038 幻影
またやりやがった……
アイファの奴が見ていてくれると気を許したのが仇となった。
コウタ達は猛禽になったソラの羽の中でぐっすり寝入っていた。おそらく散々ブランコで遊んで疲れ果てたのだろう。
ちっこい鳥が大きな猛禽になるなんてありえねぇだろう。そんな秘密を子供とはいえ他人に晒しやがって!
幸い、アイツらはぐっすりと寝入っていたため、皆でそっとソファーに運び、夢であったと誤魔化すことにした。
アイファ信仰の強い奴らだ。同じ夢を見るなんて気が合うなってアイファに言われちゃそう思うしかない。
なんとか言いくるめられた気がするが……。
第二回コウタ会議は深い溜息から始まった。
「まあ、何だ。コウタのやらかしは、言っても仕方ないってことだ。対策は、これを見てからだ」
ディックが持ち出したのは、赤い革表装の本。時折、淡い光を放つ不思議で美しい代物だ。
「まぁ、綺麗。これもコウちゃんの?」
領主と執事が頷いた。
「お気をつけください。親族守秘の魔法がかけられています。ディック様でさえ、暫く動けなかった程ですので、親族と選ばれた場合にはかなりの衝撃が考えられるかと……」
執事の重い言葉に手をサーシャが手を止める。
クライスは頬を高揚させて立ち上がった。
「わぁお! 古代魔法!! 本当に? でもそれならぼくも体感できるかなぁ? どこまでの範囲を親族って認定するの? じゃぁ、やっぱりコウタは王族?」
「分かんねぇよ……。ただ言えるのは俺には内容が分かって、セガには解読が出来ん。それだけだ」
執事は不機嫌な溜息をつき、皆の目を見ると、魔法を帯びて艶めいた表紙を捲る。
ーーーーと、周囲に桃色の閃光が迸り、白に黄に緑にと、光は色を変え部屋を包み込む。
「「きゃっ」」
「「「「う、うをっ?!」」」
思わず顔を逸らし、小さな悲鳴を上げた。
呪文とも歌とも取れる耳慣れない言葉のような音が、酷く小さくつぶやかれ
ーーーーーー周囲はぐにゃりぐにゃりと歪んだ景色となった。
誰もが立っていられず、座ってもおれず、壁にテーブルにソファーにとしがみつく。
数秒か? 数分か?
音のない世界にハッと我に返った面々はその景色に愕然とする。
ぼんやりと浮遊したライトの魔法の先に美しい黒髪の女性と穏やかな笑みを湛えた法衣帽の美男夫が立っていたのだから。
夫婦はゆっくりとお辞儀をすると、金の輝きの粒子を放出しながら嬉しそうに顔を見合わせた。
「魔法が発動した、と言うことは、コウちゃんは無事、と言うことね! そして貴方達は、コウちゃんを受け入れてくれた新しい家族。あぁ、よかった。私達の、いえ、たくさんの命が無駄じゃなかったってことね」
女がはしゃぐ。男が優しく制し、こちらに向かってお辞儀をする。
「……失礼した。突然のことに驚かれているだろう。私達も同じだ、いや、随分と立場が違うので、全く同じではないが……。まずはこの状況を説明させていただく。私達は幻影である。だから我々には貴殿の姿が見えていない。一方通行の話となることをお許し願おう。また、この状況は女神フレイルの力を借りたもの。しがない賢者如きに扱えるものではないことをお伝えする。」
そう語る幻影の夫婦は、名を名乗らず、立場だけを淡々と話す。
父親は「世界の知恵」と呼ばれた賢者であり、回復魔法や補助魔法などに長けていたこと。
妻も同じく魔法使いであるが、威力の高い攻撃魔法や魔法剣を得意とし、女神の祝福のお陰で魔力量が大きいこと。
また、特殊な出自で、コウタもその異文化の影響を受けていることなどが語られた。
「コウタは少し変わったところがあるからね。彼を保護する立場の者たちの安全と……、やはり、コウタの幸福のために女神の力を特別に借りている」
「私達、女神様に大きな貸しがあってね。まぁこんなことは安いものよ。あぁ、時間がないわ。貴方、手短に」
唖然とする我々に構わず、二人はどんどん話を続ける。俺達は、状況を把握できないまま、冷や汗をかく。
親子が巻き込まれた「運命の日」は、かなり大きな規模の戦いのようだ。国軍そして隣国も巻き込み、さらには腕の立つ冒険者も連れ立ち、まさに総出で臨む戦。
だが、敵についての情報は語られなく、俺達の不安は拭い去れなかった。
穏やかな賢者が前を見据えて話す。
「我々にはコウタが置かれる状況が分からない。だが、もし、養育に不安があるのならコウタ自身に出来ることを尋ねるといい。アイツは素直だし、アイツさえ心を許せば金銭面の不安は消えるはずだ」
執事は頷く。薬草に宝飾、食料問題すらコウタには解決する術がある。何と勿体無いことかと。
「治安や魔物の不安だったら瑠璃色の鳥を探してください。コウタの守護鳥よ。私達や女神でさえ、正体が分からないのだけれど、あの子は必ず近くにいるわ。ただ、守るのはコウタだけだから気をつけて」
「あぁ、以前にゴブリンと遭遇した時、危うく我々も焼け焦げそうになったな」
「ええ、そう! あの子、加減が苦手で……、ゴブリン1体で湖と森が焦土と化したから」
ふふふ、と思い出話に花を咲かせる。
おいおい、冗談じゃねぇ。
ソラは随分、加減ができるようになったと言うことか? 少なくとも村は無事だ。アイファが胸を撫で下ろす。
「焦土で思い出したわ! コウタの魔熱のこと。あの子、魔力が多いみたいで、普段から魔力がダダ漏れなの」
面々は額に手を当てる。心当たりがありすぎる事象。
そうか、魔力漏れ。
極稀に宮廷魔術師クラスの魔力を持った赤子が起こす現象だ。
大抵は一歳までには治るが……。魔法学で学習する基本事項とは言え、未だに消失しないとは、一体いかほどの魔力量なのだろうか。
「コウタは穏やかな性格だが、感情が高ぶると魔力に呑まれて熱を出す。 これが厄介だ。 魔力をコントロールするために水を欲する。 綺麗で、冷たくて、魔力を多く含むものを。 なかなかのこだわり具合で、これが見つからないと大変なことになる。 まぁ、大きくなってきて、随分頻度は減ったが……。水がなければ魔力を放出させるしかない。 だが、この方法はお勧めしない」
男の話に女がクスクスと笑いながら付け加える。
「初めはコウタが求めているものが分からなくて、大変だったのよ。大岩が三つ四つ吹き飛んだし……」
「あぁ、うっかり迷宮に行っていた時は一つ潰したな。なかなか貴重な素材が出る中級の迷宮だったのに……」
にこやかに笑う夫婦の前に、俺たちは頭を抱える。
子連れで迷宮…………。それを潰すって、赤子の頃だろう?
コウタもぶっ飛んでるが、こいつらもぶっ飛んでいやがる。
他にも施した教育や身を守る体術をどの程度指導したとか、動物や幻獣に好かれるとか、名をもつ知能が高い魔物に取り込まれると厄介だとか。
また、必要なことは適任者に情報を送り込むだとか……。
俺達には混乱する余裕すら与えず、金の粒子が徐々に数を減らしていく。
「温かな魂がたくさんあるのが分かるわ」
うっとりと女性が微笑むと、男性はわかるのかい、とでも言うかの様に唇を動かし、二人で深々と頭を下げる。
「さぁ、我々の役目は終わった。後は貴殿たちに。コウタが伸び伸びと過ごすことができれば、そこはきっと幸せな世であると信じている」
力強い父親の言葉に俺達は姿勢を正す。
「えぇ、そうね。どうか私達のことは忘れてください。新しい家族と自分の道を信じて進むよう、どうかお力をお貸ししてね」
漆黒の瞳から煌めく涙を流した母親は、手を合わせて祈るように話す。
「「そしていつか、コウタが大きくなったら一緒に『ラストヘブン』に。私達の最後の贈りものを取りに来て……」」
黄金の粒子が徐々に光を強くし、やがて強烈な白い閃光となる。
そしてーーーーーー光が消え去った後には、赤い革の本ではなく、小さなボロの皮袋があった。
光が消えた。
新しい情報が強制力を持って頭に流れ込んでくるとは、これほど体力を奪われるものなのだろうか。
一同はぐったりと机にソファーにと突っ伏し、しばらく無音の時を過ごした。そして声ひとつ掛け合うことなく倒れ込むようにして自室に戻ったのだった。
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このままだと本編と同じくらい閑話が増えてしまうので、活動報告にてほんのちょっとのショートストーリーを載せます。(R15 OKの優しいお話です)
繁忙期なので、土曜日の夜ごろかなと思いますが、最新話を読んでくださる皆様に、是非、お届けしたいです。
では、楽しいことが溢れる1日になりますように!!