039 雪はじめの祭り
今朝は一際寒い。もうすぐ雪はじめの祭りがあるから、今日はその準備をするんだよ。
朝の体操を済ませてサンを待っていると、いつもより少し遅い時間に朝食を持ってやってきた。
サンはベッドサイドに朝食を置くと、ササと部屋にある小さなテーブルにクロスを敷き、場所を整えて朝食を置き直す。
「今日は皆様、体調が優れないようで、ゆっくりおやすみになるとのことです。コウタ様、お寂しいですが、今日はこちらでいただきましょうね」
「えっ? みんな?」
「えぇ。皆様。セガ様やメリル様まで。こんなことは初めてなんですけど。 昨晩は遅くまで話をされていたようですが、持ち込まれたお酒などにも手がつけられていなくて……」
心配そうなサンに、オレの胸がググッと重くなる。
「あっ、大丈夫です。皆様、お熱ではありませんよ。なんだか酷くお疲れのようですが、お顔の色も悪い訳ではありません。強いて言えば……、寝不足って感じでしょうか。さぁ、お食事を。残すとマアマががっかりします!」
にこっと笑ったサンに、オレは朝食を食べながら考える。
何か出来ることはないかなぁ。
寝不足なら、頭がシャッキリすることがいいな。そうだ、美味しいものはどうだろう? 父様が疲れた時に喜んだこと!
オレは一つのアイディアを思いついて、トコトコと厨房に駆けて行った。
厨房の少し高い作業台にぶら下がって、マアマの夫、ショットさんに話しかける。ショットさんはマアマと対照的な人で細身で神経質なところがある。でも穏やかで優しい人。カクテルとかデザートとか、繊細なものはショットさんの担当なんだ。
「ねえ、ショットさん。オレ、ディック様達に元気になる物を持って行きたいんだけど、手伝ってくれる?」
「坊ちゃんは優しいねぇ。時間がかからない物ならいいよ。何しろ今日は朝食が残ってしまってね。いくらか昼に回すから時間には余裕があるさ」
快諾を貰ったオレはブルの濃いミルクとお砂糖、卵を用意してもらった。
卵と砂糖をスリスリスリ。しっかり混ぜて……。ねっとりさせて。
ボウルにミルクを足したらキンと凍らせながら回転!
風を入れながらふわふわにするよ。ショットさんは風を送らなくても凄い速さで混ぜ合わせる。さすがだ!
もう一度キン!
シャリシャリさせて、ぐるぐる混ぜて……。
またまたキン!
「なぁ、何で凍らせて、また混ぜるんだ? 一度、凍ればそれでいいだろう?」
不思議そうなショットさんだけど、オレは妥協しない。口を尖らせて混ぜ続ける。
「駄目だよ。これはキンが大事なの! キンして混ぜて、キンして混ぜて。その加減で美味しさが変わるんだから。ほら、一口、アーン」
ひと匙の半分。口に入れたショットさんは目を丸くした。
甘さはどう? 足りなかったら蜂蜜をかけるけど。
何も言ってくれないショットさん。スプーンを持ったまま動かない。
オレは構わず混ぜ続ける。
キンして、細い風をミルクに巻き込ませ……。
重い混ぜ棒に大きなボール。いつの間にかオレ達は汗だくだ。
はい、もう一度、アーン! どう?
んーーーーーー!!!!
ふわふわで冷たくってミルキー。
ちょっと卵のコクが少なくなっちゃったけど、久しぶりだもん。上出来だ。
溶けないようにグラスも冷やす。
キン!
手の中に入れて冷やしたらタオルを被せるよ!
さぁ、一緒に届けよう!
うっとりとしたショットさんを連れ、ワゴンにボールとスプーンと冷やしたグラスを積む。サンにも手伝ってもらったよ。
コンコン。
最初はディック様とサーシャ様だ。
部屋に行くとディック様はベットに寝そべっていたけど、サーシャ様はソファーに座っていて思ったよりも元気そうだった。
サーシャ様はオレをぎゅっと抱きしめて、ほっぺをすりすり!
違うよ、そうじゃなくて……。
オレはバタバタと抱っこから逃れると、ボールにスプーンを突っ込みクルン。
冷やしたグラスに慎重によそう。
「召し上がれ! 冷たくって、甘くってコックリするよ」
「白っぽくって綺麗ね。雪みたい。 あら、思ったより硬くないわ。まぁ! これってアイスクリーム?」
サーシャ様は大きな瞳をもっと大きくして、うっとりと呟いた。
さすが、よく知ってるね! そう、アイスクリーム。
寒い日だからどうかなと心配したけど、暖炉の火やお布団で暖かくしてたから喜ばれたよ。
ディック様なんかたった二口。もっと欲しいって言ったけど、まだまだみんなのところに行くからね。あげられないよ。
その後はアイファ兄さん、クライス兄さん、キールさん、執事さんにニコル、メリルさんの順に回ったんだ。
みんな喜んでくれてよかった!
最後にちょっと残ったアイスクリームをキンとし直して、ボールからこそげながらサンと食べたんだ。内緒で蜜漬けベリーも入れてね! 残り物ってどうしてこんなに美味しいんだろう。
うふふ、みんなの顔を見たら安心したよ。
午後からは元気になったみんなとお祭りの準備だ。
準備といっても、村の中を歩いて、松明がいくつあるとか、大きなかがり火の場所の確認とか、大抵のところは村の人達がやってくれてあったから、村を練り歩くだけでおしまい。
後は子ども達の讃美歌と動き方の打ち合わせがあったよ。オレの知ってる女神様の讃美歌だったから、一緒に歌えそうでよかった。
館に帰ってきたら、すごく大変だった。
雪に見立てた白い衣装を着るんだけど、メイドさん達がひっきりなしにオレに試着させるんだ。着せて、脱がして、飾りをつけて、また着せて……。
村の子はシーツとかを着るっていってたし、別に衣装なんかなくてもいいって聞いたのに、サーシャ様が張り切っちゃって、こっちがいい、あっちがいいって指示を出す。
ねぇ、首元のフリルと胸元のフリル、どっちがいいか、なんて違いがあるの?
オレはヨレヨレにくたびれちゃった。
次の日の夕方、この日もとっても寒くてシーンと冷え切った日だった。ディック様が館に張った氷を確認して、雪はじめの祭りが始まった。
子供達が村のいろんなところにある松明に焚き木をくべるんだ。みんな白い服を身につけて、籠を持って行列を作る。オレは一番小さいから最後尾だ。
先頭でシャンシャンとした鈴を鳴らすのはシブーストのお兄さん。もうすぐ十五歳の成人になるんだって。普段はサースポートの学校に行っているけど、冬になったから戻ってきたんだ。一番年長の子供だよ。
雪はじめの祭りは、冬を無事に越せますようにっていう願いと、春に向けて大地や木々がしっかりと栄養を蓄えますようにって願いを込めてお祈りするんだ。
子供の純朴な魔力を精霊達に与えて願いを叶えてもらうんだって。
村を練り歩いていると、徐々に空気がキーンと冷えてきて、本当に雪が降ってきた。1粒1粒が大きくて、結晶の形がくっきり見える不思議な雪。
精霊達のプレゼントかもしれない、珍しいって、みんながとても喜んでいた。
最後は大きなかがり火の近くに設置された台の上で讃美歌を歌う。
パチパチと小さな音を鳴らして燃える火は、時々大きく立ち昇って怖さと温かさと神聖さをかもしだす。その小さな音に合わせて讃美歌を歌う。
女神様、オレ、ここでみんなに会えて嬉しいよ。
父様と母様にたくさん大切にしてもらって、ここでもみんながオレを守ってくれている。
オレばかり……、たくさんの嬉しいことをありがとう。
オレ、みんなに幸せを分けてあげられる人になりたいな。
ポッ ポッ ポッ ポッ
子供達を取り囲むように光の玉が現れた。
赤、黄、水色、緑。
夢色の光の精霊達が、雪のお祭りを祝ってくれるみたい。
ゆらゆらとかがり火に合わせて。
ふわふわと讃美歌に乗せて。
幻想的なその風景は、村の人達を笑顔にさせ、厳しい冬を生き抜く力になるんだね。
満面の笑みでディック様を見ると、軽く手を降って、苦笑いをしている。
こんな素敵なお祭りだから、もっと楽しまなくっちゃもったいないのにね!
満天の星と雪の煌めきが重なって、精霊とオレ達が一体になった気がした。
讃美歌が終わると消えそうなかがり火に名残りを惜しんで祭りが終わった。オレはアイファ兄さんに背負われて、微睡ながら帰ったんだ。
虹色の光の精霊達がついてきたような気がするのは、きっと夢のせい。
優しくって温かい兄さんの背中とディック様達の眼差しのせい。
ここに来て初めてのお祭りは寒かったけど温かかった。
読んでくださってありがとうございます!
残暑厳しい中、雪のお話で申し訳ないです。
そして、いいね、ブックマーク、評価もありがとうございます!!
週末には、感謝を込めて、そして祝1か月投稿 のお祝いをしたいと思います。
活動報告にてほんのちょっとのショートストーリーを載せます。(R15 OKの優しいお話です)閑話にしない予定でしたが、やっぱり長くなってしまい、また、ネタバレの心配もあるので、長いバージョンを閑話として17日(日)の午前11時ごろに更新することにしました。変更して申し訳ありません。
繁忙期なので、活動報告は土曜日の夜(20時か21時あたり)かなと思いますが、最新話を読んでくださる皆様に、是非、お届けしたいです。
皆様の大切な一日が穏やかでありますように。