053 ナンブルタル家
サースポートは立派な石造の塀に囲まれた海の街だ。
内陸方面と南の隣国への海路となっていて、たくさんの人、家、商店がひしめき合って活気がある。
入門審査で長蛇の列が作られているけど、オレ達は貴族用の門を使うんだ。エンデアベルト家は貴族でも高位貴族だから優先的に入門させてもらえるんだって。
オレの魔法ですっかり元気になってしまったフォルテさんだけど、流石に無傷で帰郷するのはまずいってことになり、包帯はそのままにしてもらったよ。 行商が襲われたことは、もう知らせが届いていたから門番の兵士さんと抱き合って喜んでいた。
今回は一応貴族用の宿を押さえてあるけれど、多分ナンブルタル伯爵家にお世話になるんだって。今からお屋敷に向かうんだ。
クライス兄さんは、かっこいい紋章入りの上着とディック様の代理を表す胸ブローチを身につけて準備をしたよ。
オレも紋章入りの上着を着たんだ。ソラもオレの肩に乗せてお披露目だ。
同じ伯爵家でも序列があって、エンデアベルト家の方が上だから、先にご挨拶をすることとか、簡単に頭を下げないようにとか、メイドさん達にお礼を言わないようにとか、貴族のマナーをたくさん教えてもらったよ。
何だか面倒くさくって、アイファ兄さんが隠れるのが分かるよ。
街に入った途端にゆっくり走り始めた馬車は、小高くなった丘を登り、要塞のような高い石造の屋敷に向かう。外壁の装飾がお城みたいだ。丘の下の方には青い海も見えてワクワクする。
口をあんぐり開けて見上げていると、兄さんがクスクスと笑っている。
「コウタ、面白い顔になっているよ。ナンブルタル領は豊かだからね。館も豪華だよね。っというか、うちが味気ないだけなんだ。父上は装飾なんてわからん、って言うし、実際、あってもちょっと暴れたら壊れちゃうだろう? でもね、王都のお屋敷はここと同じくらいの装飾だからね」
冬だというのに色彩豊かな花壇に囲まれた前庭に馬車をつけると、十数人の使用人さん達が出迎えてくれた。
クライス兄さんがスマートに簡単な挨拶と出迎えへの感謝を伝え、サーシャ様、オレが馬車から降りる。
うん、飛び降りちゃ駄目なんだ。メリルさんに抱っこしてもらって馬車から降りる。
オレが降りた後、一番偉そうな執事さんがフォルテさんに厳しい目を向けたのを見逃さなかったよ。馬車に残したフォルテさんが心配だ。
「ようこそ。遠い辺境からわざわざ御足労いただきまして、フリオサ・ナンブルタルでございます。お久しぶりです。クライス様、このようにご立派になられまして。 ああ、サーシャ様も相変わらずのお美しさ。私、クラクラと倒れてしまいそうです。 ところで、その麗しき御子様は? さあさあ、どうか早く紹介していただきとう存じます」
髪を撫で付けて整えた細身の男性がにこやかに挨拶をしてきた。オレを見る目がぞわりとするほど怪しい。うっとりと光を帯びて、お髭もお口もゆるゆるしている。
「突然の訪問に対応していただき感謝いたします。この子はさる高貴な方から預かり受けたお子でして……。さあ、コウタ、挨拶だ」
兄さんと目を合わせて練習した挨拶をするよ。ドキドキだ。
「お初にお目にかかります。コウタです。これは従魔のソラと申します。以後お見知り置きくださいますように」
足を一歩引いて、キリリとした会釈に最後は抑えめのニッコリだ。完璧! 魔法は秘密だけど、子どもが仲良しの動物を従魔だってことにして連れ歩くことはあるから、ソラのことは秘密にしなくていいんだ。むしろソラが綺麗な鳥だから、ディック様も大事にしてるよって伝えるんだよ。
「可愛い子でしょう? とっても賢いの。我が家に迎え入れる予定ですから、エンデアベルトとして扱ってちょうだい」
サーシャ様がニッコリ微笑む。とっても可愛いサーシャ様だけど、ちょっと怖い。ひやりと冷気を漂わせるとフリオサさんがブルルと震え、姿勢を正す。
「左様ですか。サーシャ様に負けず劣らずのお美しさ。素晴らしい。この艶やかな漆黒のお髪にお瞳。見惚れてしまいます。はぁ……。高貴なお方からお預かりに……。ああ、できましたら私めがお預かりしたい程です。」
残念そうに項垂れつつも口の端からよだれが……。何? オレ、不穏な空気を感じるんだけど……。
たくさんの装飾や訳の分からない壺、不思議な絵画に囲まれたホールはちょっと毒毒しい。
どこかの国からの交易品だとか、特注で作らせた物だとか、自慢話ばかりだ。サーシャ様が上手に相槌をうって話を合わせているけど、まだかな……、応接室までが遠いよ。オレ、眠くなってきちゃった。メリルさんに抱かれてコクリコクリ。
「おやおや、お子様はおねむのお時間ですかねぇ。奥の客間を用意してございますのでどうぞお使いください。 ああ、お眠りになるお姿も愛しいものです。よろしければ私めがお部屋までお連れいたしましょう!」
さぁ、とばかりに広げられた手にオレの眠気は吹っ飛んだ。
お願い、この人にオレを抱っこさせないで!!
「畏れ多いですが、コウタ様は繊細でいらっしゃいますので、このメリルがお世話いたします」
さっと割って入ってくれたメリルさん。グッジョブだ! フリオサ様は何だか危ない気配がする。
「早速で申し訳ありませが、今日は父の代理で参りました。宿をとっておりますので、手短に話を進めさせていただきたい」
クライス兄さんの不機嫌そうなセリフに揉み手をしながら慌てたフリオサ様。
「これは失礼いたしました。宿とは水臭い。ぜひ、我が家でゆっくりなさってください。 おい、さっさと案内せんか!お茶が遅いぞ」
クライス兄さんが少し強気の態度に出たのでフリオサ様は、使用人さんに強い口調で命令をする。
オレ達を足止めしたのは自分なのにね!
ディック様は口が悪いけど、そんな風に使用人さん達に当たらないよ。むしろみんなに叱られることの方が多いかも。エンデアベルト家では見ない光景にオレは唖然とした。
「さぁ皆様、ナンブルタル領の自慢のお茶とお菓子です。お茶は王室御用達の隣国の高級茶ですし、砂糖をたくさん使った焼き菓子でございます。あぁ、麗しき御子殿には、ハチミツ入りのミルクにいたしましょう」
エンデアベルトではいつもたっぷりのハチミツを入れてくれるのに、今日はスプーンに半分ほど。
シャビシャビのヤギのミルクは甘くならない。
サーシャ様がハチミツもブルのミルクもナンブルタル領では手に入りにくいからって教えてくれた。
エンデアベルトでは、兵士さんやディック様が森でジャイアントビーを狩ってくるからついでに採れるハチミツは高くも珍しくもないんだけどね。オレ、エンデアベルトで良かったよ!
オレ達が応接室でお茶をいただいている間、クライス兄さんはフリオサ様と交渉に入る。
ディック様からの書簡を渡し、交易品や商会で買い付ける物、税金や運送などの込み入った話をしている。どれもこれも難しい話でオレは退屈になってきた。
でも、あくびをするとフリオサ様がニッコリ不気味に笑ってオレを抱っこしようとしたり、髪を撫でようとしたり。 お願い! 尖らせた唇を近づけないで!
「コウちゃん、退屈だったら絵本でもお借りする? ナンブルタル領に伝わる海賊や人魚の話なんか面白いわよ?」
サーシャ様の提案に一も二もなく賛成だ!
「おぉ、コウタ殿は絵本がお好きですか? すぐにお持ちします」
声を弾ませるフリオサ様。でも、どうせなら自分で選びたいな。
「ねぇ、オレ、自分で選んできてもいい? どんな本があるか知りたいの」
「では、メリルが付き添いますわ。フリオサ様、宜しいですか」
本来、貴族の図書室はあまり他人を入れないみたい。秘密って程ではないけれど、その土地の書物がたくさんあって、軍事に利用されと困るから。
でも、絶対ダメってこともでもないらしい。一応ってことでナンブルタルのメイドさんもついて来てくれた。
一階の応接室から二階に上がると、エンデアベルトと同じようにたくさんの窓から空が見える。
ここの窓は大きくてオレがジャンプしなくても外が見えるんだ。高台だから眼下の海が青くてキラキラしていて、お日様の光が温かくって気持ちがいい。中庭の花々も綺麗で、ヘンテコな形の彫像達を飾っていて面白い。ついつい、うっとりと眺めてしまう。
そうそう、メリルさんて凄いんだよ。若い頃、メイドの嗜みを競う大会で何年も優勝し続けて、殿堂入りになっているんだって。 ある部門の伝説のメイドだ。会えて光栄ですってナンブルタルのメイドさんが感激していた。
オレが外を眺めている間、メモを持ったメイドさん達に質問攻めになっていたし、応接室から離れると部屋のそこかしこから、憧れの目で見つめるメイドさんがたくさん出てきて、こっそり握手やサインを求めていたよ。
そんな時、庭の奥の方に見つけてしまった。フォルテさんの周囲にたくさんの兵士さん達。穏やかではない雰囲気。
ーーーードキン。
高鳴る鼓動。不安な気持ち。オレはじっと動けなくなり、フォルテさんの顔が浮かんでは消えた。
馬車の中の悲しそうな瞳。涙でぐしょぐしょになった頬。そしてーーーーオレを見て破顔してくれた口元。
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フリオサさん、ナヨナヨっとしたイメージです。可愛いもの、美しいものが大好きなのですが趣味がいいとは言えません。(ちなみに独身です)
ナンブルタル家は王都に本邸があって、お兄さんが主人を務めています。弟のフリオサさんはサースポートを任されているって感じです。
プライドが高い一族ですので栄えてはいても田舎であるサースポートには本邸の人は滅多に来ることはありません。