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041 動かない瞳


 保存食、毛布、回復薬は数種類。採取用のナイフに小鍋。用心で狼煙薬に火打石。あぁ、強い酒も幾つか小分けにして……。


 雪はまだとはいえ、この時期に森で野営をするのは危険極まりない。夜の寒さは身体の動きを鈍くする。俺達は互いに持ち物を確認し合う。


「こんなものだな。森はたいして深くはねえから長くても三日だ。帰りはランドを経由すりゃ楽ができる」


「馬は駄目だな。気配が強いし、やられたら勿体ねぇ。ニコルがフォレストランサー (鹿のような魔物で大人しく従順) を捕まえてくれりゃ、ちょっとは楽だろう」


「上手く見つかったらね。せっかくなんだ。この時期の薬草も採取して欲しいな。あと、冬眠し損ねたガーデンベアがいるかも。力じゃ負けっから、ちゃんと援護してよ」


 『砦の有志』一行が調査の準備をする様子を俺の脚にしがみついて見つめる漆黒の瞳。時々上目遣いに俺と目を合わすが、奥歯をぎゅっと噛み締めたように黙り込んでいる。



「あぁん、地味に邪魔なんだが……、ちっとは離れろ!」

 乱暴に足を動かすが、しがみついたまま離さないコイツ。


「心配すんな。ただの調査だ。すぐ戻る。ガキん時から馴染んでる森だ。目ぇ瞑ってても抜けられるさ」

 親父がなだめるが、ちっこい手は緩まない。


「父上も僕たちもここに残るんだから、淋しくないだろう? 兄さん達の邪魔になるからこっちにおいでよ」

 クライスが抱き上げようとしても、脚と身体を密着させて抵抗をはかる。


 母上がコウタ目線までしゃがみ込んで、白い指で鼻をつつく。

「いいわよ。コウちゃん。言っちゃいなさい。黙ってるのは苦しいわよ。言いたいことを言っても大丈夫。だからといって何も変わらないかもしれないけど、想いは伝わるわ」


 じっと動かなかった瞳が大きく歪む。だが、口はへの字にひん曲げたままだ。俺はわしゃわしゃと頭を掻き混ぜてやって、ぐいと肩に乗せてやる。


「調査だけだ。必要以上に手は出してこねぇ。不安になったらソラに偵察させりゃいい。そいつ、速いんだろう? それより、お前、自分の心配をしろよ。いつだって魔力の大サービスだ。面倒ばっかり起こすんじゃねぇぞ。 セガさんに制御を教えてもらえ」


 セガが目を見開いて嫌そうな顔をする。親父は嬉しそうだが……。


「そうだな。いい考えだ。これ以上面倒は増やしたくないからな。安心しろ、セガ、俺はちゃんと仕事すっからよ」

 飛び切りニヤけた領主に、諦め顔の執事が釘を刺す。


「聞きましたからね。しっかりお仕事、なさってくださいよ。 領主(・・)のお仕事ですよ。兵達の鍛錬も村の見回りも、ましてや一人で討伐に行くのもちがいますからね」


「ま、待て! それこそ領主の仕事じゃねぇか? 長たるもの・・・」

 慌てる領主に一同はニヤニヤと笑みをこぼす。今度は執事が嬉しそうだ。


「仕事ですから、優先順位がございます。王都への報告が滞れば領民に迷惑が及びます。他の仕事こそクライス様で代理が利きますので」

「・・・・・く、くそぅ!! 覚えてやがれ!!」


 どっと沸いた笑い声に気が緩んだか、コウタが俺の頭をぎゅっと抱きしめた。


「ちゃんと……、帰って来る?」

 か細い声が震えている。


「ん? 俺を誰だと思ってる? 俺たちのパーティはもうすぐAランクだぜ? 俺がその『砦の有志』のリーダーだ。馴染みの森でやられっかよ。」


 俺を映す漆黒の瞳が緩々と動く。


「アックスさんも、熊爺も、強かった。 でも、…………帰って来なかった」

 捻じ曲げたクァックス(アヒルのような魔物)のような口だ。


 どうしようもない不安か。無理もないが……、埒があかねぇ。


 俺はコウタの首根っこを掴んで肩から降ろすと、子猫のように俺の目の前にぶら下げてやった。それから腹に思い切り俺の顔を擦り付け、熱い息をブゥと吹き込んでやる。


「わわわわ!! きゃはっ、やめ、辞めて! くすぐった……、くすぐったい」


 身体をよじるコウタをキールに渡すと、アイツは背中にブゥと息を吐き出した。次はニコルだ。


 ニコルの奴は、コウタの服の中にモグラヘビを忍ばせ、必殺の指遣いでこちょこちょと身体をくすぐる。コウタは息も絶え絶えに笑い転げると、腰に手を当ててぷくりと頬を膨らませた。


「もういい! せっかく頑張ってって言おうと思ったのに」

 精一杯の強がりに周りの連中が肩を震わせる。


「行かないで〜、って泣くんじゃなかったのか〜?」

 意地悪く頬をつつくと、パチパチとした瞼の奥がピタリと止まった。


 ま、まずい。


「続きはまた今度だ! それまでに一人でションベン行けるようになっとけよ」

 あはは、と笑って荷物を持つと俺達はサッサと館を後にした。


 クスクスと漏れる笑い声、もう赤ちゃんじゃないなんて小さな呟きが遠ざかる背中で聞こえてくる。




 必ず戻る、そう約束をして旅立つのはいつぶりか?


 冒険者として好きにさせて貰ってからは、足の向くまま気の向くまま、帰宅の約束なんかした覚えがない。もちろん、いつだって戻って来るつもりではいるし、心配されていることも理解している。


 護る者がいる、待つ者がいるってのはこんな気分なのだろう。たった数日の別れに名残り惜しむなんて不思議だ。仰々しいにも程がある。


 濁った心を払拭したいニコルが、従魔の猛禽を先行させると、オレンジの瞳を向けてはしゃぎ始めた。


「見送られるのも辛いもんだね! コウタのあの口……! 今度は何って言って揶揄ってやろうか?」


 キールはまだ後ろ髪を引かれたままだ。コイツは男爵家の六男で妾の子だ。本家のプライドで学校までは行かせて貰ったが家族の関係は薄く、あんな風に見送られたことがないだろう。


 湖を越えて森に入った頃、押し黙ったキールがポツリと呟く。


「なぁ、俺達はあの小さい奴を丸ごと護るんだよな? 」

 意外なセリフにニコルと目を合わせた。


「俺達、うっかり約束しちまっただろう? だが、一旦森に入ったら何が起こるか分からねぇ。冒険なんて言葉は楽しげだが想定外の連続だ。絶対の安心なんて有り得ない」

 緩んだ口元を引き締めて周辺の警戒を強める。

 キールは何かを掴んだのだろうか?


「約束……、しちまったらさ、俺達も無茶、できねぇよな。無傷で帰らねぇとアイツ、壊れるかもしれねぇ……」


 俺達はハッとする。


 本能か?作戦か?

 俺達はアイツに丸め込まれたってのか?


 あははは、ニコルとキールが腹を抱えて笑い出した。


「アイツ、天然だろうけど、アタシ達、護られたってこと? 確かに無茶は出来ないし、いつも以上に慎重にならざるをえないよねぇ」

「そういうことだ。頼むぜ、兄ちゃん」


 キールとニコルに思い切り背中を叩かれて、俺はブヘッとむせかえる。


くそぅ、覚えてやがれ三歳児!!!








読んでくださり、ありがとうございます!

 本日11時、活動報告にて紹介させていただいた閑話のフルバージョンを投稿します。 コウタがエンデアベルトに来て間もない頃のお話です。


皆様の心に温かな風が吹きますように!

(あっ、残暑厳しい中ですのでお身体、ご自愛ください)


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