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048 それでいい



 館に戻るとホールには大きな机が出され、クライスが書類をまとめていた。

 目撃者や被害状況、負傷者の手当てなど、兵士長と連携を取り、既に処理の大半が済まされており、頼もしい限りだ。


「助かった。こっちは済んだが……コウタは? 大丈夫か?」


「お帰りなさい。詳細は兵士長に。大体は終わってるよ。王子様は……」

 何やら困惑した顔でサロンの方を指す。まぁ、そうだろうよ。



カチャリ。 ズズズ、コトン。


 そっと扉を開けると、小さな背中がコロンと押し出され、丸まったコウタが転がり出てきた。


 丸くなったラビのように足を抱えたまま俺を見上げる。

 ぱちぱちと瞬く瞳とは対照的に真一文字に結んだ唇が心の内を表している。


 きっとこの顔で、この姿勢で、扉にもたれかかったまま、俺達の帰りを待っていたのだろう。ソファーで寛いでいたサーシャが目配せした。


 いじらしさと優越感でふふと笑みが漏れる。少し上がった眉。


 くくくっ。怒ったか? まあいい。この分なら大丈夫だ。


「帰ったぞ。待たせたな。とりあえず俺は風呂に入るが、どうする? 一緒に入るか? それともアイファと入るか?」

 微動だにしない奴を覗き込むと、またぱちぱちと瞬きをする。


 対岸でアイファもしゃがみ込む。

「どっちだ? 俺は早くスッキリしてぇんだよ」


 何頭も仕留めたアイファは返り血を浴びている。コートは脱いだものの……臭いぞ。


 ゆっくりと目線を移し、迷った姿を見せると、ぐんとオレンジの髪が割り込んできた。


「やっぱ、アタシと一緒がいいよね」

パチンと決まったウインクにガバッとはね起き、俺の背に回る。可笑しいが笑ったらもっと怒るだろう。我慢だ……、ククッ。





「何だ、結局ディック様はやっつけてないの?」

 湯船に横たえた俺の腹に乗ったコウタは不満げだ。


 まぁ今回の手柄はアイファに譲ったが、いや、敵が俺の威圧でビビったから隙のあるアイファを襲ったのだが……。


「結果的にはそうなるが、別に俺が弱いわけじゃねぇぞ」

 背に湯をかけながら答えると、小さな鼻が俺の顔に近づく。じっと俺の目を見て、ニッパっと笑うとごろんと体勢を変えようとして、ボチャン!!


「お、おい!!」


 慌ててすくい起こす。

 何をやってるんだ、コイツは。


 コンコンと咳き込み恨み顔で見上げるから、お前が勝手に落ちたんだろうとザブンと湯から上げてやる。


ーーヒュウ


 ブルル!!!!

 冷風を送りやがったな?!


 ドブンと身体を沈めて湯を纏うと、奴の頭にザンブリ湯を浴びせかける。コウタは勢いでつるんと滑って倒れ込んだ。

 やれやれだ……。


 抱き起こして顰めっ面に俺の頬を擦り付けてやる。どうだ? 降参か?


 ウキャキャと笑って身体を捩るコウタをぎゅっと掴んで逃がさない。


 あったかい。

 柔らかい。


 ほにゃりと崩れそうな顔を何とか保ち、湯から上がると、くねる奴の身体をタオルで包む。互いの額を合わせれば、コイツはもうご機嫌だ。


 それでいい。


 サロンで火照った身体を横たえるとお決まりの『ブオン』で俺の髪を乾かしてくれる。クライスが笑みを堪えながら飲み物を差し出す。


「父上、エールは駄目だよ。紅茶にする? それともベリーミルク?」

 チラリと目を向けにんまり答えてやる。

「もちろん、ミルクだ」

「えーーーーー!!」


 慌てたアイツの顔ときたら……。


 本気で俺がミルクを飲むと思ったのか? クライスの手から急いでミルクをもぎ取ると勢いよくゴックン!


うっ、コンコン!

   ゴホッ!


 あぁあぁ、何やってんだよ。

 クライスに背中をさすられ涙目だ。


 半分瞑った目が顔の中心に集まる。駄目だ。もう、我慢ならん。


 すさんだ現実を忘れさせるかのような笑いが広がる。コイツはこれでいい。


 敷物の上にゴロンと横たえ、積み木を1つずつ並べて、ソラがぴょこぴょこ、ジグザグと積み木の間を歩く。カタと倒れた積み木にキャッキャと喜び、途中ラビが乱入して踏み倒せば、わわと追いかけ回る。


 無邪気な姿に俺達の心が救われる。こいつはそれでいい。




 俺達が出払った後、クライスは兵士長と情報をまとめるために拠点を築く。詰所に置くことの多い拠点だが、兵士長と古参が階段で立ち尽くすコウタを心配し、せめてクライスの気配を近くに感じられるようにと館のホールになった。

 そして怪我人も兵舎で引き受けてくれた。


 サーシャとメイド達がコウタの手を引いて自室に連れて行こうとしたが、押し黙った奴は動こうとせず、何とかなだめて仕方なくサロンで待つことに落ち着いた。

 辛い経験をした奴だ。血生臭い現実に晒すような負担をかけたくないが……。

 非常時だからな。




 サースポートからの行商は、長期休暇を前にたっぷりの荷を積んでいた。

 うちからの発注もあり、いつもの護衛の他にナンブルタル領の私兵も四人ついていたそうだ。


 異変は村への最後の野営地で起こった。

 明け方、野営地内にジャイロオックスが忍び寄る。結界があったにも関わらず。


 薄汚れた奴の毛が赤く染まった頃には、野営地はゴブリンやコボルトらに囲まれていたという。


 数台の馬車や荷車がいた野営地。それらの間をぬって逃げ延びた先にウルフの群れが襲いかかってきた。

 護衛と兵士で応戦するも数が多すぎる。

 そしてその周囲を取り囲むように、ワイルドウルフ。逃げれば逃げるほど敵がどんどん強くなっていく。


 荷を失い、馬を失い……、死に物狂いでここまで辿り着いたのだ。

 商人を守った兵士が息絶え絶えに語った。



 彼はナンブルタル領の若き兵士であり、勇気ある同胞に商人の命と我が領への警告を託された。


 商人を守る(おとこ)達が一人、また一人と囮になり、最後に守り切ったはずの商人でさえ事切れていたことにショックを隠せない様子だ。

 この兵士は拳を丸ごと失い、頭や肩にも怪我を負ったが、手当が間に合い、命に関わるものではなくなった。


 だが、それ故に悔しさが募ることだろう。上官は結婚したばかりだと嗚咽を漏らす男に、多くの(おとこ)達が胸を切り裂かれた。




▪️▪️▪️▪️


「結界が効いてないか、結界をものともしなかったのか?」


「ジャイロが来たのは偶然か? それとも斥候役だったってことか?」


「ボスがケルベロス? それとも偶然にケルベロスが率いた群れと遭遇したのか?」



 いくら会議で話し合っても結論は出ない。何にしても有り得ない事態なのだから。

 早馬と伝達鳥で近隣の領主に注意を呼びかける。


 『四つ足の群れの襲撃。エンデアベルト領内にてボスとなるケルベロス討伐。サースポート方面、注意されたし。』



「ーーで、村の奴らの冬越しはどうだ?」


「今回で最後の行商だと発注をかけていた家がほとんどです。これで冬籠りに入ると厳しいでしょう」


「うちの備蓄を出せば何とかなるか?」


「雪の状態が分かりません。雪量が多いと不安が残ります」


「魔物の襲撃はこれで終わりでしょうか? もし村が襲われた時、備蓄に不安が残るのはいかがなものかと」



 行商は危険が伴う仕事だ。また重労働でもある。 失ってすぐに新たな行商など手配できるはずもなく、やはり誰かがサースポートまで冬越しの荷を買いにいく必要があるだろう。



「はいっ! オレ、オレ行ってくる」

「何でお前が行けるんだよ?ーーてか、大人の話に入って来るんじゃねぇ」


 緊張感なくちんまりした手を挙げた奴にアイファがツッコミを入れる。いつの間に執務室に紛れ込んだのか。


「オレ、怖くないよ! ソラだっている! ソラがいればみんなのことも守って貰えるよ」

「馬鹿野郎! こんなガキに守られっかよ」

「オレ、魔物だったら戦えるよ。チビチビラットだってひと弓で狩ったし」


「何それ?! チビチビラットって! 聞くからにちびっ子じゃん」

 腹を抱えたニコルに、クライスの目がキラッと光った。


「コウタ! どこで狩った? 伝説の魔獣だ。スライムとどっちが強いか、謎大き魔獣。大発見だ。厄災で絶滅したと思われたのに」

「えっ? えっと……。や、山」


「おいおい、話が進まん。だが、もう少し様子を見て考えよう。襲撃もあるが、護衛の兵についてもな……」


「だから雪が迫ってんだろ? 悠長なことは言ってられねえぞ」


 キリキリとイラつくアイファ。冬の危険性を十分承知しているが故だ。だが、ちっこい奴も頑固一徹。


「オレ、連れてってくれなかったら泣いちゃうよ。もう兄さん達を待つの嫌なんだもん。いっぱい泣いちゃって、涙の海を作っちゃうから! えっへん」


 盛大にドヤ顔をして宣言したコウタに、皆は一斉に吹き出す。


「「「ぶぶっ、ぶぶぶぶ」」」

「「「や、やめて、は、腹痛い」」」


「な、何で? どうして笑ってるの? もう知らない」



 俺達は不機嫌に唇を尖らせた坊主に、コイツはこれでいいと口角をあげた。そして今後の対処に知恵を巡らせつつ大きな溜め息をつくのだった。

 


 土曜日だって振替休日が欲しいと願うYokoちーです。

今日も読んでくださってありがとうございます。


 いいね、ブックマークなどアクションを起こしてくださると励みになります! コウタのちょっとズレてるトンチンカンさが伝われば嬉しいです。

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