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閑話2 シュガシュガ草

コウタがエンデアベルトに来て間もない頃のお話です。


『コウタ、コウタ! ご褒美の実、見つけたよ』


 ピピピピと瑠璃色のソラがオレの肩に乗る。ご褒美の実? ソラが咥えた草を見れば、そうだ、山で母様と食べたご褒美の実!



 庭師さんが大切に育てている花壇や畑。木の実やフルーツがなる木だってある裏庭の一角。上を見てトテトテ、下を見てトテトテ、オレは面白いものを見逃さないように慎重に歩いていた。



 シュガシュガ草。それは茎の細い草。葉は根に近い部分にしかなく、オレの拳骨二つ分(10センチ程度)の茎丈に小さな白い花を3つつけている。

 花は壺を逆さにしたような形で膨らんだ部分に茶色の小さな丸い玉が入っていて、(母様曰く、スズランみたいだそうだ) その茶色の皮を外すと小さな白い蜜の塊が出てくる。

 塊は力加減を間違えばサラサラと粉になり、湿気を含めばネットリと溶ける。そう、白いお砂糖だ。


 花が小さい上に中の茶色の皮を外して砂糖を取り出すのは難しい。体温で溶ければネチャネチャになり、慌てて破ればサラサラと手の中からこぼれ落ちてしまうのだから。だからと言って皮ごと口に含めれば強烈な渋みで甘さが台無しだ。


 子供の指先ほどの花から小さな実を取り出し、やや硬い皮を砕いてめくれば直径3ミリ程度しかない。そんな面倒で実入りの少ないことを誰がするというのか?


 そう、小さな子供だ。シュガシュガ草が手に入るところに住む子は高価な砂糖など口にできない身分が大多数。例えほんの少しでも、この甘さは魅力的だ。


 多年草とはいえ、他の草らに紛れてしまい、見つけることが容易ではない小さな草。そして相当面倒なことを乗り越えた先にあるご褒美、と言うことで、この実は “ご褒美の実” と呼ばれている。



「わあ、すごい! これもっと欲しいな」


 任せてと、ピピと張り切るソラについていくと、遊歩道の隅っこに数本、その少し先にも数本。群生地とまではいかないけれど、そこそこには生えている。


「また次に恵みがありますように」


 小さく呟けばふわりと金の光が髪を揺らした。根がきちんと残るようにと、慎重にパキリと手折る。


 いくらか集まったら萎れないように水に浸けたい。オレは一握りの土塊を持って、コネコネと瓶を形造る。しっかり乾くように熱を帯びさせ……。

 コトと音が鳴るほどに乾かせば、ちゃぷん、手のひらで瓶を包み込んで水で満たす。


「まあ!」


 ふっと声をあげたメリルさんに、てへと笑みを返し、集めた草を壺に差し込んだ。


「メイユたん、あの木の枝の棘が欲しいの」


 見上げた先の柑橘の木。まだ青い実は朝の光を受けキラと輝いているが、収穫には早い。所々の伸びた枝先には確かに棘がついている。


「刺さると痛いです。危ないですよ」

「気をつけるから。あの棘がどうしても必要なの」


 メリルさんはどうしようかなとしばらく考えた様子で、うん、と一人頷いて枝から距離を取った。


ーーハッ!


 鋭い掛け声にビュンと風が走る。

 ザザと木の葉が舞い飛び、ポトリと落ちた棘の枝。細い指でスッとなぞれば小さな棘すらない滑らかさ。

「十分にお気をつけてくださいまし」


 手の中にそっと握らされた枝よりもメリルさんの所作が不思議でたまらなくなる。添えられた指は白く細く、棘をなぞり落とすときにできるであろう傷がない。


「だ、だいじょぶ?」

 小さな唇が華奢な人差し指に遮られた。

「プロのメイドですから」

 秘密めいた微笑みにこくんと頷くと、オレはもう己の世界に入る。


 適当な木の幹に持たれて座り、ポケットから取り出した薄いチーフを膝に広げる。

 小さな窪みを作って一株分の茶色の玉を取り出すと、柑橘の棘でツツと突き、器用に白い砂糖を取り出した。


「はい、メユルたん」

 

 普段はしっかりと話せるのにメリルさんの名を呼ぶときには舌ったらずだ。メリルさんは、思わず吹き出したくなったのを口をキュッと窄めて、我慢したんだ。もう、と思ったけれど、今はこれ、小さな手のひらに載せた白い粒をもらって!


「おいしいよ」


 キラと光を帯びた粒を恐る恐る口に含めば、まぁ何と甘いことか。その笑顔が嬉しくて、オレはぱあと金の粉を飛ばす。

 ソラに一粒、自分に一粒。頬を押さえてうっとり味わう。






 なるほど、このための棘なのか。ああ、これはシュガシュガ草の実。誰もが幼き日に口にしたご褒美だ。懐かしい。

メリルの頬はふふと緩んだ。

 そしていち早く自分を優先してくれた王子に自然と眉が下がる。


 カリカリ、ポトン。 小さな手の中の小さな一粒。集中しなければ消えてしまいそうな粒をコウタは根気良く丁寧に集めていく。


「くゆみ……、えっと、クルミの殻が欲しい」


 小さく呟いた言葉の意をササと汲み取った青い鳥は、半分に割れた胡桃の殻をピピと持って戻ってきた。コウタはチーフの白い粒をそっと包んで横に置き、胡桃の殻を手に取る。


 ふう。ーーーー優しい吐息で埃を払うと、手の中に入れてシュワシュワと泡で包んでいった。


「それは?」

「えっと、綺麗にするの。なんだったっけ、マイクロバブル? そんな感じ」


 初めて聞く言葉に目を見開くが、きっとこれ以上のことは幼子にもわからないだろうと自身の胸にそっとしまう。


 胡桃の殻は程よく湿気を吸収する。胡桃の殻の中に白い粒をそっとしまったコウタは、満足気に笑い、メリルの手を引いて自室に戻って行った。



 数日後。


 朝の仕込みをしようと起きてきたマアマは厨房の扉に小さな籠を見つける。中には胡桃の殻に収まった幾つかの小さな白砂糖。そして葉っぱの手紙だった。

『おいしい、あいがと、コタ』


 メイド部屋の扉の下に置かれた籠。中にはやはり、小さな白い粒を秘めた胡桃が数個。そして、葉っぱの手紙。

『1つよ、コタ』


 兵舎の裏口の扉にも一籠。

『ばんばって、コタ』


 辿々しい、微妙に間違えた文字に誰もがへにゃりと顔を緩ませる。


 ああ、積み木のお礼なのかと。

 もう文字を覚えたのかと。

 懐かしい。

 確かにこれは最高の褒美だと。


 朝食の席で、コウタはディックと執事にシュガシュガ草を見せた。そして新しく採ってもらった棘の枝を使って白い粒を取り出す。


「駄目だよ、ちゃんとあーんってして」


「ん? 口開けりゃいいんだろう? 何だそれ」

「あ、あの、あーんですか?」


 ディックには指を噛まれそうになり、渋る執事には、頑として譲らず従えさせる様子をメリルはにこにこと微笑ましく見守った。


( 奥様、早くお戻りくださいませ。メリルは今日も幸せでいっぱいでございます。)

 王都から帰還の準備をしているだろう主人に思いを馳せて、ジンと心を震わせたメリルは、おそらく心を溶かされて仕事が手に付かなくなったであろう部下達を叱咤しにエプロンの紐を固く結び直した。

 


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