045 やり過ぎだ
アイファ兄さん達が出かけてたった二日だったのに、随分と久しぶりの感じがする。
夕食はびっくりするほどお肉に溢れていた。
オレのリトルスースは塩漬けにしたからスープに。大きな塊がスルッとほぐれる程煮込まれていて、豚の脂が甘く、煮込んだワインのコクと合わさっている。昨日のステーキとは違った美味しさだ。
マアマが切り分けているのは、ガーデンベア。アイファ兄さん達の手土産だって。熊肉なのにふわりと柔らかい。淡いピンクの断面からはジューシーな肉汁が滴って、オレの柔い顎でも噛み切れる。
串に刺さっているのはチーズとブルの串焼きだ。トロリとしたチーズと野菜、荒ブルの野生味溢れる串は本来の夕食予定のメニュー。
兄さんが中々家に入って来れなかったのは、ガーデンベアのせいだって。
収納袋に入れたガーデンベアを裏庭で出して、みんなで解体。当然、沢山の血糊が出て、オレに見せられる状態じゃなかったんだ。あぁよかった。だったら一言、教えてくれてもいいのにね!
デザートは何とアイスクリーム!
ショットさん渾身の一皿だ。沢山のフルーツも添えてあってお腹いっぱいだったのに頑張って食べたよ。だからちょっと瞼が重くなって来たの……。
食後はサロンで報告タイム。紅茶とお酒、もちろんオレはホットミルクで。
「ほらコウタ。アイファ兄さんに狩りの話をするんじゃなかったの?」
クライス兄さんがオレの頬をゴシゴシ擦って起こしてくれるけど、閉じた瞼が離れない。
「そうなんだけど……、オレ、オレ……寝ちゃいそう。 眠くないのに……。寝ちゃう、寝ちゃう……」
「くくく、まるでまだ寝てないって感じだな」
「目ぇ開いてないよ。ちびっ子、寝るには早過ぎるよ」
「お、起きてるよ……、だってソラがラビのベリーと……執事さ……んだから……」
アイファ兄さんとニコルの声が遠くで聞こえて、昼間の出来事がほわんほわんと頭に浮かんでは消えた。
▪️▪️▪️▪️
「ーーーーで、ギルドが支払いを保留にするって事態について、説明してもらおうか?」
父上の言葉に『砦の有志』一行は唾を飲む。
穏やかな口調の裏に強烈な怒りが込められていることを察知したから。僕は記録係だ。後からギルドの報告と照らし合わせないといけないからね。
キールさんが言いにくそうに話し出す。
「いや、その……、ほら、コウタを安心させるために無茶はやめようって話になったんだ」
「そしたらさ、この馬鹿が、どの程度だったら無茶なのか分からないって言い出して! アタシは、今回は調査だから獲物には手を出すなって言ってたら、出たんだよ。 ジャイロオックスが。 そんなに大きな個体じゃなかったから、調査対象から外れるだろう?」
ニコルが続く。
「……、当然、狩れる獲物は少ないからさ、俺が仕留めるって言ったら、この野郎が魔法で瞬殺だ! 面白くねぇじゃん」
不貞腐れたアイファ兄さん。
「ジャイロオックスは魔法がセオリーだろ? 何の問題もないはずだ」
「いや、俺の剣でも楽勝なのは分かってんだろう? 見せてやったろうに」
「アンタ達二人がムキになっから、ちゃんと索敵で見つけてやったでしょう? なのにアタシのガーデンベアまで殺ることないのに!」
「何だと? お前、俺たちに援護しろって言ったろう?」
「あれは危なかったらって! 勝てる相手を掻っ攫うんじゃないよ」
今にも取っ組み合いをしそうな三人の剣幕にセガさんがヒヤリと殺気を放った。
「つまり、何だかんだと索敵までして獲物を獲りあった結果ですね。さて、どれほど狩られたかお教え願いますかな?」
柔らかい笑顔に引き攣った三人が指を折って数える。
「て、手頃なジャイロちゃんを三頭程……。途中で出会ったワイルドウルフの群れが十五頭ほどか……な?」
「ほう、ワイルドウルフの群れですか。群れとしてはいくつでしょう?」
ググッと言い淀んだニコルに食い下がるセガさん。
「み、三つくらいかな?」
誤魔化そうとしたキールさん。キッと目線を送られるとすぐさま修正を入れる。
「そのうち二つは20頭はいたかも。何しろアイファの一薙と俺のアイスニードルで混戦だったし……」
頷くセガさんは兄さんにニッコリ微笑む。
「あ、あとはさ、一応調査だし、ちょっと足を伸ばそうかなと思ったら、ゴブリンの村を見つけちゃって……」
「左様ですか。隣の領の森まで調査されたとは感服ですね……」
穏やかな口調に三人は一層たじろく。
「さすがに、ゴブリン村はヤバいしさ。コウタが襲われたらって心配になって!ゴブリンキングまでいたしさ!」
慌てるニコルにセガさんが念を押す。
「承知しておりますよ。コウタ様の安全のためでございますね。隣領の深き森で……。ゴブリン村一つ」
セガさんはチラリと僕の記録に目を向ける。
父上は両手で顔を覆う。母上はもう溜息しか出せない。
「お前達……。討伐隊を組むレベルを……。まあいい。続けろ」
「いや、もう。 そういやぁ、俺達はもういいって言ったのに、ニコルのやつがガーデンベアを殺るんだって穴倉まで索敵して……」
「ちょっと、そこまで言う必要ないでしょ?」
「……で? あの美味いベアちゃんは全部で何頭かなぁ?」
父上は妙に優しい口調で尋ねる。
「裏で解体したのは三頭。それとは別にもう…………さ、三頭?」
上目遣いに父上を見上げる三人に、雷が落ちる。
「やり過ぎだ! 一森どころか二森三森。狩り尽くすにも程がある。仮にも領主の息子が自領の魔物を狩り尽くしてギルドの金庫を空っぽにするとは何事だ! 自覚が足りん!!」
「で、でもよ。冬だし、冒険者は少なくなるだろう? これでしばらくは魔物の心配はないから、安心できるだろう? ほら、コウタの、例の本が形を変えた収納袋の上限も知っておきたいなぁ……なんて。」
自身を正当化する兄さんに、またもやセガさんが微笑む。
「ええ、ええ。街道の方も安心で御座いますねぇ。野盗は幾つほど……?」
「うっ、野盗はいいだろう。悪い奴なんだ」
言い淀む兄さん。
うん、野盗は幾つでもいいけど、兄さん達は間違いなく襲われないよね。罠でも張らないと……。僕も興味深々だ。
賞金首で味をしめた? それとも暴れ足りなかった?
うん、後者だね!
結局、野盗は二つほど。だけどアースリザルトにワジワジ、野良ブルに荒ブル。荒野の魔物も相当狩っているらしい。
兄さん達は、寒い森で震えながら野営するなんて冗談じゃない、たった一晩、寝ずに身体を動かした方が楽だろうと、一晩中、魔物を狩っていたようだ。
翌朝は調査が終わるのが早過ぎると疑念を抱かれないように、荒野の方に足を伸ばして魔物と野盗狩り。
はぁ……、僕の仕事、絶対増える。数日の間のめちゃくちゃな数の魔物狩り。どうやって報告すりゃいいの?
「この親にして、この子ありですか……」
意味深なセガさんのセリフに思わず顔を上げる。
ん? この親? まさか父上も?!
セガさんは、腰の皮袋からジャラリと魔石をぶちまけると、やはりニッコリ父上に微笑む。
「兵士長から苦情が上がっておりますよ、ディック様。 深夜に海で大きな音を立てないでいただきたいと。何事かと兵が出向いたようですが……。 ご説明いただけますか?」
ギクリと身を引いた父上に、母上が呆れた顔をする。
「う、海ならいいじゃねぇか! お、俺だってたまには発散しねぇと……。ちゃんと節度を持って……」
「節度、ですか? この魔石の量を持っておっしゃいます? この大きさは海竜ですかねぇ? この形と色は、オルグの特徴ですねぇ。A級ですと討伐隊を組むレベルですが?」
じっとりと父上を見つめる面々。
「だが、セガ! 何で魔石になってる? お前、回収したろう? 汚ねぇぞ。どうせ回収しがてら、俺に隠れて思う存分魔法で処理したんだろう?」
「果てさて? 主人の後始末は執事の仕事でございますから……」
ガックリ項垂れる父上は母上からもあとでねと、冷たい笑顔を向けられている。
きっとこの報告も僕とセガさんの仕事になるのかなぁ。
うつろな気分でジャラリと出された魔石を手に取る。 ん? この魔石?
「ねぇ、セガさん、父上って上空まで斬撃飛ばしたの……? これ、特徴的なオレンジとブルーの魔石。リザードマージだよ。 あれ? 夜は上空、見えないよね?」
うっかり聞いた僕の一言にギクリと固まる執事さん。リザードマージは空飛ぶトカゲ。火魔法と氷魔法を立て続けに浴びせて倒すBランクの魔物だ。
「おや〜、俺じゃねえな。この魔石。ん〜? 三つ、四つ? 五つはあるじゃねぇか?」
鬼の首をとったかのように喜ぶ父上。
だ、誰が報告書を作ると思ってるんだよ。僕は震える手で、ダンっと机を叩く。
「もう、みんな、好き勝手にやり過ぎだ〜!!」
すかさずコウタの耳を塞いだ母上。
「むにゃむにゃ……、もう、食べられ……な……い……」
今日もありがとうございます!