052 ーーーーわけねぇ!!!!
冒頭に酷い怪我の状態をイメージさせる描写があります。 苦手な方は気をつけてください。
するり、するり。
解いた包帯は奥に進むほど赤く染まっていく。慣れない血液と薬草の匂いに頭がクラクラするけど。ーーーーするけど、きっと大丈夫。
ドクリと高鳴る心臓の音がどんどん大きくなって速くなる。
ドキドキ、ドキドキ。
するり、ポトン。
最後にぐっしょり濡れた布と薬草の塊が落ちる。
「あ、あぁぁ、あ、あ、あ………………、ある…………」
フォルテさんが赤くなった拳を空に掲げて震えている。
もう痛くない?
ちゃんと治ってる?
オレは不安でしょうがない。この血は? もしかしてオレが傷つけちゃった? 分からない。 でも痛いって言われなかったよ。
フォルテさん、始めからこんな酷い怪我だったの?
眉尻を下げ、不安な心を解消するために、ザブリと魔法で水を流す。
「ねぇ、動く? 手を開いて、閉じて。 この傷、もしかして、オレ、オレの……せい?」
ゆるりと揺れる瞳が限界で、声が震えているのが分かる。
治すつもりが、とんでもないことをしてしまったのかもしれない……。
ご、ごめんなさい。
どきんとした心の音に、ぎゅっと目を瞑った瞬間、ぎゅぎゅぎゅっと胸が潰された。
く、苦しいよ。痛いよ。
目を開けても真っ暗な視界に手足をばたつかせるとようやく解放された。フォルテさん、すごい力だ。
「も、申し訳ありません。」
絞るように、低い声。だけど震えながらも力強い声。
「あぅ、あぅ、あ、ありがとうございます。こんな奇跡が……。 自分には勿体無く……、いえ、申し訳ありません。ありがとうございます」
フォルテさんは地面に頭を擦り付けて何度も謝り、感謝し、また謝って感謝した。
オレは何が何だかよく分からず、ただ立ち尽くすだけだ。
ふと見上げると、アイファ兄さんもクライス兄さんも、サーシャ様までもが目を見開いて呆然としている。遠巻きに見守る兵士さん達も……。
はっ、これって、やっぱり?
見つかってる?!
「ふぅ、コウタ!」
クライス兄さんが溜息混じりにオレの名を強く呼んだ。 怖い声。
魔法を使ったこと、気付かれた?
叱られる!!
オレは肩をすくめて覚悟する。
うん。叱られたっていいんだ。フォルテさんの傷がよくなったのなら。オレの胸は複雑な鼓動を奏でる。
「大丈夫かい? 怖くないかい? 気分は? 辛くないかい?」
頬に当てられた大きな手。矢継ぎ早の質問をしながら胸に優しく、強く引き寄せた。
さっきとは違うふわりと浮かび上がるような声。温かな腕。
ふと気がつくと目の前は血に染まった包帯が落ちていて、ぶっかけた水血液とが混じり合い、なかなかの惨事だ。
オレはこくりと大きく頷く。しゃがみ込んだクライス兄さんの腕の中から見上げると、呆れたような大人達の顔があった。
「コウタ、身体はだるくないかい? 魔力、随分使ったろう? だるかったら動いちゃ駄目だよ。魔力切れってやつだ。見た目じゃ分からないから、きちんと言うんだよ」
いつになく優しいキールさん。
オレはそっと兄さんから抜け出し、腕を回して手を握り、足を踏み鳴らしてみる。
「うん、大丈夫。だるくは……ないよ。ちょっと疲れているけど」
グンと近づいた濃茶の瞳がオレの漆黒の中をまじまじと見つめた。
「……ったく! とんでもねぇな。 何だ、これ? 腕が生えやがった。エリクサー級の回復だ。ちょっとは年相応なことをやりやがれ!」
ピンと飛んできた太い指。アイファ兄さんのデコピンは痛いけどいつもよりは優しい。心配してくれた?
フォルテさんは右手の怪我が酷くて、拳を丸ごと失くしたそうだ。それをオレが回復魔法で治しちゃったんだ。
失った身体を元に戻す最上級の薬をエリクサーって言うんだけど、とっても高くって貴族でも所有している家は殆どないらしい。そして、そんな魔法をオレが、三歳の子供が使えちゃったことが問題で……。
夕食はみんなでコウタ会議だって。何だか不安、叱られるよね〜?!
アイファ兄さんが道中で狩ったミドルスースの串焼きにかぶりつきながら、オレは言い訳に頭を悩ませる。
「だって、馬車の中で魔法が使えることがバレちゃったでしょう? どうせなら、しっかり治したいなぁって。回復?ってちゃんとやったこと、なかったし……」
モゾモゾと言い淀むオレにクライス兄さんが頭を抱えている。
「馬車の中のホワホワ魔法と回復魔法は明らかに違うでしょう? あぁ、父上の頭痛の理由が分かるよ」
「面目ない」
何故かフォルテさんが謝っている。
「一度バレたからって、もう何しても大丈夫って思っちゃたんだ?」
ニコルが愉快そうに代弁してくれた。
オレは安心して頭をブンブン振って頷くと、アイファ兄さんとクライス兄さんが声を揃えて怒鳴りつけた。
「「 良いわけねぇ!!!」」
シュンとしたオレをそっちのけにし、フォルテさんを交えてこれからのことを話し出す。
下手なことを言って叱られる。オレはお腹も一杯だし、兵士さん達と一緒に休憩所を歩く。
暫く行くと、柵の下の方から猿の幻獣が手招きをしたんだ。
やった! ふわふわの友達だ。
もちろんオレは柵に駆けて行ったよ。兵士さんは戸惑っていたから、離れて見ててねってお願いした。
柵に行くとウサギやリス、ネズミの幻獣達がたくさんいて、オレと遊びたがっている。
可愛いね。 耳がぴこぴこ、柔らかな毛がサラサラで、小さな瞳にオレと遠くの焚き木の火が映る。
あぁ、空は随分暗くなった。早く帰らないと危ないよ。此処は結界石のせいで入れないし。
『わたしなら連れて来れるわよ。中に入れば自分で出られるから、連れてきてあげる?』
ピピピと嬉しそうなソラ。
「本当? ソラ、お願い。 サーシャ様もメリルさんも可愛いものが大好きだし、ニコルは動物好きだから、きっと飛び上がって喜ぶよ。 あっ、でもみんなに大丈夫かなどうかちゃんと聞いてね。もうすぐ夜だから ちょっとの間だけだよって言ってね!」
『分かったわ。ピピ、ちょっと待っててね』
ブワリ。
白い光を纏って、大きな猛禽になって羽ばたいたソラ。あっと言う間に幻獣達を連れてきた。
うふふふ。なんだ、幻獣さん達、夕飯のサラダやおつまみのナッツ、デザートの果物が欲しかったんだね。
幻獣達を連れてみんなの元に戻ると、ふわふわ、きゃっきゃとはしゃいだ幻獣達が次々にお弁当に手を伸ばした。
オレの頭の上に乗り、背中を走り、もふもふの身体で、ふわふわの尻尾で、美味しいもので満たされた彼らは、みんなの手元にも駆けて行く。
「きゃぁ、なんて、なんて可愛いのぉ」
サーシャ様、美しい顔が何てこと?!
「はぁ、これは……。あぁ、夢じゃないでしょうか?可愛いと愛しいと大好きが……」
メリルさん、大丈夫?胸を押さえて悶絶しているよ。
「ちょっ? なんでこっちに来ないかなぁ? アタシ、ご馳走持ってるのに」
そうか、ニコルは……。怯えられてるね、幻獣達に。
にこにこ笑顔で猛禽のソラを抱きしめているとクライス兄さんの表情が曇っていく。
「あぁ、どうしてこうなっちゃうのかなぁ。君って秘密の大判振る舞いだねぇ……」
どんどん力が力が抜けていく言葉に首を傾げた。
「あぁコウタ。此処には誰がいるか分かってるのか?」
キールさんが優しく、でもヒヤリと冷気を纏って聞いてきた。
あれ? キールさんは喜んで、ない?
「えっと、サーシャ様にクライス兄さん、メリルさんに、アイファ兄さんたち。 フォルテさんにはバレてもいいでしょ? あ……、へ、兵士さんはダ……メ?」
指折り数えてギクリとする。フォルテさんが口ごもりながら、驚いて腰を抜かしている。兵士さんも。
「その、と、鳥殿は……? ペットかじゅ、従魔かと……」
ーーーーハッ!!
ソ、ソラのことって、秘密だったっけ?
きょろきょろと左右に泳がせた瞳で、皆の顔を見る。怒ってる? 呆れてる?だって、だって……。
「え、えっとぅ。気のせい! 気のせいなの。 ソラが大きくなったのも、幻獣と仲良しになったのも。 気のせいと、ぐ、偶然? 不思議だねぇ……。オレもびっくり……?」
「「「「そんなわけねぇ!!!」」」」
「ごめんなさぁい」
今日もありがとうございます!!
本日は幻獣達の呟きです〜♡
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
幻獣A「癒されたね! ご飯も魔力も美味しかった」
幻獣B「でも危なかったね。 もう少しで連れてい
かれそうになったよね」
幻獣C「やっぱり? あの目つきはヤバかったね。
まじで喰われるかと思うくらいよだれ垂れて
たし」
幻獣A「あのメイド、ただ者じゃないよ。逃げられ
ないような絶妙な力加減」
幻獣B「いやいや、本当にヤバいのは金髪女だよ。
逃げようとしたらサッと下がった気温に冷た
い目。思わず媚びを売っちゃった」
幻獣C「だけどあの赤毛はないわ〜。あれってうち
らの真似?幻獣気どり?」
幻獣B「いやぁ、あんなに危険な匂いを出されちゃ
ね〜。あれってアッチ系?」
幻獣A「少なくとも金の魔力に相応しくないわ」
幻獣B「出てくる物語が違うんだよね〜、あれはな
いわ」
幻獣C「でも、あの子には惹かれるよね。またうっ
かり近づいちゃいそう」
幻獣A B「「 だよね〜。 癒されるよね〜」」