036 堂堂めぐり
「じゃあ、コウタ会議だ。いいな。」
主人の言葉に皆が頷く。周囲の警戒が保たれている間にと、まずは例の物が披露される。美しい鎧と金糸の模様の白い貫頭衣。
一同は息を飲んだ。
「この素材、軽いけど、金属よね? この質感……。形は古代の物だけど、傷ひとつない新品に近いわ」
鎧を見たサーシャの瞳が大きく開かれる。
ニコルは震える手でそっと鎧を撫でる。
「こんな状態、見たことないね。素材も……。この繋ぎ目とかさ、隙の無さなんか、すごい技術だよ」
「しかも魔法が付与されている? これって体格に合わせて大きくなるって奴だよね? あと、耐物理。 まだありそうだけど……、そんなに幾つも重ねられるもの?」
魔法使いのキールが角度を変えて目を細める。
「いやいや、本当に凄いのはこっちじゃない? この白い貫頭衣。糸の細さ、白さ、ありえないでしょ。 しかも金糸で魔法陣を織り込むって何? それも何種類も。 きっとこれ生きた魔法陣だよね? 王族の宝物庫でだって見られないでしょ、こんなの」
クライスが興奮しきりで熱弁する。
「あぁ、どれも普通じゃありえないんだよ。一応、俺たちも調べたが、製法は古代遺跡の出土品に類似する。但し、確定は出来ない。綺麗すぎるんだ。それに……、こんな物を身につけさせて戦う相手とは何だ?」
グラスの中の琥珀色の液体をコクリと飲んだディックが問いかける。
「とりあえず近隣の町や領では、大きな戦いの気配はなかった。もちろん、外国の動向も探ってみたけど、あっ、漂流者なんかもね、アタシの網には入らなかったよ」
「僕も聞いたことないな。国同士の戦なら王都にこそ情報が入るだろう? 手紙に訳ありの子どもってあったから念のために色々調べたけど、小国だって今は落ち着いているんじゃない?」
ニコルとクライスの報告に皆は頷きあう。やはり敵の姿は分からないか……。
領主が悪い顔をして揶揄うように投げかける。
「ニコル、欲しいだろう? やるぞ」
えっ、と大きくオレンジの瞳を開いたニコルが青い顔をして慌てる。
「む、無理無理! 無理無理、無理無理! 冗談じゃない。 アタシ、まだ死にたく無いよ! こんなんどうすればいいのさ。 売れない、金にならない、ちょっとでも匂わせたら、きっとアタシじゃ贖えない奴らに、よくて監禁だって! ヤダ! 見なかったことにさせてもらうよ」
部屋の隅まで逃げたニコル。マジで怯え、及び腰だ。
「じゃぁ、クライス。お前、研究したいだろ」
ニコルを笑っていたクライスも慌てる。
「父上、本気ですか? 僕だって命は惜しいです。 国宝級の物をどこで研究しろって言うんですか? 確かに興味深いですよ。でもね、こんなの持っていたら所有者だって研究材料にされます。 僕まで解剖されたらどうするんですか!」
「じゃぁ、仕方ねえな。手の内だからな。アイファ、セオリーだ。尋問できるだろう? それともしくじるってのか?」
意味深な領主の言葉に、皆が不思議そうな顔をし、アイファはこれ以上もなく嫌な顔をする。
「親父、俺が尋問しちゃってもいいのか? 絶対アイツ、変な時に思い出してボロを出すぜ? 忘れてんなら触れないのがセオリーだ。どうせ、そいつは俺たちには過ぎた物なんだよ。その時が来るのを待つしかねえだろう?」
そう言うとグイとグラスの液体を飲み干してニヤリと口角を上げる。
サーシャが激しく同意する。
「そうね、コウちゃんが何も言ってないなら下手なことはしないほうがいいわ。かえって恐ろしい事実が出てきちゃうかも……。何か天然? って言うのかしら。忘れてるなら、その方がいいわ」
皆で頷く。
出自を思い出すだけならいい。だが、親を思い出させるのも可哀想だ。せっかくここに馴染んできたのだから。それに、うっかり製法なんぞに言及されたらまた面倒が増える。そっとしておこう、館の者の意見は一致する。
メリルが話題を変えた。
「それにしても、コウタ様には不思議なことが多すぎます。誰をも夢中にさせる美しさもさることながら、洗練された所作。貴族ではないとおっしゃいましたが、ご存じないだけかもしれません」
「僕やアイファより貴族らしいかも」
キールが吹き出しながら反応する。
「確かに。さりげなく使われる魔法も、初めは否定されていましたし。この辺りは事情があるかもしれません」
執事が思案げに呟いた。
「あいつの不思議な魔法、どんだけだ?」
領主の一言に皆は顔を見合わせ、目撃した一つ一つの魔法をあげる。ついで不思議な現象も。
そしてしばしの沈黙が訪れる。
「コウタの魔法ってさ、使うって言うより、なんかこう、本人の意図でなく出来ちゃった、そんな感じがしない?」
皆の証言を書き留めていたクライスが呟く。
「そうねぇ。例えば果物の成長とか、人形を動かすとか、本人もびっくりしていたものねぇ」
サーシャは2杯目の紅茶に酒を注いでもらうと、その手を温めるようにカップを包んだ。
「あぁ、そうなんだよ。だから厄介だ。モルケル村の中なら、エンデアベルト家ってことで多少のことは誤魔化せるが、鋭い奴らが見たら、それこそ格好の研究材料だ」
ディックは頭を抱えて言った。
「無詠唱でしょ? 膨大な魔力量でしょ。 属性の分からないのもあるし。魔素の練り上げ方とか? あぁ、発動の仕方もだ。光を纏うんだっけ? 魔法陣学も覆ったりして。でも、ソラとの契約の時は魔法陣があったんでしょ? わぁ、僕、古代学で魔法は専門外だけど興味そそられるなぁ」
指折り数えて、はしゃぎ始めたクライスにディックもサーシャも執事までもが苦笑いをする。
ハッとした顔をしたのはニコルだ。
「そうだ、アイツ、回復まで使ったんだ。ドンクの擦り傷を一瞬で綺麗にしたから、慌てて水をぶっかけて誤魔化した。回復薬ってことにしてさ。焦ったよ。回復魔法って特別だよね? ヤバくない?」
「あいつ、女神の祝福を貰ってるってことか? だが、回復は相当に魔力を使うぞ。擦り傷ったって、あんなチビだ。一瞬で魔力切れだろう?」
アイファが喰らいつき、キールと大きく頷きあう。
「堂堂めぐりです。魔法も魔力量も先ほどから問題になっているでしょう。 何を今更……」
執事が話を制した。
「あぁ、きっとあれだ。あいつの父親、賢者だからな。法衣を着ていたし、高位の回復術も使えたんじゃねぇか? 血って奴だ。それに、女神の神託で授かったとか言ってたっけ?」
ディックが酒を煽る。
執事以外の面々が目を見開いて顔を見合わせる。
「あなた……、お父様にお会いになったの?」
「そういやぁ、時々、妙にコウタに詳しくなるよなぁ。ほら、水の時といい」
サーシャとアイファが胡散臭気な目でディックを見つめた。
「えっ? もしかして、隠し子だったとか……?」
クライスの不用意な一言に怒りと呆れの混ざった微妙な空気が生まれる。
「なっ……、かっ、隠し……? ゴホッ!! ちっ、違げぇよ! 本だ! アイツが持っていた本に書いてあったんだよ! 本の情報だ! なっ、セガ? 育児日記にあったんだよ、なっ?」
「私めには何とも……。何しろ読めませんから……」
慌てたディックの反論虚しく、意地悪な顔をした執事と呆れたように軽蔑した一同の眼差し。
エンデアベルト家の長い夜は、まだまだ話題に事欠かなかった。
読みに来てくださってありがとうございます!
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小説番号がずれてしまっていたので修正しました。申し訳ありません。
四つ葉のクローバーを見つけたときのような嬉しい出来事が、読者の皆様にあることを祈って……。
素敵な1日をお過ごしください。