ちゃんじゃないんだから、抱っこばっかりしないで! 目が回っちゃうよ」
オレの渾身の説教にみんなが目を丸くする。次いで、指でほっぺをツンツンされ、頭はわしゃわしゃかき回され、万歳させられたと思ったらヒョイと持ち上げられて全身を撫で回された。酷いよ、オレ、ぬいぐるみ?
「よかった。僕の可愛いコウタだ」
「ああ、コウタだ」
「やっぱ、ちびっ子はこうでなきゃ」
「コウタ様」
「うん、コウタだな」
みんなどうしちゃったの?
オレはいつだってコウタだよ?
首を傾げてキョロキョロしてると、サーシャ様がふわりとオレを抱き上げて、すべすべの頬を擦りつけてきた。
「大好きよ。コウちゃん。あなたに会えてよかったわ」
ふわりと香る甘い匂いにドキリとする。
「コウタ。君が来てくれて、僕は嬉しいよ。弟になってくれてありがとう」
「手がかかるが、お前といると飽きねぇよ。……ったく。」
きひひと笑ってからかうようなキールさん。
「アイファ兄ちゃん、照れないの。コウタ、お前はよく頑張ってるぞ! 凄いやつだ」
「そうそう、ちびっ子! いつだってアタシが相手になってあげるからさ! 甘えておくれよ」
もう、みんな急にどうしちゃったの?
頭はガシガシに乱されて、ほっぺが伸びたり縮んだり。
絶対、オレ、変な顔にされてるよ?!
でも、いいな。
嬉しいな。
何だか照れて、ふわふわした気分。オレもみんなとエヘへと笑い合う。
「さあさぁ、皆さん、それくらいにして。コウタ様はお腹が空いてる筈ですわ。ちょうど朝食のお時間ですし、頂きに行きましょう」
メリルさんの提案でゾロゾロと食堂に向かおうとした時、ずっと押し黙っていたフォルテさんがオレの前に傅いた。
「コウタ様。この度はお辛い思いをさせてしまい、申し訳ありません。何度も命を救っていただき…………。っぐ、く。ふ、不甲斐ない私ですが、これからはもっと鍛えて、鍛えて、お守り出来るように力をつけます。この命に代えましても! どうか、どうか、お側において頂きたい」
どうしたの? そんな急に……? グシュグシュと鼻水をすすりながら傅くフォルテさんにびっくりして困っていると兄さん達がニヤニヤしてオレを追い立てる。
「どうする? お前に主人になれってよ」
「コウタ、君に忠誠を誓ってるんだよ。主人らしく、ほら、ほら?」
どうするも何も、オレ、何もできないし、主人になんてなれないけど……。サーシャ様が優しく耳打ちしてくれた。
「よろしくって言うだけよ! あっ、お願いしますは言っちゃダメ」
「うん、あの、よ、よろしく?」
パッと上がったフォルテさんの顔は、涙と鼻水とよだれにまみれて凄いことになっていた。でも、とっても嬉しそうだったから、オレはクスリと笑ってしまった。
クスクスクス。
ふふふふふ、ははははは。
あはははは。
今日はみんな、どうしたんだろう?
オレが笑うとみんなも笑う。
どこに顔を向けても、必ず誰かと目があって、心が満たされる。笑って笑って、まるで歌声みたいだ。手を繋ぐとふわりと空を舞ってブランコみたい。くるりと回るとソラもついてくる。ああ、お腹が空いているのに、オレの胸は嬉しさでパンパンだ!
朝食はあっさり塩味のスープ。とろりととろけたお野菜が出汁の旨味でじわりと温めてくれる。
おかしいな?
あんなにお腹が空いていたのに、まだそんなに食べていないのに、ふわふわゆらゆらのお湯に包まれたみたいで心地いい。
ぱたん。
▪️▪️▪️▪️
「お約束〜」
茶化したニコルがスープ皿を持ち上げた途端、パタリと机にうつ伏せて寝息を立て始めたコウタ。スプーンを咥えたままで夢の中。
まだ熱が下がったところだ。体力が戻っていないのだろう。だが、よだれを垂らして微睡む姿に、俺達は人知れず笑みをもらした。
さぁ、今日は忙しくなる。雪は待ってはくれない。日程は大幅に遅れている。
コウタを母に託すと俺達は散り散りに動き出す。クライスはフリオサとの交渉を再開し、キールとニコルは街の調査。俺はーーーー兵舎の奥、地下牢に出向く。アイツには聞きたいことが山とある。
陸軍の兵士長は妙に緊張している。この寒空に汗を拭きながら俺を案内するなど、かなり胡散臭い。俺の勘が正しければ、恐らくコイツも一枚噛んでいる。
アイツが囚われているのは半地下で、たいした警戒がされていない牢だ。明かり取りの窓から中の様子を覗き見ることができる。本気で収監する気がないのが見え見えだ。懲罰房程度の牢に腹を立てる。
「アイツの罪をどう捉えている?」
俺は殺気を抑えて出方を伺う。
「はっ、小さなお子への障害罪かと。ですが、相手が自分から飛び込んで来たと言うことで……、いえ、あの……」
「言わなかったか? エンデアベルトだって。上位貴族だ。フリオサと比べんな。不敬罪だ。その場で殺ったってよかったんだぜ? どんな理由があろうと、七歳以下の子だ。それだけで打首だって知らねぇのか? お前だって監督不行き届きだが?」
兵士長は震え上がる。今更ってやつだ。ここの奴らは妙に緩んでやがる。
医療らしき医療が十分に受けられないこの地域では、子どもは守るべき存在だ。七歳までは何が起こるかわからねぇ。無事に育てば一安心と言ったところだ。コウタはまだ三歳。そんなガキをぶん殴るとは、間違いだって許さねぇ。
牢にしては随分明るい檻の中で、アイツは項垂れて座っていた。
コイツがーーーー。
沸々と湧き上がる怒りを抑えて、二人だけで話したい旨を伝える。兵士長は俺といる緊張から解放されることに安堵し、そそくさと立ち去っていった。
ガチャン、ガラガラガラ。
うちの兵士が拾い集めてきた遺品を鉄格子の前でぶち撒けた。
「見ろ」
奴はふてぶてしく俺を睨んで、重い腰を上げる。……が、一本の剣の前で膝をつく。……やはり。
「それ、知り合いのだな? お前達、護衛に就くのにこんなナマクラな装備で行くのか? 振ってみりゃ分かるだろう? それとも……?」
「お前、何を言っている。これは軍からの支給品だ。当然だろう? 武器は高いんだ。軍の世話になるのが当たり前だろう?」
やっぱりコイツらは何も解っちゃいねぇ。初心者ならまだしも、命を預ける武器だ。自分に合った物を使わなきゃ意味が無い。しかもコイツは安物だ。芯の歪みも強度も中途半端だ。
「魔物は、何を想定した? モルケル村に行く想定だ」
「……、ま、魔物なんてゴブリンやコボルト、ミドルスースに……せいぜいワジワジだ」
「あぁ、悪くねぇ。だが、ワイルドウルフやジャイロオックスの群れならどうだ?」
「そ、そんな……、森の魔物だ。まさか街道に?」
「魔物に街道って概念があるのか? あるわけがねぇ! 外にでりゃ、いつだって想定外の連続だ。 お前りゃ訓練でやらねぇのか? ああん?」
兵士とは思えぬ言動に俺の我慢にも限界が来る。だが、こんな雑魚を相手にしたって埒があかない。
察した男はみるみる青ざめていく。
「そ、装備が、武器が……、ナマクラだった……?」
俺は頷き、声をひそめる。
「仕方ねぇ、想定外が重なったんだ。責めるな! まぁ、俺に言わせりゃ、殺られるべくして……ってやつだ。お前、この後どうする?」
しばらく呆然と立ち尽くした男は、空を見つめたまま崩れ落ちた。
「俺は……裁かれる。自分がやった罪くらい分かってるさ。悪かった……。」
何を今更……。そのまま胸ぐらを掴んでぶん殴ってやりたい衝動を格子に邪魔され、奥歯をぎりりと噛み締める。
「お前の姉さんってやつはどうなる?」
男は急に怯えたように泣き始め、懇願を始めた。
「ね、姉さんは関係ないだろう? 俺がやったことだ。姉さんには黙っていてくれ。旦那を亡くしたばっかりなんだ。これ以上心配をかけたくねぇ。悪かった! 姉さんだけは……、頼む」
「知るか! テメェのことはテメェが責任を取れ。馬鹿な弟が、こんなとこで生命を落としたって聞いたら、どうすんだろうな?」
「ひ、卑怯だぞ! 姉さんを、姉さんをどうするんだ! やめてくれ!」
「だったら、あのフォルテって奴と一緒に俺らのとこに来い! 鍛え直してやる。姉さんって奴も一緒に面倒見てやるさ。ここに居たってテメェの居場所はねぇ。適当に処分されるだろう。俺らからの処分は、うちの馬鹿な弟にでも決めさせるさ」
こんな奴を連れて帰るなんて虫唾が走るが、処分したことがコウタに知れたら、アイツは絶対怒るだろう。かと言ってコイツをここに置いても処分といって殺される。まだ聞きテェことは沢山ある。上を調べるには情報が必要だ。まぁ面倒は親父に押し付けるさ。
男は力なく項垂れ、ブツブツと呟いきながら震えている。選択肢はないも同然なのだから……。
「あの暴君の所にか? 姉さんも連れて……? 俺達はどうなる? いや、ここに居たって処刑されるだけだ。だが……」
暴君の言葉にククと笑いが漏れる。コイツらにとっちゃ親父は暴れ馬の凶悪な暴君だろうよ。なんせ、『人外』だからな……。
少し胸を救われた俺は兵士長にことづけると、悪い顔で兵舎を後にした。さて……、最高責任者の領主様はどう出るかな……?
昨日の続きです。
え?こんだけ?
っていうほどのショートストーリーですが、アイファとコウタの距離は縮まったでしょうか?
SS2/2 おっかない
▪️▪️▪️▪️
もうすぐ夕食だ。みんなが集まるサロンに行こうと階段を降りる。
シュタッ!
途中でアイファ兄さんに攫われた。横になった視界に戸惑って、ただそのままに身を任せる。
連れて行かれた場所は浴場。パパっと裸にされてトンと中に押し込められれば湯船が間近に迫ってきた。
「わぁ!!」
ぐるぐると手を回し、転ぶのを回避するとザブンと頭から湯が降ってくる。
ーーーーむせる!
肩を窄めて覚悟をしたけど、あれ?湯が顔にかかってない。
大きな手の平がおでこの所で湯を塞き止め、頭の上でわしゃわしゃとシャボンが飛び交っている。
ザブン!ザバン!
聞こえる音も湯飛沫も、とってもとっても大きいけれど、兄さんの鍛えられた分厚い胸に抱かれて、泡一粒も目に飛び込んでこない。
タプンと湯に浸かる時も、コテンとお腹に寝そべる時もぐらりともしないで温かな心地よさ。寒くないように絶え間なくかけられる湯は、優しい水流を作り、天井にいくらか残ったシャボンが兄さんのキャラメルみたいな瞳を映した。
「うふふふふふ」
「気持ち悪りぃな。なに笑ってんだよ」
悪い口とは対照的な強い手は、オレが湯に落ちないように、そして痛くないように絶妙な力加減。
オレ、兄さんが怖くなくなったかも。
ほっぺに直撃する湯飛沫を金の魔力で十倍返し。
しまった! オレにも直撃だ。
ーーグッ。 コンコン、コンコン!
鼻が痛くって、喉が苦しくって悶えるオレをタオルで包み、メイドさんに引き渡した兄さんの肩は、ぺちゃんと冷たい水滴が残っていた。
明日もお風呂に入れてくれるかな?
いつの間にかオレは兄さんの手を楽しみに感じられるようになっていた。
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朝夕はやっと秋めいてきましたね。ゆっくりお風呂に浸かりながら二人のやりとりに思いを馳せていただけると嬉しいです。
今日から10月。
皆様のもとに月明かりのような優しさが届きますように。