028 子どもの世界
「行ってきます!」
朝ご飯の後は、ドンクと村の探検だ。
今日はリリアとミュウも一緒なんだ。焚き木を拾いながら、村の中を案内してくれるんだって。
オレ、前に会ったご夫婦の所にも行きたいなぁ。赤ちゃん出来たよって報告があったんだよ。
よかったねって言ってあげなくちゃ!
領主館の扉は大きい。大抵近くで門兵さんが見張っていてくれる。今日もギギって開けてもらったよ。
一人で出かけるのは初めてだから、ちょっとだけドキドキするけど、ソラが肩に乗ってピピピ。ドンクの家まで一緒に行ってくれるって! 心強いなぁ。
「お待ちください」
走り出そうとすると、サンが追いかけてきてオレを引き止める。
寒いからコートを着なさいとか、オヤツはどこで食べるのかって。ちゃんとできるよって言ったのに、全然信用してくれない。
「だって心配なんです。疲れたって言って、階段の踊り場で寝てしまったことがあったでしょう? うっかり牛に乗ったまま寝てしまったらどうするんですか?」
家の中だからちょっと油断して寝ちゃっただけなのに。それに、牛はうっかり乗るものじゃないから大丈夫。
「テラスから身を乗り出して落っこちそうになったこともありましたわ」
それはソラが他の鳥さん達と一緒に曲芸飛びをしていたから、つい夢中になっただけだもん。だけどソラがいたんだから危なくなんてないんだよ。
「そういえば、木剣が入っていた木箱を覗き込んで中に落ちたことが。ヒヤリとしました」
「立てかけてあった大盾と大盾の間に挟まって出られなくなっていたこともありましたよね? 」
ちょっと、ちょっと門兵さん達まで! サンが不安に思うことを言わないで! 誰だって失敗くらいあるでしょう?
そんなこんなで、結局オレについてくることになっちゃったサン。
ドンク、怒ったりしないかな? 赤ちゃんみたいだって笑われないかな?
牧場から少し離れた集落の雑貨屋がドンクの家だ。
ドンクの家はこの村の数少ないお店で、籠や農具、衣類に簡易なナイフとかコップやお皿なんかも扱っている。小さな店構えだけど、上からぶら下げたり、隙間なく収納したりしていて、商品数が多いのに小綺麗だ。
恰幅のいいお父さんが今日もお店を切り盛りしている。お腹がつっかえそうなんだけど不思議と商品は落っこちない。
お店はね、お客が来たら開店で、閉めたくなったら閉店なんだって。山には行商が来てくれるだけだったから、オレは珍しくって興味津々。店の中をたくさん見せてもらったよ。
雑貨屋の裏に回ると、ドンクとミュウが木剣を振っていた。ミュウは女の子だけど、元気一杯のお転婆さんなんだって。人形遊びよりも冒険が好きで、いつもドンクと一緒に修行に励んでいる。
ちなみにミュウの家はドンクの隣の八百屋さん。農場も手伝ってるよ。
「おはよう! もう鍛錬をしているんだね。すごいなぁ」
二人の様子に感心すると、ドンクがへへへと鼻の下を擦って笑った。
「アタシ達、いつもこうよ! 店が開くとお手伝いするから。ねぇ、今度アイファ様を連れてきてね! ドンクに剣を教えてくれるんでしょ?」
ミュウが腰に手を当てて、キラキラした目で答える。うん、また今度ね。アイファ兄さんは、今日はディック様の手伝いがあるみたい。
ドンクの木剣を貸して貰って、暫く一緒に鍛錬するとじきにリリアがやってきた。おさげのリリアは一番お姉さんらしく、大きなエプロンをして、焚き木入れの籠を持っていた。
オレ達が歩き出したのは、細い川沿い。岸には数本ずつまとまって木が植えられている。これは水量の変化で岸の土が流されないように守るためなんだって。
所々に実が取れる木も植えられているよ。どんな実がなるとか、木に登るとか、落ちたのを拾うとか、採取の仕方も入ろうとあるんだね。
基本的に道端のものは子どもが担当で収穫することになっていて、村長さんの家で村人に均等に分けるんだ。さすが、リリアだけでなく、ドンクもミュウもとっても詳しい。
時期になったら誘ってくれるっていうから楽しみだ。今日はそんな木々の下で焚き木拾い。みんなで拾い合うから、子どもたちで村を綺麗にするって意味もあるね。
「よし、今日はコウタに岩飛びを教えるぞ」
ドンクの一言にオレは姿勢を正して答える。
「お願いします!」
ちょっとした雑木林の一角。ゴツゴツした大きな岩がある。大人の背ほどの高さで、岩肌は所々ツルツルと光り、人の手で擦られた跡のようだ。
足をかけて登る場所、距離を競うときのルールを教えてもらって、下の方に突き出した突起の先に立ち、大きく手を振って遠くに跳ぶ。ドンクとミュウが次々と見本として跳び降りる。
うわぁ、上手。とんと遠くまで跳んでいく。気持ちよさそう!
わくわく、わくわく。オレもやりたい!
ピョンと跳ぶと思ったよりも距離がいかない。 この足場、オレが弾みをつけようと手を振るとちょうどそこに突起が出ていて邪魔をする。 うーん、難しい。
ピョン、ピョン。
体を捻るといいのかな? ピョン。
夢中になって飛んでいると、籠いっぱいの落ち葉を抱えたリリアが大岩の裏にドサドサと落とす。
「これくらいでいい? まずは軽いコウタからよ!」
「うへぇ、行けるか? きっと怖がるぞ。 まずは兄貴分の俺からだろ?」
どうやら大岩のてっぺんからジャンプするらしい。足場の反対側が切り取られたような絶壁になっていて、その下は少しの窪みになっている。そこに落ち葉を敷けばクッションになり、安全だということらしい。
小さいオレだけど、ディック様の背に乗るようなもの。 行けるよ! 平気。
心配するドンクとミュウを尻目によじよじと岩を登る。山にいたときみたい。
てっぺんに着いたら、キラリと光る湖と抜けるような青空、木々の緑にほぅと目を奪われる。
ちょっと高くなっただけの視界。見えるものがこんなに違う。
「無理しなくていいのよ? 座ってピョンでもいいのよ? 」
「ほら、やっぱり俺が先が良かったろう? 大丈夫だ、って見なきゃわかんないよな?」
美しさに呆けていたら、オレが怖さに怖気付いたと思われた。大丈夫なのに。
三人に、にこりと笑ってヒュンと跳び降りる。
ばさり。
落ち葉のクッションは快適だ。心配げなリリアにそっと手を振って大丈夫だとアピールする。
コツン。
「痛い!」
「「「 だ、大丈夫? 」」」
慌ててみんなが駆けつけた。痛いのは飛び降りたからじゃない。何かがおでこに当たったんだ。
「い、痛い」
「わぁ、なんだ? いててて」
「きゃぁなんなの?」
おでこに当たったのは小さな胡桃。
コツン、コツン。パラパラパラパラ。胡桃に栗、どんぐり、松ぼっくり。いろんな木の実の雨が降ってきた。
痛い、痛い! 地味に痛い。
周囲を見渡すと幻獣達なのだろう。身体がぼんやり光を帯びている。リスの幻獣、猿の幻獣、ウサギの幻獣。
昔、力の弱い動物だった幻獣。厄災でほとんどが絶滅してしまった。それらが強い意志を持って、彷徨う魂が集まって実態となったと言われている不思議な生き物。
幻獣だから、それは幻。意志を失えば消える。捕まらない。捕まえられない。
だけど今、いろんな幻獣達が手に口に持った木の実を枝から落とし、パチパチと手を叩いている。不思議だ。
あれ? もしかして褒めてくれるの?
「幻獣に出会えたら幸運。そう言われるほど珍しいのに。 コウタ様は本当に生き物に好かれておいでですのね」
サンがしみじみ木の上を眺める。ドンク達もこくりと頷いて、ふっと我に返る。
「「「 これって、オヤツだ!」」」
ソラがピッピとお礼を言うと、幻獣達は耳や尻尾を揺らして帰っていった。
みんなで拾った木の実をオヤツの籠に入れることにしたので、シャクリシャクリとオヤツの時間だ。今日のおやつは林檎。お外だから水分補給にもなるし、何しろこの前、沢山採れたからね!
木の実も焚き木もしっかり拾って、オレたちは牧場を目指す。村長さんに渡すんだ。この焚き木は雪始めの祭りで使うんだよ。
村長さんは隣の工房にいた。いい匂いのチーズ工房。みんなで焚き木を届けると、村長さんの奥さんがお駄賃のミルクをくれた。ふう、ちょっと休憩。
ディック様は子どもは食って遊んで寝ろって言うけど、村の子だってこうして働いてる。おしゃべりしたり、寄り道したりするけど、役に立つ立派な仕事だよ。
「わわわ、今日はちょっと寄っただけ。分かったから! 撫でてあげるから! 順番ね」
牧場につけば案の定、牛達がのっそりのっそり挨拶に来る。
オレの言葉が分かったのだろうか?
牛達がなんと無くだが並んでいる。一頭撫でたら、はい、もう一頭。
ペロンペロン。オレだけでなくドンクもミュウもリリアもみんな一緒に舐められた。
オレ達4人はうふふふって顔を見合わせる。こんなこと、初めてだって不思議顔。
「ねぇ、どうしてこんなことが出来るの?」
牛の背で、リリアがポツリと呟いた。
オレ達は牛の背中に乗せて貰って、領主館の方に向かってる。牧場は広いし、オレ、ちょっと疲れちゃったからね。
「みんなは乗せてもらわないの?」
オレだって不思議そうに聞くんだ。
「普通、牛は乗らないだろ?」
「それに、大きいじゃない。背中に届かないわ。それなのに、鼻先からコロンと転がされて乗せられるなんて!」
「マジでビビったわ。食べられるとは思わないけど」
ドンクとミュウも興奮して話す。
「コウタ様は特別ですわ。コウタ様がいれば大丈夫だと思いますが、普通は皆さん、牛には近づかないでくださいね」
ずっと様子を見守っていたサンが珍しく口を挟んだ。
ゆらりゆらり、牛の背中は大きくて温かい。短い毛が柔らかくオレを包んで、温かな日の光が冬の気配を消してくれる。
友達って、気持ちいい。
ピピピと鳴くソラの声がだんだん遠くになって、オレは満たされた気持ちで瞼を閉じた。眉を下げ、ふふふと笑ったサンに気づかないまま。
今日も読んでくださって、ありがとうございます。