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044 お口(くち)


 細かな泡が大きな泡に変わる。


「あっ気をつけて! 焦げそう! 焦がさないで!」


「分かってるけど、火を遠ざける? あっ、でも、いい感じじゃない?」


「そろそろバターだよ。じゅわじゅわって飛ぶよ! ソラお願い!」


『任せて!シールド!』


 じゅわわわ、パチチチチチ。


 鍋の中の液体が程よくトロリと粘り出すのを合図に、平たいバットにそっと注げば、ツヤツヤとアイファ兄さんの力強い瞳のように光沢を帯びる。


 上から冷風を送り、バットの方は下からキンと冷やす。でも加減に気をつけて! 固まり始めたら小さく切らないと。

  どう? いい感じじゃない?


 甘い香りに我慢できずに一口。うーん堪らない! 甘くてコックリしてとろけた笑顔。


 ソラに一口、サーシャ様に一口。


!!!


「うわぁ、美味しいわ。これがキャラメルね!」


 スモーキークォーツのような美しい瞳を見開かせ、ふわりと高揚した頬を押さえてうっとりとするサーシャ様。

 オレもソラもほっぺを押さえてきゃきゃっと笑う。


「サーシャ様、キャラメル、初めてなの? 不思議だね。どうして作り方だけ知ってるのかなぁ?」


 素朴な疑問にブフッとむせたサーシャ様は2個目のキャラメルをオレの口に押し込むと、ツルツルの薄紙でキャラメルを包み始める。


「ちょっと耳に挟んだだけよ。でもコレ、簡単だし、美味しいわ。村の特産品にもいいわね」

 2個3個、薄紙に入れて端を折っていくけど、それじゃぁくっついちゃうよ。


「サーシャ様、キャラメルは溶けるとくっつくから、ほら、1個ずつ紙に入れて、端を互い違いに捻るんだよ。」


 キュッキュと捻るオレの手元を見て、うんうん頷き、包み直す。


「あら、可愛い形。 それも素敵ね」


 薄紙から透けるミルキーブラウンが可愛くて光に透かすとクライス兄さんの瞳のよう。お口の中に甘い香りが甦る。


 ミルクとバターの甘い香ばしい匂いに、厨房の端にいたマアマもショットさんも、ゴクリと喉を鳴らしてオレ達に夢中だ。


 でも……後でね!!


 アイファ兄さん達が帰って来てから食べよう。

 一番はお仕事を頑張っているアイファ兄さん達だよ。



 今朝早く、無事に調査が終わったってニコルの猛禽(トリ)が手紙を運んで来たんだよ。ランドのギルドで幾つかの討伐報告をしたら帰って来るって! 多分夕方だろうってディック様が言ってたんだ。



 味見用のキャラメルを小さなお皿に乗せて、お仕事を頑張るディック様に届けよう。


 コンコン。

ーーーーカチャ。


 そっと扉を開けた執事さんの向こうにはヨレヨレの人影が……。


 ディック様は酷い顔色で執務机に山になった紙書類に塗れていて、クライス兄さんはテーブルに広げた沢山の本と書類を照らし合わせて難しい顔をしている。


「コウタ〜、我が天使〜。僕をこの悪夢の死地から助け出しに来てくれたのかい?」

 大袈裟に手を広げ、オレを抱き上げる兄さんは、オレの腹に爽やかな顔を埋めてクンクンと匂いを嗅ぐ。


 あぁ、かっこいい顔でそんなことしないで! お姫様が見たら幻滅しちゃうよ?!


 ササとテーブルの上を片付けて、ティーセットを準備し始めた執事さん。


 早くもソファーにどかっと腰を下ろしたディック様をギロリと睨みつけ、執務机に戻るようにしっしと追い払う。ディック様はクッションで頭を包んで、渋々と椅子に戻って行った。




 夕方近く、サンとソラ&ラビと遊んでいたら、館の大きな扉が開いた。アイファ兄さん達が戻って来たよ。


 オレはサロンから飛び出してホールに向かった。兄さんに飛びつこうとしたけど……


 カチリと目が合ったのに、アイファ兄さんは片手をあげると踵を返し、ディック様達とまた外に戻って行った。オレはサンを見上げて、その場に留まった。


 サロンに戻ってラビの匂いを嗅いだり、短いしっぽを弄って落ち着かなく過ごしたんだ。何かあったの? オレのこと、ぎゅっとするより大切なこと?



 暫くするとクライス兄さんが戻って来てオレを抱っこした。上目遣いに不機嫌さを表すと、クスクスと含み笑いをするんだ。


「そう怒るなって。アイファ兄さん達はちゃんと無事だよ。今は湯に入ってるからすぐにここに顔を出すよ。マアマ達も夕食の支度にかかってるから、間もなく晩御飯だ。ほら、コウタの戦利品、ちゃんと出して貰えるから、ご機嫌直して!」


 オレのほっぺをにゅっと引っ張って、揉み込んで、無理矢理笑顔を作ろうとするクライス兄さん。怒ってるんじゃないよ、ただ心がモヤモヤするだけ。




「ヤッホゥ! ちびっ子、いい子にしてた?」

 一番に戻って来たニコル。


 うん、早いはずだ。

 いつものポケットがいっぱいついた冒険者服でなく、ヨレヨレのストンとしたワンピース。ポタポタと水滴が落ちる髪を肩にかけたタオルで拭きながらドスンとソファーに腰掛ける。


 もう、風邪ひいちゃいよ? ほら、ソファーだって濡れちゃってる。


 オレはニコルの隣で立ち上がり、赤いバサついた髪にブオンと温風を当てた。出力を上げたからすぐに乾くでしょ? ニコルだって自分でできるんだからちゃんとしようよ。


 甲斐甲斐しくニコルの世話を焼いていると、サーシャ様が入って来て、ニコルとクライス兄さんと調査の話を始めたから、オレは積み木をぶちまけて並べて遊び始めた。


 だって、大人の話だからって、オレが聞こうとすると困った顔をするもの。オレ、器がでかいから大抵の話だってちゃんと分かるのに!!



 隣の食堂からいい匂いがして来た。温かいスープの匂い。じゅうじゅうと脂が焦げる匂い。


 もうすぐ食事だよ! すぐだって言ったのに、アイファ兄さんもキールさんもディック様だって戻って来ない!!


 知らない!


 オレのお口、ずっと尖らせてたから、もう跡がついちゃってるよ! 元に戻らなくなったら兄さん達のせいだから!!!


 ぐるぐると嫌な気持ちがお腹に溜まって、うるりと瞳が水を含む。


 カチャン、カチャン。


 積み木を箱に投げ入れると、喉の奥と胸の奥がチクンチクンと痛くなる。



「何だ何だ? うちの王子様は随分とご機嫌がナナメみたいだな」

 背中からディック様の低い声が響くけど、オレ、そんな気分じゃないから。振り返らない。


わわ、わわわわ!


 後ろからガチリ! 乱暴に身体を持ち上げたのに、ストン! 思いのほか、優しく肩にのせる抱き方は……!


 ちょっと湿った茶色の癖毛がふわりとシャボンの匂いを纏う。

「お前、一人で寝れなかったんだって? やっぱ、赤ちゃんだったんだろう? ん? 俺はちゃんと仕事、して来てやったのによ」


 ぶっきらぼうな言い方にいつものあったかさを感じて、頭に顔を埋める。


「わっ、ちょっとやめろって! くすぐったい!…………お前、そんなとこで泣くんじゃねぇ! せっかく洗ったのに、鼻水、つけるんじゃねえぞ」

 いつもはオレが笑わせられるけど、今日は笑ってなんかやるもんか!


 絨毯にへたり込んだ兄さんは、肩からオレを無理矢理降ろすと胸に抱き抱え、オレの腹にフンと顔を埋めた。オレはペシペシと兄さんの頭を叩いて抵抗する。突いたってくすぐったって、オレ、簡単に許さない! オレ、一杯心配したのに! 早くギュッっとしたかったのに! 今更謝ったって……一杯抱っこしたって……!! 笑ってなんかやるもんか!!!



 くしゅくしゅと髪を撫でる厳つい手が、思いのほかに大きくて強い。そっと囁かれた言葉でオレの漆黒が雫で溢れた。


「ただいま、だ。ちゃんと戻って来たぞ」


う、う、うわぁああああああん。


 せっかく我慢した涙が、声が盛大に溢れ出す。オレの魔力もキラキラの粒子になって、オレをアイファ兄さんを、キールさんもニコルも……みんな、みんな包んでいく。


 おかえり、なんて言わないから! オレ、いっぱい怒ってるから……!


 わんわん泣くオレをニコルが、キールさんがガシガシ、わしゃわしゃ抱きあげて、最後はアイファ兄さんに戻される。


「お前、また魔力の大サービスだな。まぁ、悪くないぜ?」

 ニッカと笑った兄さんとオレの瞳がカチリとあった。何のことと見上げると、辺りが金色の光の粒でいっぱいだ!


 これ、オレのせい? また……やらかし……? 

 ふにゃりと力なく笑ったオレを見て、みんなが困った顔で笑い出す。

 へへへ、くすくす。いひひ、ははは。


 次から次にオレを覗いて。うふふ、あははは、はははははは。



……関係ないよとラビだけが、オレの毛布にくるまって大きな欠伸をひとつした。





今日もありがとうございます!


 いいね、ブックマーク、評価などをいただけると嬉しいです。


読者の皆様に、甘い嬉しい出来事が訪れますように!

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