047 四つ足
いつもありがとうございます。
残虐な場面をイメージさせる表現があります。苦手な方はご注意ください。
今朝早く、巡視の兵が飛び込んで来た。
例の湖の畔。
漆黒の狼の姿を目撃したと。幸いなことに今回も被害はない。だが……、簡素とはいえ村の柵の中だ。ワイルドウルフなんかは入り込めない。Gに間違いない。
ウルフ、コボルト、ワイルドウルフ、ジャイロオックスにオルトロス、ケルベロス。攻撃的で恐るるべき魔物を俺達は四つ足と呼んでいる。
先日、アイファ達に調査に向かわせた森は、考えられない程に四つ足の魔物が増えていた。
調子に乗って隣森まで足を伸ばしたようだが、それにしても多い。遭遇した数も……一つの群れの大きさも。
何かが起きているのか? 奴らが街道まで溢れなければいいが……。
古木に実る時告げの実。
大きさは変わらないが、少しずつ緑から茶色に変化している。あれが金色になった時が神獣の交代だ。神獣は神の使い。悪いことではない……。
だが、Gよ。
お前が仕える神とは何だ? 凶暴な習性、漆黒の長毛。創世神に使えるフェンリルと同等か? 対称か?
この地を守る白龍が去るというのか? それは寿命か? それとも?
ふぅ。
考えることが多すぎる。性に合わねぇ。その時が来れば解決するのだろうか? 村は? コイツらは? 無事でいられるだろうか?
駄目だ。堂々巡り。疑問ばかりいくら呈しても埒があかねぇ。
上目遣いに俺を映す瞳がくるくると表情を変える。能天気な奴が口を開けろとせがんでいる。
何だ?
促されるまま口を開けると小さいスプーンがグイと押し込まれた。
「アチッ! 熱いぞ!! ……、何だこりゃ? 美味い……?」
「もう、だからフウしてって言ったのに! ふふふ、でも美味しいでしょ?」
ミルクスープで作ったパン粥にチーズを乗せて軽く炙ったものだ。粥は歯ごたえがなく、喰った気がしないが、今日のは野菜も肉片も入っていて、さらに焼かれたチーズの香ばしさとコクのおかげで物足りなさが補われる。
ふむ、垂らされたハチミツの甘さもチーズによく合うな。
「じゃぁディック様もチーズを焼くね」
コウタは嬉しそうに俺のパン粥にチーズを乗せると、小さな手の平を広げた。暫くすると光を纏った手の平の下から香ばしい香り。
「ほう、便利だなぁ。美味そうだ」
トロリと溶けたチーズが光沢を帯び、徐々に薄っすらとついた焦げ目が食欲をそそる。
そこにたらりとハチミツを垂らして俺の前に差し出した。
チーズにハチミツ、にこにこコウタ。 朝っぱらから甘すぎるぞ?
ふふと緩む唇にホッとひとときの癒しの時間だったことを思い出した。
「はぁ〜、今更だけど、コウタって自然に魔法を使うんだよね〜」
「だって魔法じゃないって思ってたし……。 ねっ、クライス兄さん、チーズって目の前で焦がした方が美味しそうでしょ? 今まではやらなかったの?」
「う、うーん。パン粥はよく食べるし、チーズもセットにするけど、こんな風にミルクスープで作ったり、チーズをのせて焦がして食べたことってなかったよ。それにチーズと蜂蜜って……。試した事はなかったんだけど。とっても合うよね。」
「えっ? そうなの? これはね、グラタンって言うんだよね? はちみつは味の変化にちょっとだけだからね。 うふふ、今日は美味しい記念日だね」
ふわりと笑うコウタに、皆の顔がとろける。
「ねぇ、最近、オレの好きなものを出してくれるけど……、みんながよく知らなかったってこと、多いよね? 不思議だね?」
ハフハフと伸びるチーズと格闘し、頬を赤らめるコウタにサーシャがギクリとする。
「さぁ、なぜかしら? コウちゃんをみてると急に思いつくっていうか……。愛情よ、愛情。 コウちゃんが喜ぶかなぁって考えると思いつくのよ」
苦しい言い訳だ。
どうせ赤い本から押し付けられた知識だろう。あいつの好物のレシピがあったからな。まぁ俺には役に立たねぇ知識だが……。
溶ろけた朝食のおかげだ。
少し浮上した気分で執務室に入る。既にセガが領の地図を広げて待っていた。警備の再確認、そしてグランへの対処を話し合う。
時告げの実が変化するまでにはまだまだ猶予がありそうだが、奴に我々の力が及ぶとは考えにくい。穏やかに実を喰らうだけで済んでくれればいいのだが……。
冬の空が低く垂れ込めると冷え込みが一層厳しくなる。こんな日は、じきに雪になる。
村に来る行商もそろそろ長い休みに入るだろう。本格的に積もる前に足りない食糧や資材を調べ、村の蓄えを万全にしなければ。
だが、あの行商は優秀だ。おそらく十分な商品を運びこみ、根こそぎ売り払い、ほくほくした顔で帰っていくはずだ。
面倒くさいが、気だるい思考を必死に巡らせていたその時、館の扉をぶち破って兵士が転がり込んできた。
「お館様、四つ足です!! ぎょ、行商が……行商が襲われました。村のすぐ近くまで残党が……!」
「なっ?!!!!」
セガと二人、執務室から飛び出すと、廊下の奥で動きを止めた白い顔が目に入った。
ーーーーすまん。だが、今は……。
惹かれる想いに蓋をし、馬を繰って村の入り口まで急ぐ。
ほんの目と鼻の先だ。
ズタズタに引き裂かれた身体で絶え絶えに横たわる行商人と真っ赤に衣服を染めて行商人を運んできたであろう護衛。
目視できるほどのところで、対峙するのは兵士たち。正に群れ……四つ足達の。
方々に散らばるのはワイルドウルフ、あれはジャイロオックスか?
おこぼれにあやかろうとするのか、ゴブリンやコボルトなんかも混じっている。追いかけてきた四つ足だけでもざっと30頭以上。雑魚まで合わせりゃ50を優に超える。
だが、雑魚はキールとニコルで十分だろう。
そして、今、兵士が戦っているのは、見上げるほどの大きさのケルベロス。
頭が三つある犬だ。十数頭の取り巻きに囲まれて、凶悪な牙を武器に、低く唸り声を鳴らす。
奴らは厄介なことに魔法を使う。その頭ごとに属性が違い、その1つずつを潰す必要がある。誤って身体から仕留めると残った頭の魔力が暴走して爆発するからだ。
人語を操るほどではないが知恵が働く奴だ。おそらくこの群れを率いてきたボスだろう。
ーーが、この辺りは生息域から大きく外れる。妙だ。
「引けー! 引けー!! お前達では力が及ばん! 村には入れるな!! 入り口の守りを固めろ!!」
俺の声に兵士達の顔が安堵する。
僅かに気を抜いた奴を鋭い爪が掠めた。
馬鹿野郎!! 気ぃ抜くんじゃねぇ!
馬を降り、俺達は威圧を強めてゆっくりと奴に近づく。
ーーーーお前の力を測ってやるぜ。
ピタリ。
シュッ、シュリッ。
俺達の威圧で奴の取り巻きが一頭、また一頭と離脱する。
ザンッ! ザクッ!
ーーーーグュァアアアア!
離脱した奴からアイファが一薙する。
一つの目でその様を見たケルベロスが氷の岩をゴロゴロ飛ばしてきた。あいつは氷属性か。
ガツガツと氷岩を剣で弾き切ると、セガが奴の口の中に炎柱を叩き込む。
グゴッ、キュイン!
グルルルル・・・・
低く重い唸り声に牙から滴るよだれが殺気を強めた。
ーー来るか?
右に左にジグザクと軌道を読ませない見事な走り。だが奴は俺を避け、アイファに突っ込む。
チッ ……遅いぜ!!
ーーーーズシャッ!!!
飛び掛かる隙を与えられなかったケルベロスは半身を切られたことを知らず、地面に突っ込むと、暫く足だけを動かした。
「「「伏せろ! 爆発するぞ!!」」」
グァアアアア ドッカーーーーン!!
残った炎と雷の頭が暴走し、遠吠えの柱を打ち立てたケルベロス。断末魔と共に小さな魔石となった。
音もなく降り始めた雪が斬撃の後を消し始める頃、ニコルが猛禽の従魔で残党がないことを確認し、俺達は処理を兵達に託して帰宅した。
あの様子じゃ商人は駄目だ。護衛らしき奴から証言が取れるといいが……。
一体何が起きているのか?
うちの領でケルベロスか。冗談じゃねぇ。アイツらはもっと北部の険しい山んん中にいるはずだ。
普通の護衛じゃ手に余る。それに、いかにケルベロスとは言え、こんなに他種族を手なづけるものか?
ゴブリンやコボルトなんざウルフやジャイロの餌だろうに…。
情報が必要だ。
それに今日の行商で得られたはずの冬越しの糧。村の連中の蓄えは十分だろうか。
頭痛の種がまた増えた。
あぁ、頭痛の種といえば、アイツは大丈夫だっただろうか? 心配……していないはずはない。
うつむいた顔を上げると、アイファと目が合った。
コイツも同じことを考えていたのだろう。互いに苦笑いだ。
じきにまた残務処理で慌ただしくなる。その前に小さなボスにお目通りをしておくかな。
冷たく硬い雪が俺達の足跡を消していった。
前回の誘拐騒動では注意喚起できずに申し訳ありません。たまに残虐な場面が顔を出します。ほのぼの、もふもふを満喫したいのですが……。
賛否あるかと思います。
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