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032 父と母


 コウタの水騒動が落ち着き、憔悴しきった館の者達は一様に安堵の表情になる。


 執事の水に満足したコウタは、少しずつ熱を下げるも不調は続く。目が覚めれば弱々しく泣いて抱っこをせがみ、セガの手ずからの水でないと受け付けない。普段では見られない甘えるコウタをふふと笑っていたのは暫くのこと。


 コウタは館の者達を次々と指名し、抱っこをせがみ、いないと分かればわんわん泣き叫び、ついでぐたりとなる。


 一通り皆に抱っこされれば、あとはディックとアイファを求めるだけとなったが、数分おきのコウタの愚図りと昨夜からの疲労もあり、タフな館の連中もさすがに根を上げる。


 料理長はコウタが口にできそうなものにかかりきりになったが為に食事らしいものが作れなかった。

 しかし誰もがそれすらも忘れ、事件の処理に水の確保にと奔走し、さらには次は誰だとコウタの呼び出しにも追われたため、今は皆、燃え尽きた屍と化している。


 

 



 夕方、ガラガラと一台の馬車が到着する。こんな館の状態であるから、出迎えたメイドがメリル一人だったとしても仕方がないことだろう。


「お帰りなさいませ」

「ええ、只今帰りました。……、これは……どうしたの? 重苦しい雰囲気? いいえ、そうではないわね。あの人は? セガはどうしたの?」

 小柄で華奢な女性は、美しい金髪をサラリと整え、出立した時とは一変した館に戸惑いを見せる。


「兄さん達は? 来てるんでしょう? それともまだ?」

 爽やかな貴族然とした少年は、乱れた金髪をササと耳にかけ、上品に周囲を見渡す。


「ええ、いらしています。 ですが、今はお休みになっているかと。 旦那様方とセガ様はちょっと……。」

 顔を晒して言い淀むメリルに二人は館が普通ではないと認識を深めた。


「奥様もクライス様も王都からの長旅でお疲れでしょう。 まずはお部屋でご休憩なさって下さい。 申し訳ありませんが、急ぎで湯を準備いたします」


「あら、珍しいこともあるのね。多少は遅れたけど、予定外だった?」


 珍しく汗をかきながら話すメリルにサーシャはふふと笑みをこぼした。

 セガもメリルも揃っていて、出迎えの準備が整っていないことなど今まで一度もない。それほどまでに完璧な二人が翻弄される事態とは、好奇心さえ芽生えると。


 久しぶりに我が子や夫の顔を見たいが、とりあえず疲れた身体を横たえたいと自室に向かって階段を上がる。

 ふと見上げれば、その先にディックが待っていた。幼子を肩に抱き上げたままの姿で。



「お疲れさん。悪かったな出迎えられず。こんな状態だ、許せ……」


 あの身体でこんな声が出せるのかと思う程の小声で話すディックにサーシャもクライスも目を丸くする。


 ディックの肩に寄りかかるようにしてしがみつく幼子は、火照った頬に涙の跡を残しながら、うとうととしている。


 サーシャはそっと覗き込むと声を抑えてはしゃいだ。

「まぁ! 何て、何て可愛いの? お熱なのね? ん、ん〜仕方ないわ! 何て小さい鼻、ふにゃふにゃなほっぺ!」


「小さいね〜。 ねっ、父上、この子? うわぁ、生きてるよ〜。 生き物だぁ〜」


 二人は幼子の顔を覗き込んで、ツンツンと頬を突き、髪を撫でる。


「あっ、おい、やめろ! せっかく今……」

「……ふ、ふぇぇ、ふぇぇん、おみじゅ、おみじゅ……」


 うとうとしかけたコウタが愚図り出す。気配を察したセガが部屋から飛び出し、慌てて上着を着直しながらコップを持って走ってくる。


 そしてサーシャとクライスにペコリと一礼するとポチャリとコップに水を満たして幼子の口元にあてる。

「ささ、ベッドにお戻りになりましょう。 キンとしましたからね。 さぁ」


 こくりと一口飲み込んだ幼子は、おでこにコップをあてがうと、またもやふにゃふにゃと愚図り出す。

「ふぇ、ふぇぇん、にいちゃ……、にいちゃ……」


 シュタと部屋から飛び出してきたアイファ。 風のようにコウタを奪いあげ、ディック同様肩に持たれかけさせると小さな背中をさすって語りかける。

「にいちゃんだぞ。ちゃんといるから。ほら、寝るぞ…。」


 慣れぬ育児。狼狽えながらもどうにかこなす男達の姿にポカンとするサーシャとクライス。


 暫くしてクスクスと笑い転げ、館の妙な雰囲気に頷く。


「くすくす……。 ゆっくりでいいわよ、メリル。 あなたは休めているの? 詳細は夕食後で結構よ」

 労うサーシャの言葉にハッとしたメリルは丁寧に頭を下げるとササと下がり、湯の手配と忘れていた夕食の確認に向かうのだった。



 簡素な夕食を済ませたサーシャがコウタの部屋を訪れると、椅子やソファーに身体を預けて項垂れる男達と、すやすやと穏やかな寝息を立てる幼子の姿があった。


 サーシャに気づいた執事が、水差しにゴロゴロと氷を詰め込んだ。やっとこれで満足する様になったと呟き、何かあれば呼ぶようにと託けて部屋を後にした。


 サーシャはディックの隣に椅子を並べて、そっと幼子の髪を撫で、ついで絡み合った薄茶の髪に細い指を通す。


「あなたを追い詰める人を初めて見たわ」

 小さな唇が柔らかく高い慈愛の音を奏でる。


「ああ、コイツは最強だ。 みんな手のひらに乗せられてる。 間もなく、お前もな……」

「既に……、だと思うけど? うふふ、キールやニコルから聞いたわ。セガやアイファのあんな姿、いまだに信じられない」


 う……ん、と身を捩る幼子にドキリと目線を移し、むにゃむにゃと寝入るのを確認するとホッと胸を撫で下ろした。


「歳をとったのか……。情け無ぇが護り切れるか、自問自答だ」

 指を組んで顎を乗せる珍しく弱気な夫の声に、目を丸くするとサーシャはふふと笑い、コトンと夫に頭を預けた。


「あなたはいつだってそうよ。私も。でもこの子も護られるばかりじゃないでしょう? アイファやクライスのように……」


 幼子の額に手を当てたサーシャは、一人頷くと、コウタが蹴飛ばした布団をそっと掛け直す。


「お母さんに……してくれるかしら?」

 立ち上がったまま見つめて吐かれる、少し固い口調に、ディックはサーシャの顔をまじまじと見上げた。


「きっと、大切にされてきたのよ。小さいこの身体に、注げるだけの、溢れるほどの愛情が詰め込まれているのね」

 サーシャの不安気な表情にディックは目を見張る。

 

 こんな顔はいつ以来か……。そっと妻の肩を抱き寄せる。

「大丈夫だ。こいつは、受け入れる。それどころか……いや、すぐに分かるさ」


 互いにくすりと笑みを溢すと、寝たふりをしているアイファに氷を投げつける。

「痛ぇな!!」


「う……ん、おみじゅ。 ふぇ、ふぇディックさまぁ、にいちゃぁ……、抱っこ……」

 手を伸ばし、空をまさぐるコウタに慌ててると、抱きあげる間もなくたらりとよだれを垂らして寝入った。


 呆気にとられた親子は目を合わせて、笑い合う。サーシャが優しく呟いた。

「もう大丈夫ね。 あなた達、しっかり頼むわよ」



 

 読んでくださり、ありがとうございます!


 継続的に見にきてくださる方がいて、本当に嬉しく思っています。ブックマークもありがとうございます! お一人お一人、そのポチッと押してくださるブックマークやいいねが何と励みになることか!!


 日々、コウタと共に成長できるよう精進します。


 本日は7時と19時の2回、投稿します。19時は閑話です。コウタがエンデアベルトに来て間もない頃のお話です。

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