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049 3歳と


「これかな?」

『違うよ、違うよ。もっと右』

「こっち?」

『その上だよ』

「これ?」

『そう!』


 オレが手を伸ばせば、あっちだこっちだとたくさんの声。やったぁ! また当たった!


「ちびっ子、誰と喋ってんの?」

 オレンジの瞳が俺を映す。ことんと首を傾げてからニッカと笑う。うふふふ。内緒。


「今度は、これと……、これ!」

 同じ数字が並び、ソラとえへへと含み笑い。


「何だ? どう考えたってイカサマじゃねぇか」

「いや、兄さん。このカードはうちのだし、仕込みようがないって」


 アイファ兄さんはイライラし、クライス兄さんとキールさんは首を捻る。オレ達はトランプをしてるんだよ。


 山では木札を加工して作ったトランプもここでは紙を加工している。貴族の家なら大抵あるんだって。この国は凄いね!

 

 今やっているのはカード合わせ。裏にしておいたトランプをめくって数字と数字を合わせたら勝ちっていうゲーム。


 ニコルがめくって失敗したあと、ずっとオレ! だって失敗するまで続けてやらせて貰えるんだもん。たくさんの不思議な声のおかげで、ずっとオレの番。


「くわぁ! 何だよ、コウタ一人で全部終わっちまった。 面白くねぇ」

 結局一度も番が回ってこなかった兄さん達。つまんないって怒り始めて、もうお終いっていうけれど。


「えぇ?! もう一回、お願い!!」

 オレは瞳をうるっとさせて懇願する。だって、せっかく懐かしい気持ちになったのに……。


「なぁコウタ。まっさかこっそり魔法を使ってないか?」

ーーーーギクッ。


 キールさんの一言に胸がチクッと痛む。魔法は使ってないけど、声が聞こえるって魔法? また魔力漏れ?


 キュッと結んだ唇にクライス兄さんがくるくると頭を撫でてくれた。

「コウタ、トランプに手伝わないでって言えるかい?」

「え? 言えるけど……」


 確かにこれじゃ、一人だけズルしているみたい。オレは素直にこくんと頷いて、トランプ達に手伝わないでと頼んでみた。

 次はセブンカードだって。初めに7のカードを出して、そこから順番にカードを並べるゲーム。これなら声が聞こえてもズルにならないよね。


 シャッシャ。キールさんが操るかのように器用に美しくカードを切る。かっこよくて、わぁと見惚れたのはオレだけ。みんなはギロっと目つき悪くその手元を睨んでいる。

 キールさんはニコルに次いで器用だから不正しないかを見張っているんだって! そんなことしないのに。


 シュッシュッと一人ずつにカードを配るけど、あれ? 何かがおかしい。


「わぁ、これ、動かない。うぉっ、今度は勝手にカードが動くぞ?!」


 キールさんが配る手を止めれば、シュッシュとカードが流れるように交わっては入れ替わり、オレの手元に集まってきた。何で?

 みんなでそっとカードをめくれば……。うん、駄目だって言ったのに。


 オレのカードは6、7、8の数字で埋められ、これじゃぁどうやっても一人勝ち。きららと嬉しそうに艶めいたトランプ達にみんなでため息をついた。



「じゃ、これにしようかな?」

「うふふ……」

「やっぱ、こっちにしーよう」

「えっ? あぁ……!」


「きひひ、上がりだ」

「ふふふ、またコウタの負けだよ」


 く、悔しい。一向に勝てなくなったオレ。これでもう3連敗。オレはババ抜きにはめっぽう弱い。


「くふふ、ざまぁだ。 お前、すぐ顔にでっからよ」

 相変わらず口の悪いアイファ兄さん。

「ちびっ子、ババ抜きはポーカーフェイス。札に触られるたび、視線や表情を変えたら、とられたくない札が丸わかりだよ」

 ねぇニコル。そんな顔して慰めたって嬉しくないよ。


 オレってばそんなに顔に出るのかしら? 不機嫌になりかけた時、兄さん達はディック様に呼ばれて執務室に行ってしまった。つまんないの!



▪️▪️▪️▪️

 パタタと散歩に飛び立ったソラも見送って、サロンにはオレとラビとクライス兄さんの3人(?)になった。


「ふふふ。コウタの独り占めだ」

クライス兄さんの紅茶色の瞳がオレをじっと見つめる。


 えへへ、オレ、ポッと赤くなったかも? 訳もなくドキドキしたので、暖炉の前でへそ天をして寝入っているラビに飛びついた。


「ブギャオゥ」

 バシと飛んできた爪にガチと応戦し、驚かしてごめんねと顔を埋める。


 短い尻尾のフサフサがじっとりとしていて、ちょっと寂しくなった心に追い討ちをかけた。



「もう、コウタってば。僕がぎゅっとしたいのに」

 絨毯にゴロン。一緒にラビを転がしてお腹に顔を埋めたら、ちょっとくぐもった薪の匂いがして落ち着くよ。


 さらりさらり。

 兄さんの指がオレの漆黒を撫でると、オレの指も白い腹毛を柔らかく解く。


 兄さんが目を細めてオレの頬を撫でれば、オレもうっとりしてラビの桃色の首毛をそっとまさぐる。


 絨毯に寝そべって足をバタつかせた兄さんが、オレとラビを交互に撫でれば、オレだってと負けない気持ちでラビを乗り越えて兄さんの金糸の髪に手を伸ばす。


 うふふ、あはは。

 本当の兄弟ってこんなかな? アックスさんとは違ったゆるゆるの心。だらりとくたりとしても互いに許し合っちゃうこの感じ。


「ねぇ、クライス兄さんは呼ばれなかったね」

「ん? ああ、父上に? 僕は大丈夫。コウタ一人、ほっとけないだろう?」


 指でオレのおでこを、さすさすしながらふふふと笑った。


「オレね、山では何度も留守番したの。いい子でずっと待っていられたのに……」

 なぜ、ここでは待つことがこんなにも怖いのだろう。ディック様や兄さん達が戦いに行くのが怖い。でも……、魔物が住む世界だもの。仕方がないのはわかってるのに。


 モゴモゴと言葉にならない気持ちを呟く。ああ、オレって我が儘だ。自分勝手だ。


「くすくす。3歳だもの。それでいいんだよ。普段は大人顔負けで、僕達と普通に会話しちゃうから忘れてるけど、普通の3歳は我が儘で理屈が通らない生き物なんだよ」

「生き物?」


 こっくり頷いた兄さんは突如オレをぎゅっと抱き上げて悪戯な瞳で答えた。


「普通の3歳にしてあげよっか?」

 そう言うと、サッと立ち上がりオレを肩車して走り出した。


「わっわ! びっくりした。 わぁ、ぶつかるよ、走ったらメイユさんに……」

 オレはびっくりして大慌てだ。兄さんの頭を掴んで翻弄される。


 カチャとサロンを抜け、ホールに出る。中央階段をシュタタと走れば、グンと高い視界に見慣れた景色が違って見える。

 手すりを飛び越え2階から飛べば、ブランコみたいなヒュンとした風がお腹をくすぐる。


「きゃぁ、クライス様?! いけません」

 すれ違ったメイドさんが驚いて注意をしたけれど、オレは兄さんの眼を覗き込んで悪戯っぽく破顔した。


 そのまま裏庭に出て、火照った頬を冷やすように、いや、もっと火照らせるように、兄さんに抱きついては降ろされ、また抱きついては地面を転がる。


 きゃはは、あはは!


 3歳ってなんて素敵!

 兄さんってなんて素敵!


 あがる息がもどかしくって、もっともっと兄さんに抱きついていきたいのに!

 ドキドキと弾む胸が、もっとパンパンになって「楽しい」で膨らんでいく。


 外に出れば散歩に飛んでいたソラも合流。大きな猛禽になってクライス兄さんにパタと飛び蹴りだ。


「わぁ、ソ、ソラ?! 待って待って」

 オレと一緒にドンと体当たり。よよとよろめいてみんなでゴロンゴロン転がり合う。

 ふわっと跳ねたソラに捕まり、起き上がりざまの兄さんに飛び乗って、細くがっしりした身体をぎゅっと掴むと、またまた一緒にゴロンゴロン。


 ピピピ、ピピピご機嫌なソラの歌。

 ふわり膨らむ極上の羽根。


 ああ楽しい。あぁ嬉しい。


 ゴクンと飲み込む唾さえ絶え絶えで、はぁはぁと弾む息が苦しくって、落ち着くように空を見上げればシルバーグレイの光の隙間からキラキラと粒雪が舞い降りてきた。


 そっと手を伸ばす。


 短くて小さい3歳の指と、大きくて優しい17歳の手の平。

 キラキラと薄光を帯びた雪がしゅわわと溶けていく。オレ達はまた笑い合った。




▪️▪️▪️▪️


「ふふふ。ほらね。普通の3歳になれただろう。普通の3歳はたくさんはしゃいだら寝るものさ」


 ピピとさえずるご機嫌な小鳥を肩に乗せ、ひょいと幼子を抱き上げた17歳は、シルバーグレイの空をキュッと見上げて、大人の顔に戻っていった。





読んでいただき、ありがとうございます。


 残暑厳しくお疲れモードのYokoちーです。皆様は大丈夫でしょうか?

 本編、ちょっとハードモードの局面ですので、閑話のような癒しのお話でした。物語の足場が落ち着くまで、頑張ってお付き合いくださいませ。



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