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055 回復薬

ごめんなさい。

 今回もしんどい回ですが、どうしても必要な回なので、ご容赦ください。


 ほのぼのあったかな気持ちが残るように、後書きにショートストーリー1/2を載せます。



 ーーーーキィ


 薄暗くなった頃、躊躇いつつも開けられたドアの先にいたのは、酷くやつれた顔の母だった。美しい金糸は艶をなくし、サラサラに流れるそれは絡まって膨らんでいる。その瞳は真っ赤に泣き腫らし、今もじっとりと潤んでいる。


「コウちゃんは……?」


「大丈夫。随分、落ち着いた。でも、じきに熱が出るだろうって。今のうちに休んでおきなよ」


 僕は精一杯の笑みを浮かべて部屋の中に入れる。


 フリオサさんから当てがわれた部屋は幾つかの続間になっていて、コウタが落ち着くように小さめの部屋を選んで寝かせている。惨事を目の当たりにして倒れた母はメインのベットルームで休んで貰っていた。しばらくはショックで起き上がれなかったが、やっと気を強く持ち直してくれたのか……。


「可哀想に……」

 紫色に浮腫んだ頬。震える白い指をそっと這わせて、大きなな雫をポトリと落とす。うずくまって寄り添っていたソラが、その雫を受け止めてピピと鳴き、またコウタの頭上にピタリと羽毛を寄せる。


「母上がそんな顔をしてると親父の二の舞だぜ? そいつはどんな時だって、俺たちを慰めようとするクソガキだ。笑い飛ばせねぇんなら、隠れていた方がいい」

 ソファーに横になっていた兄さんの酷い言い様にクスリと笑い、ふぅとよろめいた母を抱き止める。


 ソファーに座らせ、毛布をかけると一足先に正気を取り戻したメリルが熱い紅茶を淹れて渡した。


「先程、フリオサ様から回復薬を預かったのですが……、使われますか?」

 コトリと机に置かれた小瓶は透き通る緑色の液体で満たされていた。そこそこ値の張る中級回復薬。


 回復薬は冒険者には欠かせない代物だが、自然治癒力が落ちるとされることから、子供には余程のことがない限り使わない。だが、今はどうだろうか……。


「……、知らない土地で、こんな酷いことになったのよ。せめて痛みをとってあげるくらいは許されるわよね?」


 僕は意識して口角を上げて頷く。

 ずっと怖い顔をしている兄さんも仕方がないというように溜息をついた。


 母は真っ新なハンカチに回復薬を染み込ませ、そっとコウタの顔を拭く。


ピクリ。


 コウタは眉をしかめ、苦しそうに息を漏らす。ソラが慌てたように飛び起き、母の手に飛びつく。


ーーーー様子が変だ。


 再びハンカチで頬を撫でると、ぐったりとしたコウタが、ガシリと母の手を掴む。


「い、痛い。痛い。痛いようぅ。痛いー、痛いー」


 小さな呟きがどんどん大きくなり、顔を押さえて激しく痛がる。涙を浮かべ、身体をよじり。


「うわぁあ、うわぁあ、痛い、痛いよぅ、痛いよぅ」


 華奢な手を振り払い、ベットから転げ落ちるかの勢いで泣き叫ぶコウタに、母は呆然とし、震えて怯えて意識を失った。

 アイファ兄さんが暴れるコウタを抱き寄せるが、その手からも溢れ落ちるほどの痛がりように僕たちは青ざめる。


ーーーー回復薬のせいか? それとも毒?


 コウタの痛がる叫び声は当然、部屋の外までも響き、ニコルとキールも飛び込んで来た。

 助かった。ニコルは毒にも精通している。


 ニコルの従魔、モグリヘビは自身が毒持ちであることから、毒に対して反応を示す。だが、コウタには何の反応もない。


 力尽きたコウタは、ほんの少しだけ腫れを引かせたが、弱々しくぜいぜいと苦しんでいる。


「兄さん、回復薬を使ったことは?」

 何が起きたのか? 僕は不安でたまらなくなっていた。


「何度だってあるに決まってんだろう?俺も、コイツらも」


「あぁ、低級から上級まで。流石にエリクサーにはお世話になってはいないが」


「普通はさ、ほら、コウタのキラキラを浴びる時みたいに気持ちいいよ。まぁ、アイファに鼻の中に押し込まれた時はキツかったけど……」


 ニコルの言葉にふふと笑みはこぼすも、出来ることは何も無く、己の無力さに拳を握る。




 あれから丸一日。


 僕たちは予想通り、怪我と熱に苦しむ弟のために、水の確保に奔走する。


 気休めですがと、メリルが持参していたセガさんの水は当然の如く拒否をされ、僕達に怯え切ったフリオサさんが差し出した聖水もコウタには受け入れられない。

 

 

「抱っこ。アイファ兄たん、抱っこぉ」

「おみじゅ、おみじゅ。ちぎゃう、おみじゅ」


「ふぉーてさん、だっこぉ。どこぉ? だっこぉ」

「ここです。ちゃんといますから、どうか、あぁ、どうかお休みください」



 抱っこを求める気力が目に見えて衰え始め、鬱ら鬱らとしながら体力を落としていくコウタを、僕達はなすすべもなく見守り、焦り続ける。



 そんな折だった。憔悴し切っていたはずの母が僕を連れ、町外れの教会へと足を伸ばす。


 ここは孤児院を併設する教会で、貧しいながらも多くの信者が身を寄せ合って支えている。信仰の厚い堅物の神父を気に入って、エンデアベルト家が積極的に支援している場所だ。


「神父様はいらっしゃいますか?」

 ショールを深く被り、質素なドレスに身を包んだ母がぼくとつな信者に声をかける。

 疲れ果てたような老女は黙って顎と視線で扉を指し、母は躊躇なく扉に入った。


 兄さんが見たら不用心だと怒られるだろうに……。そんなどうでもいいことを考えていると、奥から堅いのいい大男が現れた。神官服を着ていなければ、傭兵ともみまごう小汚い出立ちだ。


 母は立ったまま、コウタの様子を神父に話し、神父を連れて館に帰宅した。馬車では誰も一言も話さず、重苦しい空気だけが深く立ち込める。



 質素な身なりの神父にフリオサがあからさまに嫌な顔をしたが、僕が睨むと怯えたように奥に引っ込んでいった。誰のせいでーーーー忌々しい感情をグッと飲み込む。



 神父が入室するとフォルテがコウタを抱いているところだった。余程心配だっただのだろう。コウタは何度もフォルテの名を呼び、抱かれてはその存在を確認して眠りについていた。


「母上?」

 兄さんが胡散臭げな大男を見て声をかける。


「彼は私が最も信頼する神父よ。王都の司祭様よりも。魔力は分からないけれど、回復もこなすわ。綺麗で魔力が多く含まれた水。彼で駄目なら、セガを呼びましょう」

 長いまつ毛から透ける強い瞳が確信の光で満ちている。


 武骨な男が荒れた手でコウタに触れると、驚いた表情でその手を引っ込めた。

「こ、これは……!」


 神父の動きに僕達も身を乗り出す。何か分かったのか?


「サーシャ様、先に回復魔法を施してもよろしいでしょうか?」


 母は怯えて首を振る。

「だ、駄目よ。嫌。回復薬であんなに苦しんだのよ。また、痛がったら? 可哀想じゃない。それに、もう、もう、体力だって……」


 わぁと取り乱して泣き崩れた。


 無理もない。あの最愛の天使を苦しめた贖罪は母には辛すぎる経験だ。


「私を信じてくださったのではないのですか? 大丈夫です。 何か、こう、繋がるものがあるのです。 駄目と言われましても、私はこの御子(みこ)様の汚れを払わずにはいられません」


 僕は後ろから母を支え、静かに頷く。神父はコウタの髪を優しく撫で、醜く腫らした顔にそっと手を当てた。

 白い清らかな光が音も無くコウタを包む。


 たった数秒。


 ふぅ……。神父の大きな溜息に我に返る。


 涙の跡が残る青白い顔は、どす黒い色を取り払われ、紛れもなく天使のような僕の可愛い弟だ。

 

 僕の頬をはらりと涙が濡らす。


 母は僕からそっと離れると、全身を震わせながら愛し子の顔をさすり、その胸に抱き寄せた。


 兄さんとキールさんは空を見上げ、メリルとニコルは抱き合いながら崩れ落ちる。



「あなたは……?」


 一人呆然と佇む男に神父が問うと、遠慮がちにフォルテが今回の顛末を語り始めた。神父はしばらく考え込む。


「あなたは水を出せませんか?」

「えっ? 私が……ですか? 学校と兵士の訓練で出したことはありますが、魔力も少なく、できるかどうか……」


「では、今から努力をなさってください。お手伝いいたします」


 神父はフォルテの肩に手を乗せ、二人で詠唱を始める。


ーーーーピチャン


コップ半分ほどの水。


 メリルが冷やすかと問うが何も言わず、神父はコウタの頭を起こし、口元にそっと当てがう。


うっーーーーーー。


 硬い瞼がゆっくり開いた。


 まだ微睡の中にある漆黒の瞳が僕達を見上げる。神父はコウタをそっと抱き上げ、目の前でチャプンとコップに水を追加した。


「温まりますよ」


 コウタの不安気に見上げる瞳。

 僕は安堵と不安でじわりと涙が込み上げる。こくんと頷いた弟は、その水をゆっくり喉に押し込んでいる。僕達は固唾を飲んで見つめだけだ。


ーーーーふぅ。

 不意に気を失うかのように倒れたコウタを、予想していたかの動きで受け止めた神父は、ゆっくりと呪文を唱えてから僕達に向き合った。


「もう大丈夫。 次にお目覚めになったら軽いスープでも出して差し上げてください。 きっとお腹が空いているはずです」



 神父はボソボソと小声で、呟くように話し始めた。

「私をこのような美しき御子様に引き合わせてくれたことに心より感謝致します。こんな、清らかな魔力は初めてです。内に秘めた強い力でしょうか? 想いでしょうか? 限りなく優しく、人々を癒す魂に触れ……。いや、言葉を尽くすことは難しいですが、とても清らかなのです。私の卑しい心が入り込まぬよう、それだけで精一杯でして」


 神父はコウタを見つめながらポツリポツリと話してくれた。


 コウタが求めていた水は、おそらく安堵の水であろう。一番気掛かりに思っている人、安心したい人の水を求めたのではないか。

 回復薬で痛がったのは、その回復薬が作られた時の水が清らかでなかったか、長く保管していた人の悪気を感じてしまったのではないか。


 僕達は心当たりを感じつつも半信半疑。だが、とにかく快方に向かったことを心から安堵した。



 神父はお茶の誘いも馬車での送迎も断り、ただコウタに引き合わせてくれたことを深く感謝して、消えるように館を後にした。








今日もありがとうございます。


 ブックマーク、いいね、評価、そして誤字報告。たくさんのアクションを起こしてくださった皆様に感謝です。もちろん、もちろん、今このお話を読んでくださっているすべての方にも! 


 あったかな気持ちになってください。


 アイファとコウタのショートストーリーです。出会ったばかりの二人が仲良くなっていく過程のストーリー。閑話だったのですが、差し込む場所がなく……。

 

 ありがとうの気持ちを込めて!! 

 では、始まりです〜!



SS 1/2 おっかない



「おい、どこに行く?」


 遊びに行こうと思って飛び出すと、バッタリ、アイファ兄さんと出くわした。

 何となくおっかなくって、踵を返したオレに、兄さんの手がグンと伸びる。


「まずい奴に会ったって顔だよな?」

 ニヤリ、眉を上げる濃茶の瞳にオレはオドオドと言い淀む。


「えっとぉ……」

 言えるわけがない。だって傷つける。誰だって怯えられたらいい気持ちはしないはず。

 だけど、だけど……。すぐにオレのことからかうし、意地悪ばっかり言うんだもん。まずいって思っちゃうのは仕方がないでしょ?


 首根っこを押さえられ、バタバタと宙を泳いでいるオレにググッと近づいた濃茶の瞳が間近に迫った。


「会いたくねェ奴に会った時ほど顔に出すな! 態度に出すな! 絶対ェ絡まれるぞ。ニコって笑っときゃ何とかなる。分かったか」


 すごい剣幕に首をすくめるとパッと手を離された。

 

 わわ、落ちーーーーない?


 思ったより地面に近く、シュタっと着地したオレは何が何だかわからずに兄さんの背中を見送った。



 明日に続きます♡

 皆様、素敵な1日を!


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