025 決闘
9月になりました。
まだまだ残暑が厳しそうです。どうぞお身体をご自愛ください。
仕事の都合で本日から7時前後の更新といたします。確実に更新できたことを見届けたいので。
今日も読みに来てくださり、ありがとうございます!
真っ赤な顔で決闘だと叫ばれて、びっくりしたけど……。決闘って何?
聞きたいけど聞いちゃいけない雰囲気に困惑する。
「えっと、オレ、コウタって言うの」
まずは名前から聞こうと切り出すが、
「知ってる。さっき聞いたぞ。 お前、喧嘩売ってるだろう?」
上目遣いに返される。
喧嘩売ってるよ、君がね?と 思っても口に出してはいけないだろう。
だけど、君は誰? 決闘って? オレの疑問は解決しない。 うん、やっぱり。こういうときこそ素直でいよう。
「あのね、決闘ってなあに? オレ、何すればいいの? 君の名前は?」
絶対怒られそうだと思うけど、知らないことにはどうしようもない。気を悪くしないで。 ごめんね。 馬鹿にしてるつもりはないよ。
できるだけ素直に。できるだけ穏やかに。 相手を刺激しないように。
穏やかな秋の終わりの日を受けて、艶やかに煌めく漆黒の髪はサラサラと風に揺れ、白いすべすべの頬に映える大きくて深い瞳はただそれだけで高貴である。
身につけた上質なシャツ。ハーフ丈のズボンから覗く細い脚は上品な革靴に支えられて、勇者を気取った自分とは格が違うと幼いながらに立ち位置を悟った小坊主。
だがそれに己の言葉を引っ込める訳にはいかなかった。
自分よりずっと小さな幼子に、ずっと大人っぽい対応を見せられて腹ん中はぐっつぐつ。
「こ、こ、この、この、この野郎! 俺のこと、馬鹿にしやがって!!」
案の定、怒りを煽った大人顔のコウタを、物凄い形相で睨みつけた。そして我慢を知らない甘ちゃん小僧は全速力で体当たり。
「わぁぁぁぁーーーー」
『 まずい! ソラ、これ違うから。 相手は子どもだから』
ーーーードン!
突き飛ばされると思った瞬間。ソラを止めないと大変なことになる、必死でソラに念を送った。
その一瞬。ほんの一瞬。
五歳児にしては大きいドンクと三歳児にしては小さいオレ。軽い体がぽおんと空に跳ね飛ばされる。
ドサッ……。
宙に投げ出されたオレを捉えたアイファ兄さんがすごいスピードで剣を抜く。
ソラは!?
跳ね飛ばされたオレでなく、ソラの攻撃への備え。オレの捨て身の説得のおかげか、ソラは低く旋回するとまた青い空に吸い込まれていった。
ホッと胸を撫で下ろしたアイファ兄さん。
転がっているオレでなく、びっくりして半べそをかいた少年の手を取る。
膝を折って少年と向き合った青年は、穏やかだが鋭い目を隠さず淡々と話しかけた。
「 何してる? お前は歳上じゃねぇのか? 見ろ! コイツより一回り、ふた回りも身体がでけぇじゃねえか? ん?」
「だって、そいつ……。 親分のこと、兄さんだって馴れ馴れしい! 俺だって、俺だって、親分に見てもらいたいんだ! だからコイツが気に入らない! でも、俺、ちゃんと正々堂々、決闘を申し込んだんだぜ? なのに、なのに、あいつが、あいつが……」
今まで最年少で愛情を一身に受けてきた幼児。急に登場した貴族のガキに立場を奪われ、怒るのも納得だ。
だが、コイツが腹を立てた原因は他にあると、アイファはため息を漏らした。
「あいつ、あいつ、決闘って何だ?って。 にこにこしながら、大人びて、へ、平気な顔、しやがって! 決闘って何だ?って。 俺のこと馬鹿にしたんだ! うわぁぁぁん!」
エンデアベルト家に関係する面々が額に手をあてる。
あぁ、コイツはコウタの非常識さに負けたんだ。怒りが募る心中を察する。
「決闘ってなあに?」なんて聞きながら、(仲良くしようよ。その決闘って楽しいの?)
そんな雰囲気を全面に押し出して、天使のような愛され笑顔で言ったのだろう。純真無垢って恐ろしいぜ。
くるり。
ニコルとキールさんに抱き起こされ、パタタと草を払ってもらったオレ。ガッチリ目を合わせたアイファ兄さんは、嬉しそうにニヤリと笑う。
うわ、嫌だ。 それ、めちゃくちゃ悪い顔?!
どきりとよぎる嫌な予感。
すくと立ち上がった兄さんは、シチューを作りながら見守っていた大人達に向かって、でっかい声で叫んだ。
「おい、みんな、聞いたか?」
兄さんに反応するかのニヤリ顔。男の人も女の人も、嬉しそうに呆れたように言葉を待つ。
「ちびっ子同士のーー、男と男の決闘だーー! 俺の弟子のドンクと俺の弟コウタ! 野郎ども、俺たち大人は、未来あるちびっ子の勝負を見届けようじゃねえか?」
「うぉおおおおお!」
いつの間にか、ぱらりぱらりと集まっていた観衆が一際湧き上がって叫ぶ。
「いいぞー、やれ、やれ!」
「決闘? やるねぇ。 こりゃこうしちゃいられない」
!!!!!!
まずい、分かんないけど、まずい! 何これ?
呆然と立ち尽くすオレ。
兄さん、オレ、決闘なんて知らないよ! 何でみんなを煽るの?!
ワイのワイの盛り上がり始めた人々にぶるぶると震え、青くなった。キールさんが横に来て、耳元でそっと話しかける。
「コウタ、決闘ってのは、拳と拳のぶつけ合い。喧嘩みたいなものだよ。 あ〜あ、あいつ好きだかんなぁ。ま、頑張れよ」
ポンと肩に置いた手がずしり重さを感じさせ、オレのちっこい拳はぱらり力を失った。
決闘という言葉さえ知らなかったオレ。闘ったことなんてないよ〜!
八の字に寄せた眉に大人達は無関心。
娯楽の少ない辺境の村。こんなご馳走をほっておく筈がない。
「ちびっ子同士とはいえ決闘だぜ? どっちが勝つと思う?」
「おぉい誰か! エールだエール! エール持って来い!」
「ツマミだツマミ! 腸詰持って来い!」
「みんなでちゃんと見届けてやろうぜ!場合によっちゃ加勢もありか?」
「馬鹿野郎。 チビにだって敬意を示せ。だがディックはどうした? 誰か呼んでこい」
盛り上がった大人達。ブルも牛も馬も遠く柵に追いやって、牛舎の前に椅子が机が並べられた。
「体格ならドンクだが、ディック様のとこだろう? アイファの弟を名乗るんだ。自信があるんじゃねぇ? 俺はチビの方だな」
「いやぁ、あの子来たの最近だぜ? いくらディック様でも無理ってもんだ。俺はドンクに1枚賭けるぜ」
「なあに、なあに? あの天使みたいな坊ちゃんかい? 虫も殺せそうもないよ。可哀想だから許してやんなよ」
「でも、アイファが煽ってるんだ! アイファだって小さい時から相当だった。あの子だってできるんじゃないかねぇ」
やいのやいの、みんな好き勝手に騒ぎ出す。 コウタに1枚!ドンクに2枚!
ちょっとちょっと何賭けてるの?
「何だお前ら。 自分たちだけで楽しもうってのか?」
騒ぎを聞きつけたのか、誰かに呼ばれたのか、馬に乗ったディック様が登場。エール片手に近寄った男に耳打ちされると、やっぱりニヤニヤ、嬉しそうで悪そうな顔。
「おいおい、お子様の乳搾り会じゃなかったのか?」
馬を預けて、どかっと座った中央席。サイドテーブルにはエールの樽。カップだって1つ、2つ、3つ!? 早速と串焼きをもらって齧り付く。
シチューの釜戸のその横に、でっかい腸詰が焼かれ、串焼きが焼かれ、果実水にチーズやスープの屋台。
いつの間に? 村中の人が集まっちゃったの? そう思うほどに老いも若きも男も女も湧き上がり、酒が出され、食事が出され、銅貨や銀貨が飛び交った。
そうだよ! 今日はほのぼの乳搾り会。 ねぇ、ちょっと、おかしいと思ってよ!
わらわらと集まる人々をかき分け、ディック様のもとに向かう。
「ディック様〜! オレ、決闘させられそうなの! でも、オレ、闘えないよ〜! 痛いの嫌だよ!」
きゅいん、きゅいん。 生まれたての子犬のように目を潤ませて硬い膝に飛びつく。大きなざらついた手が頬をさすり、縋りついたオレの身体をしかと抱き止めた。かと思ったら、その目がキラリ、鋭く輝く。
「野郎ども聞け〜! 俺のせがれの初陣だ〜!」
両脇を支えられてディック様の頭上に担ぎ上げられた。
「「「 うおおおおお!!!!」」」
既に何人かは酔っ払って真っ赤な顔で興奮する。湧き上がる歓声が周囲をブルルと震わせる。
「鍛えた覚えはないが、コイツもエンデアベルト。逃げも隠れもしないぜ。 エールだ! 皆よ、エールを持て〜! 漢を見せるちびっ子の勇気を見届けようぜ!」
「「「うおおおおおおおおおおお」」」
何それ?! 鍛えた覚えがないのに戦わせちゃうの? 見届けなくていいから! 盛り上げなくていいから!
持ち上げられた手をペチペチと叩き、ぶらつく脚をどかどかと振って抵抗する。
やっとのことで地に足がついた。ガックリ肩を落としたオレと目を合わせたのは。やっぱり急な展開に右往左往するちびっ子ドンク。
「俺、悪かった……よ」
ああよかった。反省してくれたんだ。これで決闘、取り止めだよね。ホッと胸を撫で下ろすオレ達の背中で、ニコルが非情な一言を呟く。
「仲直りしたって、大人達が許さないよ。 観念して決闘するしかないんじゃない?」
『砦の有志』と村の人々の登場で、コウタの世界が少し広がりました。
やっと小説情報のあらすじが更新できました。
思ったよりも進まない序盤ですが、世界観もエピソードも外せない。このスローペースにお付き合いくださりありがとうございます。