表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/257

030 一人にしないで


「ねぇ、兄さんが使ってた木剣。オレ、貰ってもいい? ドンクと剣の練習をしたいんだ」


「ああん? いつのだ? 古いのだったら辞めとけ。脆くなってるからな、怪我すっぞ。 大体、お前に剣は早くないか? 剣、なくても勝てっだろぅ?」


 鍛えられた大きな身体。風呂桶に乗ってゴシゴシしながら、オレはアイファ兄さんに剣をねだる。


「オレが丸腰なの知ってて戦わせたの? 酷いよ! オレ、すっごく怖かったよ」

 手のひらでオレの視界をガードしながらザブリとお湯を被った兄さんが続ける。


「お前、慣れない剣を持ったら、それに振り回されるし、隙ができるぞ。 どうせ攻撃したって体重が軽きゃ不利なんだ。 受け流し、出来ねぇだろ? 丸腰だったら、避けるしかねぇじゃん。 実際、そうだっただろうに」

 今度はオレの頭を泡立てた石鹸をつけてシャカシャカする。


「そうだけど……。闘いならオレも攻撃したいよ? それに、勝てないよ?」


 泡が入らないようにそっと片目を開けて話すと、兄さんの手がオレの目を覆いゆっくりとお湯が流される。


「勝っただろ? ちびっ子なんか、避けりゃ勝てるさ。 直球馬鹿だからな。 転んで自滅だ。 俺や親父の身体に乗っかって遊んでるお前が、たかが五歳児の攻撃に当たる訳がない。 読み通りだっただろう」

 お得意の悪い笑顔が腹立たしい。


「ま、コウタ様には儲けさせていただいたから、木剣くらい作ってやるよ」


「本当? やったぁ!!!」


 兄さんの物言いにちょっとムカッときたけれど、喜びの噴水を見せてあげたんだ。それなのに簡単に魔法を使うなと怒られた。…………シュン。




 それから数日、兄さんは庭師さんに頼んで作って貰った木剣をくれた。


「作ったのは庭師だが、名前は俺が彫ってやったぞ! これも思い出って奴に入れておけよ」

 ディック様と目配せをしてニカッと笑ったから、オレはちょっと恥ずかしかった。でも、とっても嬉しかったんだ。



 早速、ドンクと一緒に鍛錬しようと外に出て出た。

 今日は店の裏にはいなかったな。ミュウもいない。

 でも家の手伝いとか、二人でお使いに行くってこともあるから、仕方ない。今日は館の裏庭で一人で鍛錬することにしたんだ。



 館に戻ろうと細い道をトコトコと歩いていると、おばあさんが困っていた。


「いやね、さっき有名な絶壁を見に行ったんさ。 多分そこだと思うんだけど、大事な袋を落としてしまってね……。」


「それは大変だね! どんな袋?」


 オレは一緒に探すことにした。


 モルケル村は、南の港町のサースポートに行く経由地だ。

 だから船旅をする人達が絶壁を見にきたり乳製品を求めたりして立ち寄ることがある。

 王都に行く人にはランドを経由して大回りで十日ほどかける工程と、険しい山道を越える七日程の工程を選ぶ。

 普通の人はランド経由だ。ランドまでは半日だから、わざわざこの村を経由する必要はないのだけれど、山越えをする人はこの村で一泊する。


 おばあさんは船旅かな? 山越えをするのかな? 大丈夫かな? 

 以外と足腰が丈夫なおばあさんだけど、木の裏、草の陰、立ち寄った場所を一緒に探す。


 暫く歩くと倉庫の方に向かって走っていくおばあさん。

「あぁ、あそこ。あそこにありました」

 大喜びで拾い上げたのは大きな袋。お婆さんの身体がすっぽり入りそう。


 えぇ! こんなに大きいの? これ、本当に落としたの?


 ビックリしているとお婆さんが袋を開けて、オレに袋の中を見せてくれた。


「ほれ、乾燥した薬草を入れてあってね、、、」


ーーーーパシュッ、ドサッ!


 袋を覗くと、あっという間に袋を被され、不思議な匂いにクラリと意識が遠のいた。



カッーーーーーードドーン!

ガラガラガラ!!!! ドゴッ!

バキバキバキバキ、ガッシ! ダダーン!


 凄まじい雷鳴と、石柱の針山が木々を岩を薙ぎ倒した。


 大きな袋を中心として円を描くような針山は、めくれたドレスの下から小汚いズボンを露わにしてカツラをずるりと落とした、しわがれた男を囲んでいた。






「な、何だ今の音は! おい、コウタはどこだ?」

「先ほど、外に行かれましたが……、まさか?!」


 すぐさま領主が、私兵が飛び出し、音の方向に走る。馬は怯えて使えない。人の足がもどかしい。


 馬車乗り場に続く道。連なった石柱の中心で女装をした男があわあわと腰を抜かしている。


 その先には瑠璃色に輝く猛禽。

 大人ほどの巨大な羽根を広げ、ギロリと俺を睨むと袋を嘴に突き刺す。


「ディック様ー! コウタ様が!」


 座り込んで泣き叫ぶサンの声に冷や汗が流れる。


 何処だ? 

 コウタ、何処にいる? 

 目視できなければ戦えない。俺の剣では巻き添えにする。


 グンと猛禽が近づくと俺の胸に目掛けて袋を放った。


ドサッ!


ーーーーコウタ?!


 抱いた覚えのある重さを胸に受け、袋をひっくり返す。くたり目を閉じた幼子が草にまみれて出てくる。


ーーーーこの匂い!!


 すぐさま顔を背けて息を吸い直す。催眠の効果だ!


 大きく旋回した猛禽が威圧をかけて俺を目指す。周囲の空気が重い。押しつぶされる強い気配。 俺は剣を持つ手に力を入れて身構える。


 鍛えた私兵の足が震え、サンは腰を抜かしたままだ。石柱の中の男は意識を失った。


 だが、怯む訳にはいかない。この手の中の幼子を守らなければ……。


 チャッ!


 片手で剣を抜き、コウタを抱いたまま猛禽を睨み返す。

 さあ、来い! テメェが俺に挑めんのか?


 すると真上に進路を変えた奴は街道の奥に雷撃を飛ばした。


ピカッーーーーードドドン!!!!

ドッカッーーーーーードドドン!


 凄まじい音と振動。大地が震え、土煙が立ち上る。


「……うっ……」


 耳が壊れるかの爆裂音でコウタが意識を取り戻す。


「お、おい! コウタ、しっかりしろ! 怪我は? 痛いところはないか」


「……………くっ」


 白い額に漆黒の髪が絡みつき、朧げな表情であるが、瞳に光が宿る。

 大丈夫そうだ。


 ホッとするのも束の間。大きな猛禽が再びせまってくる。緩急をつけたスピードに間合いを図る。


 ザガッ!

 

 空を切り裂く剣に、瞬時に身体を捻って風を躱した奴は、勢いそのままに回転しながら突き進む。


『ディーさん』

「なっ? 念話か?!」

 

『あと二人。子ども…………』


「子ども、子ども? お前、ソ、ラ?」


 鋭い猛禽の嘴が街道の奥を指し、俺の真上で旋回すると、再び魔法の光を放った。


カッーードドドン!!!!


 村の子か? まさか、コウタと同じように?!


「街道だ! 魔法の先に進め! 子どもが攫われた! 急げ! だが、油断するな! 」


 大声を張り上げ、周知する。


 駆けつけたメリルにコウタを託し、俺も最前線に向かう。 舐めた真似を! 俺の村で勝手をしやがって! 怒りが沸々と湧き上がる。



 ガシッ!


 襟元に小さな手が伸び、グンと俺を引っ張った。 コウタだ。メリルの手を蹴り飛ばし、行かせるものかと俺にしがみつく。


「行か、行かないで……」


 弱々しい声にグッと喉が熱くなる。


「大丈夫だ。すぐ戻る」


 頭をわしわしと撫で、掴んだ手をもぎ取るが、すぐに対の手が伸びる。


「行かないで。お願い。お願いだから……」

「コウタ様、ディック様はお強いですから大丈夫です。少しだけメリルと待ちましょうね」


 メリルの言葉に全く耳を貸そうとしない。ブンブンと頭を振って抵抗する。


 追いついたアイファたちが任せろと肩を叩いて駆け抜けた。



「大丈夫だ。俺は強い。心配するな」

 そっと笑みを見せ安心させようとする。メリルもなだめ、何度も手を離そうと促すが、こいつは必死になってもがく。


「ええぃ、放せ! 待ってろ」


 思わず力を入れて突き放すと、漆黒の瞳が怒りを露わにし、ブルブル震えて抵抗する。


「行かないで! 強い、強いって言って、みんないなくなっちゃった! オレだけ、オレだけ置いていくなんて酷いよ! もう、もう、一人にしないで! お願いだから! う、う、うわあああああああん」


ーーーー魂からの叫び。


 俺たちはハッとし、動けなくなった。


 俺の襟元をぎゅっと握りしめたコウタ。メリルの腕の中でくたりと意識を失っていた。



読んでいただき、ありがとうございます!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ